第9話 大天狗攻防戦

 穴の縁に手をかけたソレはゆっくりと穴の外に身を乗りだして辺りをうかがい始める。漆黒の翼と鋭い鳥のクチバシを持つ鬼…僕の知る限り最も近いと思えるのは【カラス天狗】だ。腰から下は穴の中なので分からないがたぶん全長10m近い。ほぼ怪獣だ。


 こんな物普通の人間にどうこうできるレベルではない。情けない話しだが、正直恐怖で腰が抜けて身動きがとれないのだ。いままで、色々な普通でない物を見てきたがコレはけた違いだ。


 コンも俺の影に身を隠して息を殺して震えている。僕は石だ…石に成りきるんだ!幸いここは薄暗い洞窟のような場所だ。服も泥だらけで真っ黒だ。 石になれ、石になれ…必死に祈る。


 静寂が流れた…僕はそっと奴の方に首を動かしてみる。ダメだ、奴はこちらを見ていた。目が合った瞬間奴の右腕が僕のいた場所を凪ぎ払う。慌てて走り出すものの地面ごと吹き飛ばされてしこたま身体中を打ちつけた。奴の左腕が上から容赦なく叩き潰しに来る。


 転がりながらなんとかかわしたが、奴が手を地面に叩きつけた反動で吹き飛ばされる。腕も足も痛みでまともに動かない。次の一撃でTHE ENDだ。


『……』


『……あれ?次の一撃が来ない。』


 奴は穴から出てこない。もがくように腕を地面に押し当て体を引きずり出そうとしている。…出て来れないのか?


 腕を振り回してこちらに攻撃を加えようとしているが数メートル前で空を切っている。吹き飛ばされて、運良く奴の手の届くギリギリの範囲の外に出たようだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「マジで死ぬかと思った。こりゃホントに痛みでショック死しかねないところだった。なぁ、コン。…コン?」


 コンの返事がない。ボロ雑巾と化した体を無理矢理ひねって起こし、辺りを見回すと何メートルか先にコンは転がっていた。


「おい!コン!!何やってんだ、早く逃げろ!!!」


 コンはぴくりとも動かない。しかもあそこは奴の手がギリギリ届くあたりだ!


 不味い、俺が声をかけた事で奴も気付いたようだ。腕を振り上げ叩き潰しにくる。


 僕もありったけの力を足に込め、気力を振り絞って走り出す。うずくまったままのコンを抱き抱えると全力ダッシュする。…が一瞬遅かった。


「うぐわぁああぁあぁぁ…っ!!!」


 上から叩きつけられた手の端に左足が押し潰され、筋肉が断裂し、骨が砕けちる。痛みで気を失いそうになるが、辛うじて繋ぎ止めた。


 カラス天狗は両手を穴の縁にかけ、体を反らせるようにして大きく息を吸い込んだ。くちばしの周りに黒いオーラが集中していく。嘴のはしが少し上に歪み、僕にはニヤリと笑ったように見えた。その刹那、漆黒の翼を開き、身を乗り出すようにこちらに向けると、大きく口を開き動けなくなった僕に巨大な【火球】を発射した!


 流石に終わったな。なんのためにこんな事させられたのか分からないがやれるだけはやったと思う。僕も中々に付き合いが良いなぁ。少なくとも初出勤の日にこんな事する会社はまともじゃない!とっとと家に帰って寝てしまい、コレが夢だったと思いたい。


 ふと、腕の中でまだ動かずいるコンの鼓動が伝わってくる。なんで僕はこんな目にあってまでコイツを助けてしまったんだろう。コンを見捨てて、あのまま奴の手の届く範囲から逃げる事もできたはずだ。


 現実ではないと思っているからか?


 いいや違うな、そんな事考える前に体が動いていたじゃないか。さっき道が崩れた時、コンはすぐさま蔦を体に巻き付け僕を助けに穴に飛び込んできてくれた。崖上に上がって時間にして十数秒、アイツは僕を助ける事に躊躇ちゅうちょが無かった。損得など考えてなかったはずだ。だからこそ僕も……。


『コンは仲間だ。だから助ける!』


 それだけなのだ!!


たとえこれが現実であったとしても見捨てて悔やむよりやれるだけやって後悔する方を選択する。そういう人間でありたい。


 高校2年生のとき、僕は院長先生にお世話になった孤児院を助ける仕事がしたいと言った。


「ありがとうね、タクト。あなたの気持ちはとても嬉しいわ。でもね、孤児院の事は先生達に任せてあなたはあなた自身が本当にやりたいと思う事をおやりなさい。」


 孤児院の事を僕の足かせにしないため、院長先生はそう言ったのだろう。でも僕の気持ちは変わらなかった。いつまで経っても人付き合いの上手くならない僕が何を出来るかなんて分からなかった。それでもいつも見捨ることなく、やさしい言葉をかけ続けてくれた先生のために何でもしたいと思ったからだ。


「タクト、先生からもひとつだけお願いがあるわ。この院にいるあなたの兄弟・姉妹・仲間たちはいろいろな事情から両親と離れて暮らさなければならなくなった子供たちばかりなの。あなたが小さい頃に感じていたのと同じ不安や寂しさを感じていると思う。そんな子供たちを助けてあげて欲しいの。」


「僕に…出来るかな…。」


 コミュニケーション能力の低い僕にはとても難しい事に思えた。院長先生は丸いメガネの奥のつぶらな瞳でやさしく見つめ、軽く微笑んだ。


「大丈夫、あなたは他人の痛みの分かる子だから。あなたがまだこの孤児院に来てすぐの頃に言ってた…たしかベル君だったかしら?あの子のように、ただ寄り添うだけでも救われる子はいるのよ。気負わずにまずは一歩ずつ。あなたが家族や仲間を守れる…そんなひとになってくれたら先生とっても嬉しいわ。」


 白髪頭で少しやつれた感じもする。でも先生はいつもニコニコ笑っていた。がんばって笑ってた。


 だから僕もがんばろうと思った。一歩ずつ前へ、ひとつひとつ積み重ねて少しでも院長先生の言った理想の僕になるために!手を伸ばせ、一歩を踏み出せ!…と。


 突然それは起こった。右腕のひじから先が急激に発光し始めたのだ。


《手をを伸ばせ!》


 何故だろう…頭の中に響いた声に疑う事もなく、素直に従い右腕を突き出した。突き出した右手の先に強い光りが集中し、命中寸前の火球を弾き返した。


 ーつづくー

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