第11話 秘密結社シャドウ
周りを見回しても真っ白で何も無い空間…そこにタクトとその者はいた。《手を伸ばせ…》その声に従い腕を伸ばした。そしてなにかが弾けた。そこで意識を失い気が付けばここにいたのだ。目の前にいる男は初老の白髪の紳士でモーニングのような服装でピンと背筋の張った姿勢のままこちらを見下ろしていた。
《汝、我と契約し、我の目的成就の為に尽力せよ!》
いきなり上から目線で何を言ってるのだろう、冗談じゃない。なんで僕がそんな事を手伝わなければならないのだ。
《我は汝の生に手を貸した。これより先、汝の進む道には我の力を必要とする事が数多くあるだろう。我と契約し、その力を振るえ!そして我が目的成就の為に尽力せよ。》
生に手を貸した?助けたってこと?分からない…覚えが全く無い。覚えがない恩をそう簡単に売られても信じることなんて出来ない。でももしそれが本当なら…いや、やはりそう簡単に契約など出来ない。こいつが何者かも分からないのだ。
悪意があるようには見えないが、そもそもそれすらも確実に見えたり感じたり出来るものでもないのだ。まとまらない考えを読み取られたのか彼からある提案がなされた。
《我には
一方的に宣言をされ、何を言うことをも出来ずに意識を引き戻される感覚が強くなる。白い世界が収縮し渦に巻き込まれるイメージと共に一瞬にして現実に引き戻された。
目の前には白衣を着た2人とスーツを着た女性が1人…隣のベッドに座った鉄仮面の女とそのかたわらに執事と見える男性が立っていた。全員が呆然とするなか僕は状況が飲み込めずとりあえず挨拶をしてみた。
「えー、あの…おはようございます。」
「今のは何なの?あなた誰なの?」
「お前は何者だ?一ノ瀬タクトではないのか?」
「何なんですか?今の…契約ってなんですか? 」
三人が同じような内容の質問を同時にぶつけてきた。正直、僕だって混乱しているのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい。まず、ここはどこですか?あなた方は何者ですか?僕はどうしてここにいるのですか? 状況がまるで分からないのですが?」
僕がまくし立てると、ベッドの上の鉄仮面も落ち着きを取り戻しゆっくりと仮面を外し始めた。大きく一呼吸すると気を取り直して喋り始めた。
「こちらも予想外の事に少し取り乱してしまったわ。ここは暁研究所、正式には暁超常科学研究所。私は所長の
彼女は深々と頭を下げた。
年齢は30才くらいだろうか前髪を横に流し軽くピンで止めていた。背中まで伸びた長い黒髪は艶やかで研究所の所長というよりはどこかのご令嬢といった感じだ。また隣に立つ黒服の執事が一層雰囲気をかもし出していた。その黒服が一歩前に出ると自己紹介を始めた。
「私は
は?…待って、待って。いや…いや、いや、いや、ないわー。それはないわ。秘密結社?シャドウ?…世界を…守る!?何言ってるんだこの人は?混乱した僕の動揺を知ってか副所長は続けて話し始めた。
「君は今の日本の平和はいつまで続くと思う?第二次世界大戦終結よりアメリカの庇護のもとすでに100年近い年月が経過した。テロ、難民、経済破綻、世界情勢は混迷を極め、いま戦争の火種を抱えた国々がどれだけあるか君は知っているか?今の国民はそれを他人事のように感じている。ミサイルが飛んで来て初めて知るのだ、自分達の信じていた平和が幻想であった事を。そして国や自衛隊を非難するのだ。何故こうなったかと、何の備えもしてこなかった自分の事は棚に上げていうのだ!」
熱く語り過ぎたと感じたのか副所長は言葉を切ると少し襟をただし、軽く所長の方を見た。所長は軽くうなずくと続けて話し出した。
「そして我が国も30年ほど前にある物の発見により火種を抱え込んでしまった。それを公開する事は世界に大きな衝撃を与えると判断した塩河会長はそれを守り、来るべき世界大戦を防ぐ為に経済力で世界をコントロールする事を画策し始めたのだ。そして武力による闘争に備える為に自衛組織【
自衛組織とはいえ武装集団である以上、今の法律では悪だ。だが、表の経済活動だけでは世界を平和に導く事は出来ない。必ず暴力・武力による解決を謀る者達が現れるからだ。
そしてその時、武力に対抗する力を持たなければ対話のテーブルに着かせる事も不可能であると考えたのだ。
現在は特別護衛任務や戦闘員・能力者の育成、装備や武器の開発が主な業務である事と、そして火種となる在る物については僕はまだ知る立場にないと副所長は付け加えた。
正直なところ何者かと戦うなんて、基本姿勢が逃げな自分には無理だと思う。特殊な力なんて余計な物が見える程度。役に立つどころか失敗した経験しか思い浮かばない。副所長の話しに最初はそう思ったのだ。
……だが僕は、そんな自分を変えたくて一歩踏み出した。その自分にこの人は【力を貸してくれ!】と言ったのだ。無価値だと思ってた僕の力を評価された事が単純に嬉しかった。そして鉄仮面の女・小早川所長はそれを僕の表情から読み取ったのかこう続けた。
「もちろん業務内容は身内にも秘密厳守だけど、その分高給優遇・各種保険完備・福利厚生も充実してるわ。あなたがシオカワグループ傘下の企業への就職を希望した理由…確か貴方の育った孤児院への援助だったわよね。あなたの働きしだいでは夢ではなくなるかもかも知れないわよ。」
彼女は右手の人差し指を1本立てて、ポンと唇に当てると軽くウインクした。
魅力的な美辞麗句を並べ立てられ、さっきまでのカラス天狗との戦いの事などすっかり失念して舞い上がってしまっていた。
「わかりました。僕の
僕が何かの役に立てる、誰かを守るために働ける。そしてそれが自分の目的に目的達成に近づく事になる。そんな事ばかりが頭の中を駆け巡り、あまりにも簡単に答えてしまっていた。守ること、戦うこと、それが相手を傷付け殺し、殺されることだという事が、日常からあまりにかけ離れた非現実であったからである。
そしてその現実をすぐに思い知る事を僕はまだ全く想像していなかった。
ーつづくー
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