第23話 √物理 タケコプターのつくりかた

城内 セント姫の研究室―


研究室といっても実験道具はなく、姫専用の大きな机と本棚があるだけ。

本棚には必要最低限の教科書や学術書、そして仕事に必要な国勢本風土誌歴史書などなど。


クーはその部屋で持参の高校物理参考書のページをぺらぺらとめくっている。

セントは机に向かい地学の計算問題を集中して解いている。


無言。


ページをめくる音と、紙に書き込まれる鉛筆の音だけが空間を支配する。


放課後の図書館のような、テスト中の教室のような静けさだった。


この静かさが好きだった。


「・・・うん。やっぱりわからない。」


クーが沈黙を破った。


「・・・どうしたの?」


手を動かしながらセントが適当に相槌をうつ。


「ねぇ、ここって重力加速度9.8km/sで合ってるの?」

「だいたいあってるよー。正確にはg=9.7882だったかしら?」


「いや、g=9.80665だったと思う。俺の記憶があってれば。」

「・・・よく数字を暗記出来るわね。尊敬するわ。」


呆れた声でセントがため息交じりに言う。


「こっちの世界って多分星の直径は一緒だよね?」

「えぇ。半径6400km、偏平率1/298の微楕円形。太陽の周りを約1年かけて公転。自転は約24時間に一回転。回転軸は北極点と南極点。そして地軸の傾きは23.4° あなたから聞いた地球の情報と一致してるわ。」


そこまで条件が一緒なら重力加速度もおのずと一致する。

太陽とかほかの惑星のサイズが違うと変わってくるかもしれないが検証できないからまぁいいや。


「ねー、姫様も手を止めて少し一緒に考えてくれない?好きでしょ?こういうの。」

「・・・はいはい、分かったわよ。」


2人の時はお互いにもう同級生のように会話するようになってしまった。

一応いっとくと彼女はここヴィクトリ国のお姫様である。

こんな会話人に聞かせられないだろう。


クーが考えを口に出す。

「小数点以下まで正確に計算しなきゃダメかなぁ?でもそんなに精密に空飛ぶ機械作ってもさぁ、風速とかパイロットの体重とか赤道距離とかで数値変わっちゃうんだからそこまで細かくなくていいと思うんだ。」

「確か・・・赤道から離れるほど重力が小さくなるんだっけ?」


シンデレラ嬢も基礎的な地学の知識は持っているので話が早い。


「そうそう。だから風力のダウンフォースを浮力にして、体重と重力がそれに釣り合えば普通に上昇できるとは思うんだけどなぁ・・・」

「なんだっけ?前に図を描いて説明してくれた奴。ヘリコプターだっけ?あれの原理でいいんじゃないの?プロペラを頭の上に乗っけてさぁ。」


「タケコプターの作り方ね。原理はいいのよ。ただそれほどの揚力が必要ならプロペラの直径は肩幅より大きくなる。あとそのまま回転させると首が飛ぶから、ヘリのように逆回転できる小さな二枚刃をつけてやると。これで上昇はできるはずなんだけどね。」

「揚力って意味あってるかしら?あとそれは浮くだけで、推進力がないわね。」


「そうそう。なんて言ったかな、小型ジャイロだかローターだか。ヘリの後ろについてる小さいプロペラね。それを使ってやれば回転が安定するんだよね。」

「ふぅん。実際に見てみないと流石によく分からないわね。」


「ごもっともです。」



「ねぇじゃあ飛行機?とかいうのはどうやって飛んでいるの?」

「あぁ・・・それよく分からないんだよね。」


「何それ、勉強しなさいよ。」

「いやいや、一応原理は知っているんだけど、竹内薫さんっていう物理学者さんがとある本で否定してんのよね。それでちょっと何が正しいか分かんなくなってる。」


飛行機は翼の上の空気と下の空気の気圧差で飛ぶらしい。

翼に当たった空気が長い距離の上翼ルートと短い距離の下翼ルートに別れ、それが同時に翼の後ろで合流する。

その時に上の空気と下の空気に速度差が生じ、そして気圧差となる。

この気圧差で飛行機は空を飛ぶらしい。


いやいや一度上下に別れた空気は同時に合流する必要ないだろってツッコミを聞いたことがある。

そうすると飛行機の原理が謎なのだ。


結論から言うとよく分からん。竹内さんの読者を引き付けるためのテクニックってだけだったかもしれない。


「・・・ふぅん。なんとなくわかるけど、納得しろって言われるとどうしようってなるわね。」

飛行機の僕なりの説明を聞いたセントはそんな感想を言った。


「そうねぇ、それなら、風の流れをちゃんと考えないといけないんじゃないの?」


風の流れねぇ・・・風・・・空気の流れ・・・


「あっ!!流体力学!!!そっか!ベルヌーイの法則を身体周りの空気に応用してやれば流れが分かるのか!」


「ベルヌーイ?聞いたことあったかな・・・?」


セントが何それ?という顔をして聞いてきた。


「流体力学だよ流体力学っ!風って空気の流れでしょ?風を起こす原理を知ってるだけじゃダメだったんだ、空気の流れの理解が必要だったんだ!」


紙とペンを用意して、ひたすら式を書き込み、条件を書き出し、その中で値を組み合わせてまた別の式や数字を生み出していく。


波動方程式、風速、自重、重力、自分の体積、大体の三面図、天井図の表面積、ダウンバースト、上昇気流、標高、気圧、温度、空気の熱膨張、空気の重さ、湿度、水の膨張率と重さ、熱量・・・


ここから必要なものをピックアップし、浮力=重力+空気抵抗の式を立て、

そして空中浮遊可能なエネルギー量と時間を計算。

あとは仮に50メートルから地面に降下するとして衝撃の無いような着地の仕方を求める。

浮力+空気抵抗<重力の逆算を求めればいい。なんとかなるもんだ。


そして最後に計算の見直し。

もう一度同じ計算を頭からやり、間違いがないかチェックする。

ぶっちゃけ空気抵抗を右辺と左辺どっちに適用したらいいか心配でもある。

他人にチェックしてもらうのがベストだがこの理論があってるか証明するには実験しかないのでどうしょうもない。

安全に実験をする環境もないのでこれまたやるせない。



「・・・終わったー!」


鉛筆を投げ出してぐったりと疲れを体で表した。

いや思考自体は面白かった、多分合ってないだろうけど。


「おつかれ、クー。」


気づくとずっと隣でセントが僕の計算する姿をひたすら眺めていた。


「いやごめんね、自分の世界に入っちゃって。退屈だったでしょ?」

「ううん、そんなことないよ!勉強する人ってかっこいいと思う!」


「・・・センがこっちの世界に来てくれたら、俺がんばって勉強して東大に行ける気がする。」

「何言ってんのよ。」


「ううん、俺もね、勉強する女性はかっこいいと思うよ。」

「ふふっ、ありがと。」


頭良くて可愛いのはずるいと思った。

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