涼宮ハルヒの夢パズル
結崎ミリ
パズル1
気が付くと一室にいた。
いや、正確には気が付いたというより、気持ちよく眠っていたところを起こされたと言うべきだろう。
「キョン、やっと起きたわね! この異常事態にあんた全然起きないんだもの」
呆れたようにハルヒは言った。少し頬が痛いように感じるのは気のせいではないだろう。
上体を起こし、辺りを見る。
「ねぇ、ここどこか解る?」
いつもはハイビスカスのような笑顔でその辺のやつらを蹴散らすくらい好き勝手に猪突猛進しているそいつなのだが、珍しく今回ばかりは不安げな表情をしていた。
「そんなの見ればわかるじゃないか、教室だろ?」
俺は、何でもないように言う。
目が覚めると一室に二人。辺りに俺たち以外に生き物の気配はない。俺は教室と言ったが、扉や窓などは存在せず、おそらく出入りすることはできない。新入生でも歓迎するように整理された机類と教卓、黒板がなければ場所の特定もできなかっただろう。
明らかに異常な空間に放り出されたのだがら、少しは動揺するべきなのかもしれないが、そいつの今にも泣きだしてしまいそうな顔を見ていると、そうも言っていられないような気がした。
「どうしてあたしたちこんなとこにいるの? あたしたちがいつもいる教室……ってわけでもなさそうだし、なにより出口らしいものが見当たらないのよ」
「ちゃんと調べたのか?」
「まだよ、あんたが起きてからの方がいいと思ってね」
そうだな、その方が絶対いい。俺だってこんなわけのわからん空間に来たら一人で動揺してるより誰かと行動した方がいいと判断するだろう。
そうして数分間、手分けして教室らしき一室を調べたのだが、
わかったことは三つ。この部屋には時計がないこと、やはり出入り口は存在しないということ、そしてもう一つは
「え、これ……なに?」
教室の片隅で異彩を放つ物体がそこにあった。一般的な教室にあるはずもなく、ましてや学校のどこを探しても見つからないのではなかろうかという四角い箱。
「タンス……だよな?」
形状からしておそらく間違いない。縦一メートル横一メートル五十センチ程度、中をくり抜けば俺くらいなら丁度良い感じに入りそうなくらいの大きさをした茶色のタンス。
家具店で良く見るタイプの大きさをしている。ただ、
「なんかこのタンス、引き出しが多くないかしら」
そうだな、大きさに比例せず引き出しが異常に多い。一、二、三、四――――――――八十、八十一――なんと八十八もある。化粧品や薬、はたまたアクセサリーなどをまんべんなく入れたとしても余ってしまうのではないだろうか。
「これだけあるとさすがに使いきれないな」
「そうね、って、そういうこと言ってんじゃないの! これ、明らかに変じゃない? 怪しいわよ。それにほら見て」
整った指の先に視線をやると、きっちりタンスに閉まってある引き出しの中に一つだけ
中途半端に飛び出したものがあった。
「他はピクリとも動かなかったのにこれだけ開けれそうなのよ。でも何が飛び出すかわからないじゃない? 開けてみてよ、あんたが」
この部屋に他に手がかりらしい手掛かりはなさそうなので開けることには同意だが、いやはや、俺が開けるのか。まぁどのみち誰かが行動しなければならないんだし、今回はやってやろうではないか。だから次はお前がやれ、絶対にお前がやれよな。
ハルヒの「うるさいわねっ、さっさとしなさい!」という罵声を背に、俺は引き出しに手をかけ、じりじり開けるのも逆に怖いからな、思い切り引っ張ったわけだ。
「……なにか、でた?」
いやなにも。ただ、中には一枚の紙が入っていた。紙にはこう記されている。
n×(n+n)=0
「答えは0か?」
先のことを考えず、ぱっと出た答えを口にしてしまった。
瞬間、紙は砂のようにサラサラと消えていき、ゴッ! っという音と同時に別の引き出しが口を開けた。
「え、なに? びっくりするじゃない! あんた何かするなら先にするって言ってからにしなさいよね」
違う、俺はなにもしていない。消えた紙も、動く引き出しも、俺の意図せぬところで起きたことだ。俺はただ0と言ったくらいで――――――
あ、そうか。
「少し試したいことがある」
ハルヒは呆れたように、「ふん、そう」とだけ言って、手のひらを上に向けて差し出した。あんたの好きにしなさい、と。
へいへい。
ふと思ったのだが、先の見えない状況で、何かそれっぽい手掛かりを見つけたのならそれはもう実行してしまいたくなるのが人間という生き物なのではないか。そんな風に自己暗示をかけながら俺は次の引き出しを覗いたら、やはり紙が入っていて、そこには一つ空欄になった四文字熟語が記載してあったので、正しいと思われる文字を重ねて声に出した。
「天変地異」
ゴッ!
見ると、音と共に、次の引き出しが飛び出していた。
ハルヒも気付いたようで「なによ、そういうことなら早く言いなさいよ」と鼻を鳴らした。
「まぁ、そう言うな。これで俺たちが取るべき行動が見えてきたわけじゃないか」
「そうかもしれないけど、なーんか腹が立つのよね。あんた、こういうの得意だったかしら」
これは得意とか得意じゃないという問題ではない気がするのだが、いわゆる直観と言えばいいのだろうか。
なにはともあれ、だ。引き出しの中の紙に書いている問題を解くと、次の引き出しが開く。その中にある紙の問題を解く、また引き出しが開く。そうしていけばとりあえず先には進めるということが解ったわけだ。
それから二時間ほど、俺とそいつはあらゆる問題を解いた。数学だったり歴史だったりナゾナゾだったり、早口言葉だったり。
様々なジャンルをなんとかクリアした後、ついに、俺たちは辿り着いた。
「どうやらこれで最後らしいわね」
「どうだろうな、引き出しの数に比例するならそうだろうが、最後と決めつけるのは安易すぎやしないか?」
「嫌よ! 確かに面白かったけど、こう永遠とクイズに答えさせられる身にもなってほしいわ。マンネリよ、マンネリッ」
肩をすくめて、「もう飽きたわ」と大げさに溜息をつき始めたので、仕方なく俺がラストクイズ(と思われる)に取り掛かる。
紙にはこう記載してあった。
汝、この世界の真理を知りたいか。望む者は過去の世界を破棄するべし。
「ということらしいが?」
ハルヒは、「そうねぇ」とか「問題の意図が不明よね」とか「いかにも最後って感じの文句だから余計悩むわよね」などひとしきり考えてから、
「あたしは、この世界を知りたいわ!」と言った。
α:
「そうだな、お前の言う通り、そっちの方が面白そうだ」
俺たちは、世界の真理が知りたい。と、そう心の底から望んだ。
その瞬間
世界が崩壊する音が聞こえ、次に目が覚めた時、
俺は一人きりで真っ暗な何もない世界にいた。時間とともに記憶も消えていく。そして、俺の身体も砂のように消えていき、世界は完全に停止した。
β:
そうだな、確かに興味は尽きないし、この世界には今回みたいな面白いことが沢山あるかもしれない。
だがな、考えてみろ。明らかにこれまでの趣向を逸脱する問いに、安易に過去を破棄するという選択を取ることができるだろうか。
俺にはできない。
「すまん、今回ばかりはお前の意見を聞くことができない」
「どうしてよ? こっちの方が面白いじゃない! この世界の真理よ? 過去の世界ってのがどういうものかわからないけど、きっとこっちの世界の方が楽しいはずだから、あたしにはわかるの」
今の日常はそれなりに楽しいし、世界ってのは実はかなり面白いことだらけだったりするし、なにより学校の奴らとか家族とか友人とか俺が出会った全ての奴をなかったことにするなんて、そんなことできない。したくないんだ。
「だから、俺たちの知る世界で、俺たちの知る奴らと面白いことをやればいいじゃないか。そうだ、大抵のことは付き合ってやる。お前が望むことを望むだけしてやろうじゃねぇか! 真理ってのを知ったら確かに面白いかもしれない、でもな、過去の世界をなかったことになんてしたくないんだよ」
自分がどんな顔で言っていたのかわからないが、俺を見たそいつはとても驚いたように目を見開き、しばらく考えて、あるいは考えるふりをして、
「――約束だからね」
「あぁ、約束だ」
俺たちは、世界の真理より、俺たちのいた世界でいつもの日常がくることを望んだ。
その瞬間、
世界が崩壊する音が聞こえた。
だが、この崩壊は今いる世界が壊れるだけだ。俺たちのいる世界の崩壊じゃない。何の確証もないが、なぜだろう、そんな確信がもてた。
何故なら俺の隣で、そいつが笑っていたからだ。
ふと、いつもの日常が戻った時のことを考えてみた。こいつが望むことを全部やるって言った手前、しばらくは苦労の絶えない日々が続くことが確定しているわけだ。
それでも、退屈ではない日常ってのは、案外悪くないのかもしれないな。
涼宮ハルヒの夢パズル 結崎ミリ @yuizakimiri
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