第19話 悪の戦闘員

 模擬戦再開と同時に犀川が猛攻で仕掛ける。呼吸を整えたと言った通り、まさに息をつく暇を与えない程のラッシュだ。


 先程までのタクトであればとても防ぎ切れない猛攻なのだが、タクトもまた鉄壁の防御でそれをしのいでいた。


 大蛇の霊は水を司る霊のようで、空気中の水分を上手く利用して体の外側に見えない薄い皮膜を作り、打撃を受けた部分のダメージを波紋の様に体外に逃がし直接ダメージを肉体に受けない効果があった。


 数馬はかなりの数のダメージを叩き込んでいるのだが、全く手応えが感じられなかった。むしろ、そのスキをついて打ち込んでくるタクトの攻撃は当たったその部分ではなく、全身に響いてくるような、そんな感覚があった。


「なかなか……面白い事を……してくるな、一ノ瀬くん。」


 圧倒的に押しているはずの数馬の方が肩で息をしていた。ダメージも高く、スタミナも失っているようだ。


「悪いな犀川、他はいつ負けてもいいが、今日だけは絶対に負けたくない!どんな手を使ってでも僕が勝つ!!」


 口では強気な発言をしているタクトも蛇霊の同化による精神的な消耗は著しく、気を緩めればいつ気を失うか分からないギリギリの戦いを強いられていた。


「どんな手を使ってでも勝つ!……か。」


「ああ、そうだ。どんな手を使ってでもだ。僕は、……だからな。」


「あははは……、そうだな一ノ瀬。は悪の戦闘員だ。今日僕は君と戦えた事を嬉しく思う。行くぞ、一ノ瀬!!」


「おう!」


 上下2段の蹴りから後ろ回し蹴りを繰り出し、バランスを崩したスキに一気に間合いを詰める数馬。顔面への連打をフェイントにみぞおちに至近距離から遠慮なく膝蹴りをぶち込んでくる。犀川の攻撃が少しえげつなくなった。


 僕だって負けるわけにはいかないんだ!下半身……特に右足大きくオーラが集中したように感じた僕は、蹴りがくると判断し顔面への攻撃を払い強引に体をよじるとスレスレで膝をかわし、両手で数馬の腕を取ると脚を払いつつ、体重を乗せて力任せに放り投げた!


 バランスを崩した体勢からの投げ技に数馬は受け身が取れず、床に叩き付けられた。痛みで一瞬息が止まる。


「クソッ、このバカぢからがっ!」


 掃き捨てた数馬の動きが一瞬止まる。チャンスだ!


「うおおぉおお………!」


 左足を一歩前に、突き出した左手を正中で構えると腰に添えた右腕に力を込める。右の拳に蛇霊の気を集中させ、正拳突きを打ち出すように拳を振るう!


 突き出された拳から放たれた蛇霊は目の前で固まる数馬の胴体に食らいつき、その勢いのまま数馬の体を数メートル先まで吹き飛ばすと消滅した。



「なに……?いまの?」


 試合を見ていたほとんどの観客が絶句した。タクトの投げ技で数馬との距離は2メートル以上離れていた。タクトの突きは明らかに攻撃の間合いの外から行われた。にも関わらず数馬の体は数メートル先まで吹き飛ばされたのだ。


「何あれ、凄い、すごーい!ねぇねぇ今日子、あれ、何かな?超能力とかかな?……それとも気功とかなのかな?すごいなー、ホントびっくりだよ。」


「さすがイチゴーニャ。うちのデシだけのことはあるニャ。」


 はしゃぐあかねと偉そうなコンをよそに今日子も驚きのあまり固まっていた。大天狗の時もそうだったのだが、タクトの戦いはいつも予想外の事が起こる。だからハラハラする、ドキドキする、ワクワクするのだ。


「??イチゴー?何か様子が変ニャ。」


 今日子も気が付いた。正拳突きを繰り出した体勢のまま固まっているのだ。


「一ノ瀬くん!!」


 審判をしていた指導員が数馬の方に担架を呼ぶと、次にタクトの方に駆け寄って行った。今日子も叫ぶと同時に彼の元に走り出していた。




 タクトが目を覚ますと知らない天井……というヤツだった。僕が寝ているベツドのすぐ右には今日子が椅子にかけてこちらを見ていた。目の下には泣きはらした跡があり、かなり心配をかけてしまったのだと分かった。


「ごめん……。」


「バカ!もう死んじゃったかと思った。」


 自分が意識を失ってどうなったのか分からない僕には、何も言い訳する事などできない。彼女の瞳にはまた大粒の泪が貯まって今にもこぼれ落ちそうだ。


「すごく心配したんだから。」


 彼女は布団の上から僕の胸に顔をうずめてクシュクシュと泣いていた。


「心配かけてごめん。お詫びに今度何かご馳走させて下さい。」


「ご馳走……だけ?」


 上目遣いでこちらをのぞき込むようなしぐさがあまりにも可愛らしくてドキドキしてしまう。


「うっ……えっと……あの、 映画……とか、遊びに行く……とか、そのデート的な……その……。」


「うん。」


 いつもいつも菱木さんが積極的に話しかけてくれていたので、最初の頃よりは、彼女と話すのはだいぶ慣れて来たのだが、それでもいままでそういった事の経験がない僕は、上手くはっきり言う事が出来なかった。


 そんな僕に『うん。』と返事してくれた彼女の笑顔はとてもまぶしくかけがえのないモノに思えた。


『きょーこ、ズルいニャ。うちも行きたいニャ。』


『こら!ジョセフィーヌちゃん、今良いところなんだから邪魔しないの!!』


『あのーすみません、2人とも僕の上で暴れるのやめて頂けませんか?全身打撲で死にそうなんですけど……。』


 ベツド左側……カーテンの向こうからこそこそと声がする。タクトは上半身を起こすと左側のカーテンをサッと開いた。


 ベツドの上には見知らぬ女性とコン、その下には犀川が横になっていた。僕が冷やかな目線を送ると3人は三様の態度をみせた。


「はっ、初めまして一ノ瀬くん。私は今日子の同僚の桃園あかね。よろしくね!」


「イチゴー、お菓子食べたいニャ。約束のお菓子。ちゃんと大人しくしたニャ。ちゃんときょーこと一緒にいたニャ。」


「すまん、一ノ瀬。僕は、一応止めたんだぞ。だが……その、すまん。」


 あかねとコンはそっぽを向いて目を泳がせている。犀川はとてもすまなそうな顔をしている。こんなにすまなさそうな犀川を僕は初めて見た気がする。


「別にいいですよ、僕がヘタレなのはいつもの事です。でも、これだけの人数がいるとやっぱり恥ずかしいですけどね。」


「そんな事ないよ。今日の一ノ瀬くんは格好良かったです。本当にカッコよかった。」


 今日子は顔を真っ赤にしながら一生懸命弁護してくれた。そして犀川も……。


「今日の君は本当に格好良かった。まさかリアルに【気功波】を撃てる奴がいるとは思わなかったよ。」


 苦笑しながら言った犀川の言葉に、桃園さんも乗っかって質問してきた。


「そうそう、私もびっくりした!あれって超能力とか?それとも本当に気とかそういう物なのかな?」


「ちょっと違うかな。どちらかと言うと、ポルターガイスト現象ですね。」


「「ポルターガイスト現象??」」


 その場にいたコン以外の全員が口をそろえて疑問符を口にした。


 ーつづくー

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