第5話 消えた積み荷

 イラは公園まわりの垣根を飛び越えると幹線道路へと続く輸送車両の通行ルートを目指した。時間的にはギリギリ、もう通り過ぎてしまった可能性もある。携帯に送られてきた輸送車の写真とナンバーを走りながら再度チェックする。


 片側2車線の広い道路に通行車はかなり少なかった。公園沿いに緩やかなカーブを描いているが見通しはさほど悪く無かった。事前の調査報告で横断歩道や信号が少ない為になのか、この辺りの交通事故の件数が思いのほか多いのが多少気になった。


 歩道に出てすぐだ、公園の影から1台のトラックが現れた。写真と似ているがナンバーは違っていた。《……いや、あれだ!》 自分の直感を信じて車道に飛び出すと、両手を大きく左右に開いてトラックの進路を塞ぐように立ちはだかる! トラックは減速するどころか、スピードを上げて突っ込んで来た。


「間違いない、あれがシャドウの輸送車両だ! 何を運んでいるのか必ず確かめさせてもらう!!」


 イラは全身の気を右腕に集中させる。だが、思ったほど力が入らない。スパイダーから受けた毒の効果がまだ残っている。それでもありったけの気力を拳に集めた。


 輸送トラックは加速を続けたが、イラの直前で回避コースをとった。


「逃がすかぁーっ!」


 渾身のパンチをトラックの前面右はじに叩き込んだ! ぶち当てた時の衝撃は爆発音となって道路を挟んで公園とは反対側のオフィス街にまで響き渡った。


 イラは輸送車を止めたかっただけであった。だが、その意に反してトラックは何か壁のような物にでもぶち当たったかの如く車両後部を跳ね上げると宙に舞った。更にイラが拳を叩き込んだ衝撃でキリモミしながら道路脇の歩道に突っ込んだ。


「あぶない!!」


 叫んだ声は彼には届かなかった。タバコを揉み消すようにトラックは彼の頭上に落下した。近くに人影はないと思っていた。トラックが不自然な形で吹き飛んだのには納得がいかなかった。だが、関係の無い彼を巻き込み死なせてしまったのは確実に私の責任ミスだ。両手が痺れ震えていた。力が入らず膝をついてしまう。


 トラックを遅れて追走して来たのか、黒のセダンがか2台近付いてきた。オフィス街側も少しずつ野次馬が現れ始めていた。


「ここで捕まる訳にはいかない。」


 気力を振り絞り立ち上がる。セダンから降りてきた者たちが明らかに警戒しているのが分かった。既に変身も解けていて、この場でトラックの積み荷を確認するのは不可能であると判断せざるをえなかった。


「こちらイラ。作戦失敗だ……撤退する、回収班を頼む。」


『了解しました。合流地点Dでお待ちしております。』


『了解だ!』と伝えるともう一度トラックの方を見た。潰された彼の最後の瞬間の顔が焼き付いていて胸を締め付ける。軽く頭を振ると人気の少ない公園の方に向かって走り出した。



 黒塗りのセダンから降りてきたのは、他の場所での教団への妨害工作終えて追い付いてきた者達だった。


 全員最悪の事態に備えて、野次馬から見えないように電磁警棒は抜刀していたが、本部からクリムゾン・イービルとの戦闘は極力避けるように指示が出ていた。それでなくともスパイダー隊をたった一人で壊滅させるような相手と少人数で対峙するなどあり得ないと全員が思っていた。


 クリムゾン・イービルが公園内に逃げ去ると、2名が事故現場の警戒にあたり、残り2名が事故現場を調べ始めた。


 輸送車に近付こうとした瞬間、歩道に突き立っていたトラックが轟音と共に横倒しとなり荷台後部の扉が壊れて内部があらわになった。


「積み荷は大丈夫か?確認してくれ。」


 セダンの後部座席から一人の男が現れた。スーツを着て、ステッキをついた少し小太りの初老の男性だ。


「御茶柱博士、危険ですので車の中にお下がり下さい。至急、中を確認して参ります。」


 隊長格の男が後方の状況を確認しに動き始めた瞬間、前方の確認をしに向かった部下から信じなれない報告があがった。


「す、すみません班長、生存者です!ドライバーと同乗者は死亡。信じなれない事ですが、輸送車のフロント部分に押し潰されていた者が奇跡的に生きているようです。」


「なんだと!?」


 輸送車両が地面に突き刺さる様なあの状況で生きているなどあり得なかった。


「ここから一番近いのは真田の所じゃ、緊急搬送車両を回してもらえ!」


「了解しました!」


 護衛班の班長は御茶柱博士の指示に従ってシャドウ本部の関連企業である真田総合病院に緊急回線で連絡をとった。


 要救助者の状態を説明しながら、班長は生きているとはいっても彼はもう助からないだろうと思っていた。一通りの通報を終えると近くに落ちていたカバンを拾い上げ、中を確認すると一枚の封筒を取り出した。


「一ノ瀬タクト……今日本社の集団面接を受けた帰りのようです。」


 博士は『そうか……出きるだけの事はしてやりたまえ。』と興味なさげにいうと輸送車両の破壊された後部に入って行った。


 輸送車の内部は2重構造になっており、事故で破壊された外部とは裏腹に内部の金庫室には全く損傷は見られなかった。網膜スキャンを含む3重ロックを解錠し、内部に入ると台座に固定された半円状の保護ケースの中にあるべきはずの物が無くなっていた。保護ケースに損傷はない。ケースを開けられた様子もなく、金庫室も施錠されたまま、積み荷だけが忽然と消え失せたのだ。混乱する博士に警護の隊員からさらに混乱する報告がもたらされた。


「博士、先程の要救助者が《今日はついてないから、もう帰る!》と言って聞かないのですが……」


「はぁ???」


 先程チラッと見ただけではあるが、辛うじて生きている程度の状態であった筈だ。あわてて輸送車から飛び出した博士の目に映ったのは、警護隊員を振り切って歩いて帰ろうとする【要救助者】のすがただった。




 ーつづくー

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