第35話 追跡者①
今日は日曜日。いよいよ動物園デートの当日だ。僕は彼女と駅前広場で待ち合わせた。
彼女との待ち合わせ時間までまだ20分以上ある。緊張して早起きしてしまい、1時間も前からここにいるのだ。
駅の改札から人があふれて来るとついその人波の中に彼女がいないか探してしまう。
まだ早いって、いないに決まってる。そう思いながらも流れていく人達を目で追ってしまう。僕は相当浮かれている様だ。
そんな時だ、改札から一人の美少女が現れた。高校生くらいだろうか、ワインレッドのベレー帽に髪を編み上げて後ろで束ね、白いTシャツの上に濃いブルーのシャツをはおっている。淡いグリーンのフワッとしたショートスカートに茶色の紐革靴、水玉のショートソックスがとても可愛らしい少女だ。
行き交う人達がみな振り向いてゆき、周りの視線を釘付けにしている。世の中には凄い娘がいるもんだ。
メモを片手にキョロキョロと辺りを
そんな者達を無視して、彼女はゆっくりと駅前広場歩いて来ると僕の方を見て動きが止まった。一瞬視線が重なると、そのまま僕の方を見て極上の笑顔で微笑んだ。
何故だろう……。とても可愛らしい笑顔なのに、僕の背中を流れる冷や汗の量が尋常じゃない気がする。
僕は彼女から視線をはずし、後ろや周りを見渡してみた。こちら側には僕以外いない。あんなに可愛い娘、僕の知り合いにはいないと思うんだけどなぁ。
視線を戻すと彼女にお婆さんが話しかけていた。彼女は駅横の交番の方を指差して何かを話しているようだ。
突然、僕のほっぺたがトントンとつつかれた。
「何をみてるのかな?」
今日子さんがすぐ隣にいた。えっ、いつの間に? 今、周りを見渡した時には気付かなかったぞ。
「な……、何も。今日子さんが改札から出て来ないかとぼーっと見てただけだよ。」
「ふう~~~ん。」
ごまかして下を向く僕の顔をちょっと疑うように覗き込む彼女は、いつにも増してかわいい。
彼女は麦わら帽子に白のひざ丈ワンピース、デニムのジャケットにアンクルストラップのサンダルと、周りのカップルと比較しても断トツで可愛いいのだ。これは
更に僕の顔を覗き込む時に襟元からチラッと見えた胸の膨らみが僕の脳天を直撃して完全な思考停止状態に陥っていた。
「ふふっ……ほら、行くよタクトくん!」
彼女は僕の手を引いて改札に向かって早足で歩きだした。……あれ? そういえば彼女、今どっちから来たんだろう? ずっと改札の方を見てたはずなのに。まあ、いいか。
思考がやんわり停止したままの僕は彼女引かれるままに改札へと向かって行った。
「あのーすみません、お嬢さん。梅名井産婦人科病院を探しているのですが、ご存知ありませんか?」
突然この老婆は声を掛けてきた。私はやっと目的の【E】を発見したと言うのにタイミングの悪い奴だ。
私はこの辺りに住んでいる者ではないので分からないと伝えると、見るからに肩を落とした。
ここ駅前広場にはたくさんの人がいる。待ち合わせに使われている為か、若い男女が多い。なのに何故よりによって私なのだ!
私はため息をつくと、老婆の手を取り『すぐそこに交番がある。そこで聞いて見よう!』そう言って交番に向かって歩き出した。
「ありがとね、お嬢さん。」
困っている人がいれば助けてしまう。殺すだ、倒すだと殺伐とした事ばかり考えている私にとっては感謝の言葉は一時の清涼剤なのだ。それが自分の為の偽善なのだと分かっていてもだ。
交番にいた警察官に事情を説明して彼女を預けると、きびすを返し駅前広場へと急いだ。今度こそ、【E】お前と決着を着けてやる!
警察官は少女が駅前広場に戻って行く姿を見送ると、お婆ちゃんの方に向き直り尋ねた。
「それではお婆ちゃん、何処の病院を探してるんだい?」
「はぁ?? あんた何を言ってるんだい! あたしゃこの町に住んで40年、分からない場所なんてひとつもありゃしないよ!」
「ええっ!!」
驚き、目を丸くする警察官をよそに『スーパーの朝一タイムセールに間に合わなくなる!』と早足で去って行った。
まるで何事もなかったかのように……。
まるで……誰かに操られていた糸が、突然切れたかのように。
イラは愕然としていた。交番までの往復は1分と掛かっていない。だが、既に【E】の姿はその場には無くなっていた。
『くそっ、どこだ【E】!』
周りを見渡すと目の端に奴の姿がかろうじて映った。奴は既に駅の中、改札の向こう側にいる。ホームに電車が入って来た。まずい! このままでは奴に逃げられてしまう。
私は改札口に向かって走った。
改札口の横にある駅務員室にいる駅員に見えるように右手でSuicaをかざすと、反対の手でベレー帽を押さえジャンプ一閃! 自動改札機を一息で飛び越え、スカートをひるがえし着地……。そのスピードを維持したままホームへと駆け上がった。
回りで見ていた乗降客から『おおっ!!』っと歓声があがる。その声に駅員の叫びは書き消されていた。
「自動改札機にタッチして下さーーい!」……と。
イラはホームに駆け上がると【E】の姿を探した。改札からホームへと続く階段はホームの最後尾にあり、彼は最前列の車両に乗り込もうとしていた。
ホームには発車を告げるベルが鳴り響き、電車のドアは今にも閉まらんとしていた。
閉まりかけたドアに手を掛けると、間一髪スルリと車内に滑り込んだ。
走る電車内を先頭車両まで進んで行きたかったのだが、天気の良い日曜日の電車内は思った以上に混雑していて、その中を無理に進んで行くのは流石に難しかった。
仕方がない。諦めた私は電車が駅に止まる毎に前の車両に移動していった。何度目かの移動でようやく前から2車両目に突入した。残りあと1車両、待っていろ【E】!!
次の停車駅に着くと、高鳴る鼓動を押さえつつホームに降りてくる乗客を確認し先頭車両に乗り込んだ。
今の駅で降りた客が多かったのか、先頭車両にはだいぶ人が少なくなっていた。座っている人、立っている人、全て見渡すが【E】はいない。何故だ! 今までの駅でもギリギリまで乗り降りする客達をチェックしていたのだ。見逃すはずなどない。
発車のベルが鳴り、ドアが閉まる直前、先頭のドア横に立っていた大きな麦わら帽子の女がホームに降りたった。そして彼女の姿に隠されるように彼は立っていた。
『しまっ……!』
気付いた時には【E】とその女はホーム降り立ち、私はドアの閉まった車内に取り残されていた。
私は走り出した車内から、ホームに降りた【E】とその女をにらみ付ける。【E】は私に気付かない。だが、隣に立つ麦わら帽子のあの女……アイツは私に視線を合わせると口元を少しだけ上げて笑った。
そう、笑ったのだ。アイツは私に気付き、私をまく為に彼を見え難い位置に立たせて、ギリギリで電車から降りたのだ。
何者かは知らない。だが、麦わら……アイツは確実に敵だ! 私は負けない、次は絶対追い付いてみせる。
見てろよ麦わら!!
小さくなっていく駅のホームを見ながら、若干目的がズレ始めているイラだった。
ーつづくー
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