第4話 箱庭崩壊

 永遠に続く草原……かなり歩いたが風景が変わる事は全くなかった。私の変身も解けて元のローブ姿に戻っていた。スパイダーに受けた毒の痛みも全く感じない……となると幻覚かなにか、何らかの精神攻撃を受けている可能性が高い。


 精神を集中するために目を閉じる。私には子供の頃の記憶があまり無いのだが、目を閉じるとその頃の記憶が蘇った。


 幼い頃、来る日も来る日もベッドの上にいた。多くの機械をつけられ点滴でいろいろな薬剤を打ち込まれていた。


 ある日病院では無い、研究施設のような場所に移動させられ、そこで大きなドーム形の水槽に浸けられた。周りにいたのは医者ではない。科学者のような者達だった。同じような白衣姿ではあったのだが持っていた小物や雰囲気が医者とは違うと感じさせていた。


 私はそこで何年も眠らされていた。そしてその日は来た。身体に強烈な電流が走り、怒り悲しみ、苦痛……いろいろな負の感情が一気に爆発した。全身の血流が沸騰し、全身を焼くような痛みが私をさいなんだ。


 水槽の中の水分はあまりの高温で沸騰し、爆発した。水槽を出て振り返るとそこには、壊れた水槽の部品に写った真っ赤な人型のバッタの姿があった。


 辺りを見回すと私の入っていたのと同じドーム型の水槽が20基ほどあり、その中には私と同じような人型の人でない者達が納められていた。


 私は全ての水槽を破壊した!


 施設を破壊した!


 警備員を研究者達を破壊した。



 研究施設を逃げ出した私は何日も山の中をさまよった。バッタの体はいつの間にか元の人間の姿に戻っていた。雨、風を避けられる洞窟で川の水を頼りに長いこと過ごした。だが、体力の限界を迎えとうとう倒れてしまった。どうせ私はもうこのまま死ぬのだろう……そう思っていた。


 目が覚めると私は布団に寝かされていた。山中で倒れていた私をたまたま通りかかった軽装登山者のグループが見つけて保護してくれた。


 私を助けたのは宗教法人【救いの家】の教祖ルーさんとその信者達だった。彼はやむにやまれぬ状況で厳しい現実から逃げ出した人々を救う活動をしていた。


今日はたまたま簡単な山登りを通じて信者たちとの交流を図る登山交流会の途中、私の事を見つけたのだ。そして私の普通ではない状況を見て警察には通報せず、自分達の施設で保護してくれた。


 記憶が曖昧ではあったが、自分などどうなっても良いと思っていた私は、覚えている限りの事を彼に話した。にわかには信じられない様な事が数多く含まれていたのだが、彼は私を受け入れてくれた。


「ここには色々な悩みを抱えて苦しんでいる方々がたくさんいます。辛い現実から逃げ出した人もいます。貴方のように特殊な力に苦しんでいる方もいます。厳しい現実から逃げ出す事は悪い事ではありません。我慢し、耐えていても、停滞していては良い事はありません。一度落ち着いた環境を作り、そこから前に進む道を一緒に探してみませんか?」


 もう何もない私には断る理由もなく、そこにすがって生きるしか無いように思えた。


 あれから8年…いろいろな人達が集まり教団はどんどん大きくなった。 名前も聖正義ジャスティス教団と変わり、特殊な能力を持った者達が【大罪司教】と呼ばれる様になり、私もその一人となった。


 数年前、ようやく私がいたと思われる研究施設を探し出し、調査を開始した。自分の過去に繋がるデータを見つけたかったのだ。だが、施設は破壊されて瓦礫の山と化していた。登録登記上もその場所に何も存在していない事になっていた。


 唯一発見できたのが【SHADOW】と書かれた金属片の一部だけであった。


 教団がその名前を手がかりに調査を継続した結果分かったのは、日本を拠点に海外に傭兵を派遣する非合法組織ではないかという事だけで、確たる活動の内容や証拠を掴むことは出来なかった。地道な調査活動の末ようやくこの輸送計画についての情報を掴んだのだ。


超甲武装シェイプシフター蜘蛛型スパイダー……奴等はまだ私のような化け物を生み出し続けていた。許せない、許せない、許せない……私は奴等を絶対に許せない!!


「うぉおぉぉぉぉぉぉぉ!! 変身っ!!!」


 負の感情が一気に爆発し、全身の血液が沸騰するような感覚が精神を支配する! 全身が深紅の炎に包まれ私はバッタの姿に変貌した。



「バトラー! イラが箱庭内で赤熱色の悪魔クリムゾン・イービルに変身しました。箱庭の精神支配を物凄い勢いで侵食しています! 高エネルギーの逆流来ます!!」


「クソッ、超甲武装鋼鉄女帝アイアンメイデンとのリンクを緊急カット! 急げ!!」


 オペレーターからの報告に即座に対処したバトラーであったが、対処は間に合わなかった。鋼鉄女帝は全身から突き出した複数の突起から激しい稲妻を放射した。


「キャアァァアァァァ……!!!」


「お嬢様!! クソッ! 超甲武装緊急解除、至急医療チームを呼べ!」


 バトラーは武装解除して倒れ込む仮面の女をやさしく抱きかかえると搬送用の担架に乗せ、 医療チームに任せて作戦指揮に戻った。


「菱木、輸送チームとスパイダー隊の状況報告を頼む。」


 菱木と呼ばれた女性のオペレーターは各隊の状況を確認するとすぐに報告に移った。


「輸送隊は事故渋滞の影響により作戦に40分の遅れが生じています。スパイダー隊の撤退は完了。隊長の伊達を含め、重症者多数。損耗率60%壊滅常態です。作戦行動の維持は不可能です。」


 バトラーは顔を曇らせた。まさか、たった一人の敵にここまで損害を与えられるとは思ってもみなかったの。


聖正義ジャスティス教団などと言っても所詮民間人のお悩み相談所となめてかかっていた。化け物達の噂もあったが自分達の脅威となろうはずもないとおごっていた。完全に自らの認識不足であった。


「クソッ、化け物め!悪魔イービルなどと呼ばれるのは伊達では無いということか。輸送隊の護衛では歯が立たん、至急女王蜂クインビー隊を救援に向かわせろ!」


 もうルートの変更は間に合わなかった。あれを教団などに奪われる訳にはいかない。応援部隊も間に合わないかも知れない。まさか箱庭の能力があんな方法で破られるとは思ってもみなかったのだ。バトラーは祈るような面持ちで公園内の監視カメラの映像を見ていた。




 激しい怒りの感情が爆発する事によってあの場所でも変身する事が出来た。その事が幸いしたのか一瞬にして元の公園内に引き戻された。だが、身体の痛みや苦痛も全て戻ってきた。重い身体を引きずって何とか立ち上がる。辺りを見回すが近くに敵の姿はもう無かった。素早く撤退したようだ。


「こちらイラ、輸送車両の状況を教えて欲しい。」


 小型の無線機によって情報調査部と連絡をとった。スパイダーとの戦闘から随分と時間を食ってしまっていたからだ。


『こちら調査部です。他の部隊も妨害工作に合い追跡続行不可能です。ただ、事故渋滞の影響でそちらへの通過時間は大幅に遅れている模様です。我々への対応の為に敵の護衛は離れている可能性が高いです。輸送車両の写真とナンバーを送ります。後はよろしくお願いいたします!』


「了解!」


 了解…とは言ったものの、こちらも満身創痍でいつ変身が解けてしまうか分からない。毒の効果も残っているため、このまま変身が解ければ、敵に捕獲されてしまう可能性もある。それだけは何としても避けなければならない。


 時間がない、だが、この姿を周知に曝す訳にもいかない。ローブを拾って深々と被ると苦痛をねじ伏せ目的地に向かって全力で走り出した。




 ーつづくー

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