第18話 模擬戦【タクトVSカズマ②】

 一ノ瀬くんと犀川くんの模擬戦が始まった。自分が戦う訳でもないのに鼓動が高鳴り、凄くドキドキしている。昨晩の事……彼の言葉を思い出すと耳まで赤くなってしまいそうだ。


「今日子!私も見に来ちゃった。」


「あかね……どうして?」


 後ろから突然声を掛けられてびっくりした。そこには同じ課の同僚で一番仲の良い【桃園あかねももぞの あかね】が立っていた。


「いままでどんな男にもなびかなかった今日子が、ここひと月チョイチョイ仕事抜け出しては男に会いに行くなんて気になるじゃない。だからみんなを代表して私が来たんだよ。」


「会いになんて……。」


 もう否定はできなかった。あかねや他の同僚にもタクトとの個人的な事を話したことは一度もない。だが、あかねがここにいるという事はもう公然の事実だという事なのだ。


「まさか、今日子……あなたバレてないとでも思ってたの?」


「だって、私だって自覚したのわりと最近なんだよ。だからみんなに話したことも、相談した事だってないのに……。」


 あかねは頭を抱えていた。あれだけ分かりやすい行動とっておいて自覚したのが最近になって……とは。少し意地悪しちゃおうかしら。


「良く思い出して答えてね。報告書提出に行って、戻りが遅かった時は何をしてたの?」


「………」


「研究棟の食堂では見掛けなかったけど、私達のお昼の誘い断って、どこまでお昼ごはん食べに行ってたの?」


「………」


「一緒に帰ろうと誘っても残業があるって断ってホントはどこに行ってたのかな?」


「………ごめん。」


「別に責めてる訳じゃないのよ。むしろ応援したいんだから。ただ、貴方の行動は分かり易かったって話。」


 あかねの質問のたびに浮かんだのはタクトの顔だった。顔がみるみる赤くなる。確かにこれは分かりやすいな。言われて自覚した。


「それで、あなたの王子様どこにいるの?話題は良く聞くけど、本人に会ったことないのよね。」


 今日子は下を向いたまま、右側の入口付近で戦っている2人を指差した。


「どっち?イケメンの押してる方?それとももう一人の……。」


「押されてる方……。」


「あちゃーっ!もう少し近くに行って応援しなくちゃ!!」


 あかねに手を引かれて近くに移動していく。正直にいうと見ているのが辛かった。一方的に攻める犀川の攻撃を受けて、流して、かわしてまた受けて……ボロボロだ。


 ランクの近い相手との模擬戦ではもう少し余裕があるようにみえた。手を抜いている訳ではないのだろうが追い込まれているという気はしなかったのだ。だが今は、防戦一方で攻撃するスキすらない感じにみえた。


 2階の観覧席ではかなりの人数が模擬戦を見ていた。中でもタクトとカズマの模擬戦には多くの注目が集められていた。


 AランクとEランクの戦い……一瞬で決着がつくと思われたそれは、タクトの善戦により辛うじて膠着状態を保っていたのだ。


「粘るじゃないか一ノ瀬。」


「粘ってたら、お前にスキが出来るかと思ったんだけどな。待ってる間にくたばりそうだ。」


 僕の言った事は本音だ。攻撃を捨て、防御に徹することで犀川のスタミナ切れを狙う作戦だった。大技こそ食らっていないものの、犀川の攻撃は苛烈だった。かわし切れず、受け切れず、致命傷にこそなっていないがダメージの蓄積は深刻だった。


 このままではジリ貧だ。いちかばちか防御を捨てて全力の一撃を叩き込むしかない。ただ、リーチの長い犀川の間合いをくぐり抜けられる自信は全くなかった。


 その時だった、訓練場の扉を大きく開いて一人の少女が現れた!


「イチゴー!お待たせニャ。応援にきたニャンよー!!」


『!!……誰?』その場にいた全員が思った。そのままタクトの元へ走って行くと背中に飛び付いた。


「ニャー!」

『ワレだいぶんボロカスやな。感謝せえよ!』


「こら、コン、離せ……よ。」


 犀川は攻撃をやめ、やれやれという感じで頭をかいていた。僕はというとコンを振り剥がそうと後ろを振り返り、そこにいたモノを見て絶句した。


 全長は10メートル以上あるだろう。もたげた鎌首は3メートル近くある蛇の幽霊だ。とんでもないモノを連れてきたコンを小声で問い詰めた。


『おいおい、コン。手を貸してくれそうな霊を探してくれとは言ったが、なんだコレは?何処から連れて来たんだ?』


『蛇ちゃん。近くの川にいたニャ。』


 いやいや、こんなものそこらにいるレベルの霊ではない。真っ直ぐに見つめる瞳に冷や汗が止まらない。蛇に睨まれた蛙の気分だ。とても協力してくれそうには思えない。


『ちゃんとお願いしたから大丈夫ニャ。』


 僕の心の声を聞いたのかコンは即座に答えてきた。更に蛇の方も話し掛けてきた。


『人間ごときに我が力を貸すなど不本意ではあるが、彼の方のたっての願い故、承知した。ほんの一時ひとときではあるがキサマに従ってやる事としよう。』


『ありがとうございます。御力お借り致します。』


 蛇はするりと動き始めると、僕の体に吸い込まれるように同化していった。


 それから僕は2階の観覧席を見回して今日子を見つけると、そこを指差してそこで大人しくそこで見ているようにとコンに伝えた。最初はここで見るとごねたコンだが、あとで美味しいお菓子を買ってやると言うと、目をキラキラさせて入口から出て観覧席を目指して走って行ってしまった。アイツは本当に神獣なんだろうか?


「済まない、犀川。お待たせした。」


「こちらも呼吸を整えるのに丁度良かった。ここからは一気にたたみ掛けるぞ、一ノ瀬!」


「そう簡単にはいきませんよ、こちらも奥の手出しますから。」


 二人は距離をとって軽く一礼すると戦闘を再開した。



 今日子はモヤモヤした気持ち落ち着かせようとしていた。相手は子供だ、気にする事なんてない……そう自分に言い聞かせようとするのだが、一ノ瀬くんに抱き付くなんて……。だいたい何なのよあの子は。


「今日子……。」


 顔に出ていたのだろうか、心配そうに覗き込むあかねの声に冷静さを取り戻した。あんな小さい子供に嫉妬するなんてどうかしてる。


 落ち込む彼女の背中に誰かが飛び付いた。


「きょーこ、見つけたニャー!」


「きゃっ!えっ?なに……?」


「イチゴーが、きょーこの所でおとニャしくしてたら、お菓子買ってくれるんニャって」


 なんだろうこの子……なんで私の事知ってるんだろう。……ん?イチゴー??


「あなたまさかジョセフィーヌちゃん??」


「その名前は好きじゃないニャ。」


 あぁ……私、ケモノ相手に嫉妬したのかぁ。今日子の落ち込みを他所に偉そうにふんぞりかえるジョセフィーヌだった。


「偉そうじゃにゃい、うちは偉いニャ。」


 すみませんでした。


 ーつづくー

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