第10話 救世主あらわる?

 何が起こったのか?頭の中に響いた声…何故、躊躇ちゅうちょする事もなく従えたのか?何故、あの火球を弾き返す事が出来たのか?あの右手の光りは何なのか?全く分からない事だらけだった。そして僕の意識は霧がかかるようにうっすらと、何かに飲み込まれていった。


 情況を理解出来なかったのはカラス天狗の方もだった。動けなくなった獲物に最後のトドメを差すべく放った渾身の火球が、右手一本で軽々と弾き返されたのだ。


 いままではここに来た人間を叩き潰すか、火球で黒こげにすれば良いだけのだったのだ。それがどうだ、むきになって放った火球はことごとく弾き返され、あまつさえ潰してやった左足を引きずりながら徐々に近付いてくるのだ。…怖い。心に浮かんだ言葉を無理矢理飲み込み否定する!


 バカなっ!高尾山天狗岳の奥深く、結界に包まれた神の山を守る大天狗と呼ばれた自分が、傷付き力尽きる寸前の人間ごときに恐怖するなどあってはならない事なのだ。


 だが、押し潰さんと繰り出した手はことごとく弾き返えされ、弾かれた手は痺れて言うことを聞かなくなる。あり得ない、あり得ない、あり得ない!!


『グワァアァァァァ…!!』


 耳をつんざく程の大きな鳴き声で咆哮すると全ての気力を頭部に集中させ、最大火力の大火球を生成する。だが、ありったけの気力を込めた大火球も握った拳グーパン一発で自分に向かって直線的に弾き返された。大天狗は自らの放った火球の直撃を受けて大きくのけ反り、穴の中に落下していった。




「正直驚いたわ、まさか大天狗倒してしまうなんて。しかも、私の精神支配能力【箱庭】の中で何らかの能力を使い、独立思考型AIの大天狗に恐怖なんて感情を植え付けるなんて…どんな精神力の強さよ。それから何?あの右腕!御茶柱先生何にも言ってなかったわよね。気配消してないで出て来なさいよセバスチャン!」


 頭を覆う鉄製の兜の様な仮面を被った女性はベッドの上にちょこんと座ったまま何も無い空間に向かって不満を漏らした。


「セバスチャンではないと何度言えば御理解頂けるのですか?小早川所長。」


 何も無かった空間にスーッと黒服の人影が現れる。身長170センチくらいだろうか全身黒ずくめ、手には白い手袋といかにも執事といったていの彼もベッドの上の彼女に対して不満を洩らした。


「もう!2人の時はユッキー&セバスチャンでいこうって言ったじゃない!」


「初耳です。」


 セバスチャンと呼ばれた彼は素っ気なく斬り捨てた。しかもここは2人だけではない。3名程のスタッフがおり全員が苦笑していた。


 3人の中のひとり、モニタリングオペレーターの菱木今日子ひしき きょうこは大きな瞳をランランと輝かせながらセバスチャンに報告をあげた。


「モニタリングデータの保存完了しました。最初は逃げたり隠れたり、ジョセフィーヌの事も無視して立ち去っちゃうし、この人大丈夫かなー?…って思ってましたけど、ジョセフィーヌと会話出来るみたいだし、大天狗は倒しちゃうし、とんでもない新人さんが来る事になりましたね、副所長!」


「まだ分からんよ。最終決定は本人だ。無理強いはできん。世界征服など強い意志と信念が無ければとてもできない仕事だからな。」


 過去の事例からも本人の意向を無視して強制した場合の作戦成功率は50%以下。脱落率は80%以上と使い物に成らなかった。それでも今は組織力を高めるためにも人材の確保は最重要必須事項であった。


日影ひかげちゃん堅いなぁ。あたしはバリバリ強制しちゃうよ!今は少しでも多くの人材が欲しい。強い意志や信念なんて後付けで充分。の存在がおおやけになったら、日本の平和なんていつまで続くか分かんないんだ。手遅れになる前に少しでも戦力の拡大を図ること。それが会長のご意志だから。」


【仮面の女】小早川所長は軽い口調で言った言葉だが、3人のスタッフと副所長は暗く重い面持ちであった。暗い雰囲気を払拭しようとしたのか、彼女はより一層明るい口調で喋り始めた。


「それにしても彼、なかなか目を覚まさないわね。とんでもないお寝坊助さんだわ。今日子ちゃん今どうなってる?もう精神支配のリンク切ってるはずなんだけど。」


 今日子はモニターに目を戻すと画面に表示されたデータをチェックし始めた。確かに、本来ならにもうとっくに目を覚ましても良い頃だった。


「脈拍・血圧・呼吸などは正常値…いえ、どんどん低下し始めました。ですが、脳波領域は…γ《ガンマ》波?…異常覚醒中を示しています!」


 今までにこのテストを200回以上施行していたが、異常事態に陥ったことなど一度もなかった。それだけの実験とテストを繰り返してきた。あくまで対象者の行動原理や精神力をチェックする為のもので、対象者に悪影響が及ぶ前に所長がリンクのカットを行い本人的には軽い夢を見ている程度の感覚しか残らない物であったからだ。


「どういう事だ?各スタッフはすぐに身体状況のチェックと覚醒準備にかかれ!それと菱木、エマージェンシーコールだ。医療スタッフをすぐに集合させろ!」


 セバスチャンが指示を出したのと同時だった、ベッドに医療用の検査着を上半身をはだけた形で眠っていたタクトが、体を押さえていた拘束帯や電極を引き剥がしむくりと起き上がった。そして感情の全くこもらない自動音声のような声で喋り始めた。


《汝、我と契約し、我の目的達成の為に尽力せよ!》


 ーつづくー

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