恋とか愛が始まる、短編集。
圭琴子
ETERNAL LOVE
「おい、一杯呑まねぇか?」
「え?」
私がお酒に弱い事を知っている旦那は、自分が呑んでも、滅多に付き合えとは言わない。以前、ビールの三百五十ミリ缶を二本呑んだら、私は覚えていないけど、旦那を正座させて一時間説教したらしいのよ。それ以来、ここ半年ほどお酒の誘いはなかったのに。
休日だった旦那が作ってくれた夕食を食べ終えて、皿を洗っていたら、キッチンに入ってきた旦那に後ろから柔らかく抱き締められた。
「え? え? 何?」
今日って何かの記念日だっけ? 家での旦那はスキンシップをよくとる方だけど、こんな甘い雰囲気は、私が照れて困ってしまうからあまりない。これも珍しい事だった。
「私が呑めないの、知ってるでしょ」
「度数三パーセントの甘いカクテル一杯なら、良いだろ。作ってやるよ」
「え、作ってくれるの?」
帰ってきてミネラルウォーターを飲もうと開けた冷蔵庫の中に、ストロベリーリキュールがあったのは見たから、てっきりそのまま呑むものだと思っていた。
「ああ。洗い物、終わったか?」
「うん。どんなの?」
私はタオルで手を拭きながら、冷蔵庫から材料を取り出す旦那を、興味津々に窺う。ストロベリーリキュールに……生クリーム? チョコアイス? 生クリームはケーキを作るのだと思っていたし、チョコアイスも当然そのまま食べるのだと思っていた。
「ホントは、カクテルグラスがあれば良かったんだけどな」
言いながら、浅めのカップに、ストロベリーリキュールと生クリームを混ぜながら入れ、チョコレートアイスを乗せる。その上に、赤が色鮮やかなフランボワーズを飾った。
「うわあ……美味しそう!」
「だろ? さ、呑もうぜ」
「貴方の分は?」
「これは、俺からお前へのプレゼントだ。俺はいつも通り、日本酒を呑む」
その言葉に、私は少し焦る。誕生日でも、結婚記念日でも、イベントデーでもない。若い女の子がよくやる、初めてキスした日とか、知り合って〇〇日記念日? 旦那はそういう事を大切にしてるんだろうか? まだ結婚して二ヶ月だから、分からない。間違えたら悪いから、私は正直に訊いてしまう事にした。
「プレゼント? ありがとう。でも……今日、何かの記念日だった?」
「今日は苺の日だから、ストロベリーリキュールやフランボワーズが特売しててな。それで、思い付いた」
ああ。記念日を忘れてるんじゃなくて良かった。私はホッと胸を撫で下ろし、そのカクテルを手にして旦那と共にリビングへ向かう。
「乾杯」
カクテルと日本酒のグラスを合わせ、私はカップに口をつけた。ストロベリーのフルーティな味を楽しみ、添えられたデザートスプーンでチョコアイスとフランボワーズを掬って食べる。
「美味しい!」
「そりゃ良かった」
あっという間に呑み干して、私はほろ酔いで上機嫌に訊く。
「何てカクテル?」
「永遠の愛。ETERNAL LOVEだ」
「へ!?」
突然のラヴコールに驚き、私はキョトンと目を見張る。確信犯な笑みをたたえた旦那と目が合って、頬が熱くなるのを止められなかった。
「お前、ちょっと酒が入ると感度が上がるんだよな。YES・NO枕でも良いけど、今夜、YES? NO?」
「……枕で答える!」
私は恥ずかしさに席を立って、ベッドルームに逃げ込んだ。あ! これじゃまるで、早くしたいみたいじゃない! でも……。私はそっと、枕を『YES』に裏返して、忍び足でバスルームへ向かうのだった。
End.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます