第12話 スーツとスーツ
怒濤の出勤初日はようやく終わった。あのあと小早川所長の箱庭テストについて説明をうけた。所長の能力で作り出した仮想空間【箱庭】に対象の人間の精神エネルギー体を送り込んで
ふと枕元に目を向けると、丸まったままジョセフィーヌはこちらをにらんでいた。
「よぉ、大丈夫かだったかコン?」
「テストなんやから当たり前やろ!せやのにお前は…アホか。ワシはお前のトモダチなんかやないからな!」
僕はコンの事を友達とは一言も言ってないのだが、コンの中では友達認定されたようだ。ジョセフィーヌは精一杯の毒をはくとツンとそっぽを向いてしまった。
所長はジョセフィーヌの感情を読み取る事は出来ても、声を聴く事は出来ない。だが、それを見ると軽く微笑んでこう言った。
「テストが終了してリンクが切れた後も目を覚まさない一ノ瀬くんを心配して様子見に来たのよねぇ。」
『ばっ、バーカ!そんなんちゃうわー!!』
その場でジタバタするとこちらをキッとにらんで部屋から飛び出していった。とんでもなく可愛いツンデレコギツネだ。所長が本人が嫌がるジョセフィーヌなんて名前をあえて付けたのか何となく理解した。
「私ドSじゃないわよ。」
所長は笑顔でこちらを見ていた。んー、心が読まれてるのかな…そう思うと少し冷や汗が出てきた。
所長は話しを戻し、大天狗を撃退した事とその後の僕の状態について話してくれた。僕の記憶に有るのは腕が光って火球を弾いたあたりまでで、あとは何もない白い空間と初老の紳士の話しを覚えている限り話して聞かせた。ただ、彼が最後に名乗った名前だけがどうしても思い出せなかった。
「セバスチャン、御茶柱先生に連絡をとって!」
「御意……」
「セバスチャン??」
僕の疑問符に【チッ!】と舌打ちすると姿が薄くなりうっすらと現れた闇に飲まれフッと消え失せた。驚く僕に小早川所長は、彼が豊臣の治世から続く忍びの家系で可視光線をコントロールして姿を消す事が出来るのだと説明した。
「普通に出て行けばいいのにね。」
セバスチャンと呼んだ件には一切触れずにこやかにそう言った。やっぱりこの人は…と思った瞬間、私ドSじゃないからね!と釘を刺された。
このあと所長の指示で簡単な身体測定が行われ、明日以降の業務についての説明と制服代わりのスーツと備品を総務部に行ってもらってから帰宅するように申し渡された。
暁研究所は研究棟・医療棟・工場棟・オフィス棟の4つの棟から成っており敷地面積はかなり広い。各棟の移動には移動用の全自動カートが複数用意されており、ブレスレット型の社員証で全て利用可能なのだそうだ。
オフィス棟への案内はモニタリングデータ管理をしていた菱木さんがしてくれる事になった。彼女がカートの停留所にあるセンサーにブレスレットを近づけるとカートのドアがスライドして開いた。車どころかバイクの免許すら持っていない僕には驚く事ばかりだ。彼女は僕を助手席側に誘導すると自分も反対側から乗り込みメインコンソールで行き先を指定すると、道すがらいろいろ話してくれた。
「ここでは外で使われていない最新技術がたくさん使われているの。初めて来た人はみんな驚いているわ。でも、あなたは
彼女は肩まで伸ばした栗色の髪をなびかせて、こちらに向かって微笑んだ。少し子供っぽく見えるからか年下のように可愛いく見える。
「これから半年くらいは基礎知識の座学と格闘技術などの鍛練が主な業務となります。来月には新入社員の合同訓練があって、その後どの部署になるかの配属がきまります。大天狗倒してしまった一ノ瀬さんならAクラス入り間違いなしですよ。」
彼女によると各講義の採点結果によりAからEランクまでのランク付けが行われ、その結果に基づき配属先が検討されるのだという。
箱庭テストが所長以外にも見られていた事が意外だったが、菱木さんの話しでは人事課でも配属先検討の際に資料とされるらしい。大天狗に関しては自力でどうにもならない問題に直面した時にどういった行動を取るかというテストだったらしいのたが、まさか撃退してしまうとは誰も思っていなかったらしく大問題になってるとの事だ。
ずっと目立たぬように生きてきた僕には、目をキラキラさせて熱く語る菱木さんに対して実力以上の評価がされている事がとてもむずがゆく思っていた。
「あの時の記憶がほとんどなくて自分がそんな事したなんて本当に信じられないんです。右腕にあんな事が起こったのも産まれて初めてですし…。」
そういうと自分の右手をヒラヒラさせながら眺めてみる。所長達と話した後、右手に力を込めてみたり、色々念じてみたりもしたのだが、光るどころか、あの老紳士が現れる事も無かった。大きくため息をつくと余計な一言をもらした。
「もともと他人と話すのも苦手なので、こうしてかわいい女の子と車の中で二人きりというのもかなり緊張しちゃって。」
僕の言葉に菱木さんは少し照れているようだったが、コミュニケーション能力の低い僕にはその事に気付く余裕もなく、照れ隠しの返答をするのが精一杯で自分が何を言ってしまったのかもわかっていなかった。おかげで暫く沈黙が続いてしまったものの、カートはすぐにオフィス棟の入り口に到着した。
「総務はエレベーターで2階に上がってすぐ前に受付があります。そこで名前と備品を受け取りに来たと伝えて下さい。」
僕はカートを降りると軽く一礼してオフィス棟の入り口に向かって歩き出した。その僕の背中に彼女はもう一言声をかけてきた。
「一ノ瀬さん、がんばって下さいね!」
僕は振り返ると【ありがとう】と言って手を振った。その時の僕は単純なエールの言葉だと思っていたのだが、彼女のその言葉に込めた想いについて知ったのはまだだいぶ先のはなしである。
僕は総務部の応接室にいた。受付でおかっぱ眼鏡の女性にここに通されたのだ。
「お待たせ致しました。こちらがスーツと備品一式です。ご確認下さい。」
数十分待たされた後に彼女が持って来たのは備品の入ったスーツケースと、ハンガーに掛けられた黒い…全身タイツのような物だった。僕はそれを指してこう言った。
「これ…スーツ…ですか?」
「はい、コレが
僕のドンヨリとした気分とは裏腹に彼女はイキイキとして自慢気に言い放った。
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます