第17話 模擬戦【タクトVSカズマ】

 午前中の講義が終わり午後からは格闘術の訓練が始まる。格闘術の練習の最後に相手を決めて模擬戦を行うのだ。


「一ノ瀬の奴、午前中欠勤だってさ。」


「午後からの模擬戦、犀川サイカワとやるんだろ?恐くて逃げ出したんじゃないか?」


「ドベのランクEだからな。」


 一ノ瀬の事をバカにしてる奴等が聞こえるように噂話をしていた。だが、僕には全く気にならなかった。むしろ嬉々としていたと言っていい。口では逃げるの何のといつも言っているが彼はそういう男ではない。


 むしろ彼が午前中来ないのは何かの手を打っているからに違いない。つまり午後からの模擬戦で僕に勝つ気でいるという事だ。


 数馬は祖父の道場に通うのが好きだった。空手習うのも楽しかった。小学校5年の時クラスでいじめがあった。イジメられていた子とは特に仲が良かった訳ではない。 だがそういう行為への怒りと空手を習っていることへの自信がいじめに介入させた。


 だがその結果、集団からの暴力と嫌がらせなどのいじめは数馬に移行した。集団による暴力は多少の武道の経験など毛程も役に立たなかった。この頃から数馬はいろいろな武道に傾倒し始めた。すり減った心は何者にも負けない強さを求めそうなっていったのだ。


 そしてそれは自分のみにとどまらず、他人にもそれを求めていった。強い相手はもちろん、弱者への優しさと裏腹に挑んでくる者には容赦ない強さを見せた。シャドウの戦闘員を目指したのもスポーツ武道ではなく本当戦いの中に自分の目指すところがあるのだと思ったからだ。


「これは少し楽しくなってきたな。」


 数馬は自分の口元に笑みが浮かんでいるのが分かった。




 タクトは会社に午前中の欠勤願いを提出し、朝から研究所まわりの山の中をを探して走り回っていた。


「ちくしょう!トレーニング中には良く見掛けたのに、いざ探して見るとなかなかいないもんだな。」


 朝からすでに3時間以上走り回っていたが目当てのモノは見つからない。まあ、見つかったとしても上手くいくとは限らないのだが、それでも何もせずにただ犀川に負けるのだけは絶対に嫌だ。


「なにやってるニャー、イチゴー!」


 振り返るとそこにはピンクのカーディガンに白のブラウス、フワッとしたフリルの付いたスカートを腰の大きなリボンで留めた10歳くらいの獣耳ケモミミの女の子がいた。


「イチゴー??おまえ……コン。……なのか?しゃべり方も見た目もまるで違うじゃないか?まさかここ、いつのまにか箱庭の中なのか?」


「違うニャ。イチゴーはバカにゃのか?うちは新しい能力に目覚めたのニャ。」


 えっへん!と偉そうに胸を張るコンは僕との箱庭テストのあとからなぜか急に【コミュニケーション能力】と【変身能力】に目覚めたらしい。


「おかげでシッポも3つに増えたニャ。」


 後ろに振り返りちょっとおしりを突き出すと、スカートの裾から3本のシッポをのぞかせた。コイツが元は九尾の狐なのは本当らしい。


「今までずっと新しい能力に目覚めなかったのになんでまた急に新しい力が使えるようになったんだ?」


「わかんないニャ。」

『知るかボケ!ワイの方が聞きたいワ!』


 ああ、心の声の方は変わんないや。なんかホッとした。でも、念話の方はがらが悪くてうるさいから出来るだけカットしておこう。


 小早川所長の話によると豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃、秀吉の遠縁にあたる後の小早川家当主【秀俊】によって豊臣家の守護霊獣とするために封印を解かれたのだという。だが、封印時に全ての能力を奪われており大した役には立たなかったらしい。


 秀吉への献上を諦めた秀俊によって、以来当主の家を守る守護霊獣として仕えているのだ。関ヶ原の戦いで西軍を裏切り、徳川方についたのにはこの霊獣による助言があったらしい。ギリギリまで意見が対立し、もめたそうたが、それは当然だと思う。小早川家では有名な話らしいのだが、よくもまあ、このコギツネの助言に従ったものだと僕は思った。


「イチゴー、おまえ今、とても失礼にゃ事考えてなかったかニャ?」


「ちょっと考えた(笑)僕はまた、あの殺すノートに名前書かれちゃうのか?ちなみにあれに名前書かれるとどうなるんだい?」


「いつか死ぬニャ。」


 自慢気に言うコンの態度に爆笑した。コイツといると何故か愉しい。どうせこのニャーニャー言葉も所長あたりに騙されて喋らされてるのだろう。全くちょろくて本当に可愛い神獣さまだ。ついつい時間を忘れて……………はっ!!


「やばっ!もうこんな時間じゃないか!もう戻らないと。ちくしょう、やっぱり見つけられなかったか……。」


「何を探してたニャ?」


「実は……。」


「なんだ、そんなの簡単ニャーよ。うちに任せるニャ。イチゴーはでっかい泥舟に乗ったつもりで待ってるニャ。」


 言うが早いかコンは山道を跳ぶように駆けあがっていく。はっきり言って不安しかないのだが、ここはコンに任せるしかない。こちらも犀川の顔を思い出して闘志を燃やすと研究所に向かって走りだした。



 オフィス棟の地下訓練場ではすでに格闘術の訓練が始まろうとしていた。今日子は副所長に許可をもらって見学に来ていた。もちろん今日やらなければならない仕事は朝早くから出社して済ませてある。


 研究棟管理室室長を兼任する副所長には、昨夜の件で注意を受けたが『プライベートな事には口を出さん。まあ、がんばれ。』と励まされ、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。


「遅くなりました!一ノ瀬入ります。」


 一ノ瀬くんが来た。何処に行ってたんだろう、肩で息をしてる気がする。


 準備運動を終えて受け身、空手の型などの練習が続いた。小一時間程の練習が終わると休憩の後、いよいよ模擬戦が始まるようだ。


 休憩が終わると同時に移動が始まった。4つ程の班に別れて事前に決めておいた相手と模擬戦を行う流れになっている。タクト達は入口に近い一番右側のグループにいた。


 タクトはいつもと違うまわりの雰囲気にポツリとつぶやいた。


「何だか今日はギャラリーが多くないか。」


「どうせあいつ等の仕業だろう。」


 犀川は僕のうわさ話をしていた奴等をにらみつけたが、知らぬ顔でニヤけていた。ギャラリーを集めて笑い者にしたければするがいい!僕は今日、たった一人の観客のためにどこまでやれるか……それだけに集中しているのだ。


「犀川、今日は本気でやらせてもらう!」


「ようやく先輩を外してくれたな、一ノ瀬!かかって来い、お前の本気を見せてみろ!」


 二人は向かい合い、軽く一礼をすると攻撃を開始した。


 ーつづくー

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