第36話 追跡者②
イラは一駅先から逆路線に乗り換えこの駅まで戻ってきた。麦わら……あの女、絶対許さん! 高ぶる気持ちを押さえつつ、奴の痕跡が何か残っていないか周りを見渡した。
「ふっ……私はついている。」
ホームから見えるバスターミナルにあの女が見えた。バスが到着し、並んでいる人達を乗せ始めている。
急がねば。私はホームを歩く人達の間を走り抜け改札口を目指した。
駅員にSuicaを見せ、改札を抜けようとしたその時だ。警告音と共に遮断機が作動した。
「何故だ!?」
「いや、何故だ?……じゃなくて、ちゃんとセンサーにタッチして下さい。」
駅員のおじさんに怒られた。切符は見せれば通れたというのに、切符と同じ様に使えると本部で渡されたこのSuicaというカード、全く使えないじゃないか!
仕方なく駅員に言われるままに改札機のセンサーだと教えられた部分にカードを押し付けてみるが、警告音が鳴り、また遮断機が作動した。
私は急いでいるというのに、この無慈悲な機械め、破壊して強行突破してやろうか!!
イラの心に子供じみた怒りの感情が集まり始めていた。
イラは今まで外で行動するときはいつも教団の人間と一緒であったため、常に自動車での移動であり、公共の交通機関を利用することがなかった。他人との接触を拒み意固地な程に外に出る事を嫌っていたイラは勉強も家庭教師に習い、教団の活動以外では全く外に出ようとしなかった。
彼女は教団に入りたての頃、一人で外に出た事があった。その時何があったのか実際には分からない。
だが近くの公園で高校生十数名が重軽傷を負うという事件が起こった。高校生達は『化け物にやられた』と口々に言ったらしいが誰一人信じる者はいなかったという。
教団ではイラが関わった事であるとすぐに分かったのだが、本人は何が起こったのか全く語ろうとしなかった。ただ一言だけ『私は悪くない!』と言ってそれ以降、引き
教団の大人達は、他人との接触により怒りの 感情が制御出来なくて暴走したのではないかと判断した。だからこそ彼女の引き籠りを容認し、本人からの自主的な行動があるまでは彼女の意思を尊重する事になったのだ。
だから今回、彼女が街を見てまわりたいとの発言は驚きと共に歓迎された。10歳の頃とは違うとはいえ、教団の活動以外では外に出た事がない彼女を心配して、ルーさんは護衛を付ける事を命令したがイラは聞き届けなかった。
「教団の皆に助けてもらうばかりではなく、何でも自分一人でやれるように成りたいのです。そうでなければいつまでも自立する事など出来ないから。」
嘘だった。マモンにあらかじめ相談してあり、いくつかのパターンの回答を用意しておいたのだ。
【E】を自らの手で探し出す。その為には何でもするつもりだった。
強情なイラに対してルーさんが折れる形となり、発信器と携帯を持って行く事を条件に許可が下りたのだ。だがその代わりに、外では絶対に問題を起こさないよう念を押されたのだ。問題を起こせば次は一人での外出は無くなると約束させられた。
恨めしげに自動改札を見るイラだが、にらんだとしてもどうなるものでもない。ここで問題を起こせば一人で【E】を追跡出来なくなってしまう。
「今日の所は素直に負けを認めよう。だが、次は必ず破壊する!」
「いやいや、そんな物騒な事を言ってないで窓口にカードを出して下さい。通れない原因をチェックしますから。」
「おのれ、ちゃんと見せたにもかかわらず、記録がないだと……。あの駅員も敵の回し者だと言うのか? 」
「はぁ………。」
この娘マジで言ってるのか? 駅員のおっちゃんは深いため息をつきつつも『これもお仕事、お仕事。』……とICカードの乗車駅をセットし直し、料金を頂いてからカード返却した。
「御乗車ありがとうございました。次からは自動改札機にキチンとタッチして下さいね。」
駅員がカードを渡すと、彼女はそれを胸の前で握りしめたまま固まってしまった。動かない彼女を不審に思った駅員が顔を上げると、顔を耳まで真っ赤にしてブルブルと震えて固まっている少女がそこにいた。
「つ……次は負けない! 絶対に負けないからな!」
「えぇっ??」
泣きながら走り去る少女と彼女に取り残された駅員……当然のように冷たい視線が乗降客から注がれていた。
『なんで? 私は悪くない……よね。』駅員は寂しくぼそりと呟いた。
悔しい……イラは駅の陰で悔し涙を流していた。あの女にはしてやられ、機械ごときに道を阻まれ、駅員には怒られた。
そしてこの服だ。ピラピラしていて全く戦いに向かない。昨日までのようにジャージの上下とサングラスにマスクで出掛ければ良かった。
出掛けにベルフェゴールから『せっかく外にいくならもっとお洒落な格好しなくちゃダメだ。』と言われ無理やりこんな服装にされたのだ。……だが、なにより一番許せないのはこの服装を見て『ちょっと可愛い。』と思ってしまった自分自身だ。
私には必要ない。こんな服装も、こんな感情も……たくさんのモノを壊してきた私には、そんな権利は無いのだ。
本当に……外の世界は思うようにならない事ばかりだ。
「おい、君……大丈夫か? 困ってる事があるなら力になるぜ!」
決してイケメンという感じでは無い。だが、その笑顔には屈託がなく、暖かささえ感じさせる青年だ。たぶん年齢は3~4歳年上と言ったところだろうか。私の顔を覗き込むようにしゃがんで優しく問いかけた。
だが彼は、後ろから現れた少女に、いきなり背中を蹴り飛ばされた。
モスグリーンのキャップにネイビーのパーカー、黒っぽいスニーカーがあいまってちょっと少年ぽくも見える。
だが、下に着ている白地のTシャツとジーンズのミニスカート、ニーソックスのバランスが良く、小さめの顔に、ショートカットの髪の毛がとても似合うキュートな少女だ。
「守野、あんたちょっと目を離したスキになに女の子泣かしてんのよ!」
「……ってーな。いきなり何すんだよ波多野。この娘がなんか困ってそうだったからちょっと声かけただけだろが。」
波多野と呼ばれた少女が、彼と私の間に割って入った。
「大丈夫? このノーテンキ天然ストレート馬鹿に何かされてない?」
「お前、言うにことかいてヒデーな。」
何だろうこの2人。口調はケンカ腰なのだが、二人とも笑顔でとても暖かい波動のような物が感じられる。
「お二人ともありがとうございます。もう大丈夫です。お二人の仲睦まじい姿をみて少し落ち着きました。」
「「えぇっ? どこが??」」
二人の台詞は完全にシンクロしていた 。『ふふふ……。』何も考えず素直に笑えたのはいつぶりだろう。
「それと守野、あんたがモタモタしてるからバスも出ちゃったじゃない!」
「
波多野さんは『まあね。あんたらしいわ。』って言いながら彼の背中をバシバシ叩いていた。ホントに仲がいい。
イラは二人の会話から自分も目的を思いだしていた。【E】と麦わらを追わなくてはならない。メソメソしてるなんて私らしくない。
教団の仲間達から離れ、ひとりで行動する事をいつの間にか不安に感じていたのかも知れない。二人のかもし出す暖かい雰囲気が、きっと私の不安や苛立ちを少し解消してくれたのだ。
彼らに麦わらが並んでいたバス停の行き先を確認してもらえるようにお願いした。
「ここのバス停は動物園行きのシャトルバスの乗り場よ。途中下車とかはないみたい。」
「ふれあいの森・動物公園……俺たちもこれからそこへ向かうんだけどな。」
なるほど、奴らはそこへ向かったのか。何が目的か知らないが、今度こそ追い付いてみせるぞ【E】、麦わらっ!
「守野さん。波多野さん。声をかけてくれてありがとう。助かりました。」
「おっ、おう!」
目的地が一緒ならいっしょに行かないかという波多野さんの提案を丁重にお断りして走り出した。一刻も早く奴らに追い付くために!
走り去る彼女を見送ると波多野は呟いた。
「守野、何が『おう!』よ! あんた何もしてないくせに、なに照れてんのよ。」
「うっせーな。いいだろ別に。」
「さっきの娘、凄く可愛いかったもんね。」
ちょっとイヤミっぽく言う波多野に、彼は視線をそらせて照れくさそうにこう言った。
「今日のおまえ、さっきの娘に負けてねぇと思うぞ。」
「ほえっ…………。」
守野の言葉に最初は呆然とした波多野だが、彼の言った意味を
「ばばばばば、馬鹿じゃない、何言ってるのよ。守野のくせに生意気なのよ!」
言葉とは裏腹に、声がうわずり顔を真っ赤にした彼女は、この後暫く彼の方を見る事が出来なくなってしまっていた。
一方、守野達と別れたイラは一面、竹だらけの竹林の中にいた。
「どこだ……ここ?」
完全に道に迷っていた。
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます