第16話 僕の理想、彼女の野望

「遅いぞ、一ノ瀬くん!」


「 菱木先輩?どうしたんですか?」


 ロッカールームの入り口で待っていたのはちょっとすねた様に怒る菱木今日子だった。


「君を待ってたに決まってるじゃない!このところ落ち込んでるみたいに見えたから、元気づけようとおもってさ。ちょっと飲みにでも行かないかな?」


「あのー僕、一応未成年なんで。」


「もう、かたいなぁ一ノ瀬くんは!あたし達悪の組織なんだよ、!まあいいわ、じゃあご飯ね。決定。」


 僕には拒否権はないようだ。まあ、拒否する気持ちなど1ミリたりともないのだが。彼女は3つ年上だが、とても可愛らしい。気さくで明るく、人懐っこい性格で、この広い社内でもかなり人気が高いのだ。


 入社直後からちょくちょく訓練を見に来てくれて声を掛けてくれた。それが彼女のファンの男子の反感を買っていたのは言うまでもない。だが、羨望も反感も彼女の笑顔に比べればどうということはなかった。


 彼女の家は駅からそう遠くない場所だとのことで、駅近くのレストランで食事をする事にした。彼女は食後にワインを飲んで少し顔を赤らめていた。


「少し前からちょっと暗い顔をしてたからさ、軽く元気づけてポイント稼いじゃおうかなって思ってたのに、犀川くんに励まされてガン泣きしちゃってるし!」


 うわー、見られてたー。


「ぼ、僕は泣いてないですよ、ちょっと目にゴミが入って…」


「嘘っ!顔をクチャクチャにしてポロポロ泣いてたし。」


 うわっダメだー、彼女に完全に見られてた。……僕は諦めて頭を下げた。


「すみませんでした。普段言われた事もないような事を言われて、ついうるっと来ちゃいました。」


「ほーら、やっぱりね。」


 したり顔の彼女はグラスに入ったワインをグッと空けた。何だろう……僕、いまメチャクチャ絡まれてる気がする。何度か食堂でお昼をご一緒させてもらったけど今日はいつもと雰囲気が違う気がした。


「だいたい僕ごとき小市民のポイント稼いでも菱木さんには何の得にもなりませんよ。」


「君ってほんと鈍いのね。全部言わないと分かってもらえないのかしら?バカ!」


 菱木さんはグラスにワインを注ぐと次々と飲み干した。ひとしきり僕を罵倒すると眠ってしまった。


 さすがの僕でもここに至っては自分のしでかしに気が付いていた。


 僕だって彼女の事が好きだった。だが、長年の習慣で自分に寄せられる好意を素直に受けとる事が出来なくなっていた。『絶対にありえない。間違いなく僕の妄想だ!』とフルオートで思ってしまうのだ。


 でも、この数ヶ月がんばって来れたのは彼女のおかげだ。勘違いでも妄想でもいい!僕は彼女の声援に応えたかった。彼女に釣り合える、誇れる自分になりたかった。犀川には悪いが僕は皆に誇れるような、そんな聖人君子などではない。


 彼女の理想の僕に成ること。それが今の僕を支えている。だけどまだ結果はEランクだ。彼女が寄せる好意を受ける資格なんてとてもないのだ。


 だから少しでも結果を出したい。明日の犀川との模擬戦……ただで負けてやるわけにはいかない!彼女の家に向かうタクシーの中で僕は決意を新たにした。



 部屋の鍵は副所長に事情を説明して管理人に連絡して開けてもらった。出るときはオートロックだそうだ。


 彼女をベットに寝かせると布団を掛けて電気を消した。寝室の入り口で振り返ると僕は噛み締めるようにつぶやいた。


「今日子さん、僕は君が好きです。たぶん初めて会った時から。未だに君の声援に応える事が出来るほど強くありませんが、明日の模擬戦はできるだけがんばってみます。今日はありがとうございました。おやすみなさい。」


 恥ずかしい台詞も相手が寝てると思えば意外にスルッと言えるもんだな。タクトは気恥ずかしさを隠すように彼女の部屋を後にした。



 菱木今日子は布団をかぶり丸まったまま、顔を真っ赤にして身じろぎも出来ずにいた。


「告白、されちゃった……。嬉しい。」


 タクトの言った言葉を思い出し、恥ずかしさと嬉しさでバタバタする。彼女は本当は眠ってなどいなかった。


 いつも彼を見ていた。訓練の応援にも行った。偶然を装っては声をかけた。食堂で彼が来るのを待って一緒にご飯を食べた。休憩中にテキストを見て繰り返し読み返しているのをみた。毎日自主トレしているのを見てた。『これじゃぁ私、ストーカーみたい……。』そう思って落ち込んだ。


 声をかけると彼はいつも恥ずかしそうにニコリと笑った。どんなに落ち込んでいる時もだ。かわいくて堪らなくなった。


 最近、思うように結果が出せず落ち込んでいるところを良く見るようになった。今日は彼を元気付ける為に飲みにでも誘おう。


 彼が泣いていた。同僚の励ましに心を震わせていた。抱きしめたいと思った。


 私は彼が戻って来るのをロッカールームの前で待った。私はいつから彼の事がこんなに好きになってしまったんだろう。


 箱庭テストの時、初めてモニター越しに見た彼は頼りなげでビクビクしてた。ジョセフィーヌと話す彼はなにか愉しげだった。崖崩れの試練であきらめない姿勢にわくわくした。大天狗の試練でジョセフィーヌを守って戦う彼にドキドキした。


 彼をオフィス棟に送る車中で【かわいい】と言われてとてもとても嬉しかった。車から降りてオフィス棟に向かう彼に『がんばって下さいね。』と声を掛けた。振り返った彼の笑顔を見て、私をのはきっと【彼】だと思った。


『今日子は彼が、本当に好きなのね。』


「お姉ちゃん?」


『見てたわよ。珍しくワインなんて飲んで酔ったふりなんてしちゃって。』


「なんか、私ばっかり好きになっちゃって……タクトくん何にも言ってくれないし。犀川くんに良いとこ持ってかれちゃうし、ちょっと意地悪しちゃおう!……かなーって。」


『あなたがそんな事言うなんて初めて聞いた。本当に好きなのね。』


「彼、とっても優しいの。おんぶしてくれた背中……とっても温かいの。」


『はいはい。ノロケまくりね。もう、分かったから、パジャマに着替えて早く寝なさい!服シワになっちゃうよ!!』


「はーい。」


 ワインが結構効いていたのだろう、パジャマに着替えてベットに入ると、今日子はすぐに寝息をたてはじめた。


 彼女は一人暮らしで、ここには彼女以外誰もいない……。眠っている今日子の口から声が漏れ始めた。


『今日子は私が守る。絶対に死なせない。そのためにも必ず世界樹を復活させて【いのちの果実】を手に入れてみせるわ。』


 ーつづくー

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