第3話 蜘蛛VSバッタ

 全身から真っ赤な炎を撒き散らし、大きく肩で息をするクリムゾン・イービルは変身による強化の代償にかなりの消耗を強いられているようにみえた。


 噂話しには聞いていたが、こんな化け物が実在する事にスパイダーも少しばかりの驚きを感じていた。


「見るのと聞くのとは大違いだぜ、これは。」


 海外で実際の戦闘にも参加していたスパイダーはこの超甲武装シェイプシフターに絶大な信頼を置いていた。だが、その彼をもってしてもいくばくかの恐怖心を抱かざるを得ないほど、それは異質な存在だった。


 スパイダーは恐怖心を押し殺しイラとの距離を取りつつ左腕に装備した装置から蜘蛛網スパイダーネットを次々と発射した。


 イラは大きく叫ぶように咆哮すると、空中で開いたネットを次々とかわして距離を縮めてくる。進路をふさぐように3人の戦闘員が電磁警棒で襲いくるが右腕の一振りで2人を吹き飛ばし、残りの一人は肩を鷲掴みにして力任せに放り投げた!


 スパイダーはそのスキを突いて4本の機械腕マシンアームで攻撃を開始する。鋭利な形状の機械腕で細かい傷を作る事は出来たものの、本物の化け物相手にとても致命傷を与えるには至らない。それでも蜘蛛糸と機械腕による攻撃続けながら左回りに移動していく。


 イラは全ての攻撃を紙一重でかわし、機械腕による攻撃はさばいて致命傷を避けていた。4本腕による攻撃はダメージよりも何か別の目的を持っているかのようだった。


『チィッ、陽動か!?』それと気付いた時には足元に蜘蛛の巣が張り巡らされていた。巣の中心に追い込まれたイラに向かって複数の小型蜘蛛型メカが一斉に粘着力の高い蜘蛛糸スパイダースレッドを吹き付ける!


 体を右にひねりながらそれをかわし、戦闘員の包囲が薄くなっている部分に向かって跳躍した。…だが跳躍の途中、何もない空中で何かに引っ掛かって身動きが取れなくなった。


「はい、捕まえた! ちょこまかと動きまわられちゃ困るんだよね。」


 スパイダーは蜘蛛糸を無駄に放っていた訳ではなかった。足下に目立つ蜘蛛の巣を形成しながら空中に目立たない細い粘着力の強い糸で作った巣を張って、周りを囲む戦闘員達にあえて包囲の薄い部分を作るように指示をだしていたのだ。


 蜘蛛糸を引き剥がそうと暴れるイラに、追加の蜘蛛糸で手足の動きを封じると、スパイダーは空中に張った糸の上を静かに歩いて近付いてきた。何とか力任せに蜘蛛糸を引き千切ろうとするが蜘蛛糸は逆に体に食い込んでくる。


「ウググゥ、こんな細い糸が…。強さも調節可能ということか。」


「そのとおり! 太さ、強度、粘着力…自由自在だ。さっ、おとなしく同行してもらいましょうか。貴方には伺いたい事がたくさん有りますから。」


 スパイダーはイラの背後にまわると4本の機械腕で羽交い締めにし、肩口に噛み付いた。仮面から突き出した大きな牙を差し込み毒を注入する。そして大きく咆哮するイラに子供をなだめるように声をかけた。


「はーい大丈夫、大丈夫痛くないよ。殺しはしないから。神経毒で身体の動きを封じさせてもらうだけだから。もう少し我慢しておとなしくしといてね。」


「クソッ、シャドウめ! 私は貴様らを絶対に許さない! お前達を叩き潰すまで簡単に負ける訳にはいかないんだーっ!!」


 大きな声で叫び、イラの赤熱色の肉体が更に赤みを増すと全身が炎に包まれた!


 スパイダーは羽交い締めにしていたマシンアームを外すとすぐさま後方に飛び退いた。短時間であったにも関わらず、超甲武装のあちらこちらが熱で少し溶け掛かっていた。


「あ、熱っっっつ! なんて熱量だ、オリハルコニウムの装甲が溶け掛かってるじゃないか! このクソ化け物め!!」


 全身を赤く染めあげた炎は一度大きく燃えさかると、巻き付いた蜘蛛糸を全て焼き尽くし急速に消滅した。


 肩を大きく揺らして息をしているイラに、スパイダーは再び攻撃を再開する。2本の腕と4本のマシンアームを使って強烈な連打を次々と叩き込む!


 イラが完璧に防御体勢取っているとはいえ6本の腕から次々と繰り出される強打に少なからずダメージを蓄積させていた。


『体が重い…。』スパイダーに打ち込まれた毒も先程の炎でかなり中和したのだが、神経毒は確実に効果を持続させていた。もう輸送トラックの通過予定時刻まであまり時間が無い。防御を棄て、攻撃を受けながらも2本の機械腕を取ると力任せに引きちぎった!


「クソッ! 神経毒も効いているはずなのに、この馬鹿ぢからがぁ!」


 吐き捨てるように文句をいうと、スパイダーも残った腕で攻撃を再開した。2本無くなったとはいえ、まだ4本の腕がある! 突きの連打に加えて足技も繰り出す。確実にヒットしているがふらつく気配すら見せない。


 戦闘員たちも電磁警棒を最大出力にして代わるがわる攻撃を仕掛けているが動じる気配もなく、腕や足をつかまれてはあり得ない力で放り投げられていた。


 頑丈過ぎて攻撃が通らない。だが、動きは鈍い! こちらの攻撃をかわすより、受ける方にまわる事が多くなっているのがその証拠だった。神経毒が効いている…ならばいちかばちか殺す気で行くしかない。


 戦闘員達の攻撃を受けて一瞬スパイダーから気を反らした瞬間を狙って蜘蛛糸スパイダースレッド機械腕マシンアームで腕と足の自由を奪い一気に接近すると抱き合うかのような姿勢で顔を近づける。


「サヨナラだ、バッタ野郎!」


 戦闘員達は一挙に距離を取ると、スパイダーの仮面の口から猛毒性の霧が噴射された。


「グギャアァアァァァァ…!!」


 顔に毒霧の噴霧を受けたイラは絶叫すると、腕に生えたトゲを大きく刃物ように伸ばしスパイダーの右腕を切り裂いた。


 右腕を失い反動で少し距離の開いたスパイダーの腹に全力の蹴りをお見舞いすると10m近く吹き飛んで動かなくなった。


『スパイダー、時間稼ぎご苦労さまです。【箱庭】の準備が整いました。負傷者の回収を含め撤退の準備をお願いいたします。』


「すみません、姫。俺が一番の重症者かも知れません。」


 スパイダーが力なく弱々しく答えると副官の藤堂は直ぐ様行動を開始した。バッタが顔を押さえうずくまっている今がチャンスと判断したのだ。


「ヤツが動けない今がチャンスだ、全員撤収! 隊長が負傷した。回収部隊は救護班の準備を急げ!」


 スパイダー隊の撤退が進む中、本隊では箱庭の起動が始まっていた。鋼鉄女帝アイアンメイデンに変身した仮面の女は身に纏った装甲を吊り鐘状に変形させると頭だけを出す形で中に収まった。頭部には仮面の上に更に2本の角が生えた鉄兜が装着された。


「ジョセフィーヌが敵のマーキングを終了、箱庭起動いつでもいけます!」


 バトラーはオペレーターからの報告を受けると姫に向き直り《お願いいたします。》と言った。


「箱庭展開! 敵を魔空間に引きずり込め!!」


 仮面頭部の2本角から稲妻が走り、巨大な球体をもつ天文台にあるような望遠鏡型の装置に向かって発射される。その装置から天空に向かって光が走ると上空にある衛星が中継し、現場である公園の上空に巨大な雲の渦が発生した。


 苦痛で動けない中、敵が撤退して行くのが見えた。何とか身体を動かそうともがくが思った通りに動けなかった。その時急に目の前が真っ白になると落下するような感覚に囚われた。イラは不思議な感覚を感じて眼を閉じる。


 一瞬にして視界が開けるとそこは何もない永遠に続く草原であった。見渡す限り自分一人しかいない。


 身体の痛みはなぜか回復しており、ここが何処だか分からないが敵を取り逃がしたという事は理解したのだった。



 ーつづくー

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