第22話 √千 お姫様と図書館デート

城内 閲覧室―


「・・・ってことで、空を飛べると思ったんだけど無理だったんですよ。」

「へぇ・・・ふふっ。おもしろいこと考えるんですね。」


大量の本の中に男女が2人。

1人はクード・ヴァン・カーネーション。ついこの間国家認定の研究者となった青年だ。

もう1人はセント・トパーズ・シンデレラ・ローズ。研究者にしてこの国のお姫様だ。

2人は互いに高校程度の地学と物理の知識を分かち合い、先日の試験の時の現象を考察し合っていた。

お前ら理系大学生か。


「で、クーさん。クーさんの世界には人が飛べる乗り物とかないんですか?」

「そうですね・・・ヘリコプターとか飛行機とか、あぁあと気球とかならこの世界でも十分作れるかも。1人が飛ぶだけならグライダー、フライングカイト、あとは・・・タケコプター?」

「えぇと・・・」


セントが困惑した顔をする。

無理もない、聞いたことも概念すらもない用語を連発されてはどんなに理解力のある人間でも脳が拒絶して考えることをやめてしまう。


「あぁすいません、意味わからないですよね。」

「いえ、そうでなくって」


黒髪ショートボブの美女が困った顔で見つめてくる。


「その・・・2人っきりの時は敬語やめていただけませんか?」


予想外の一言が飛んできた。


「よろしいんですか?姫様。」

「えぇ。」


指をもじもじさせながらセントが言葉を続ける。

お前はそんなキャラだったか?


「公務の時は冷たい言葉を浴びせてごめんなさいね。人前ではどうしてもああいう態度をとらないといけないの・・・でもね、私が認めた人には敬語を使うし、尊敬する人には普通の態度で接してほしいんです。」


あぁそうなの・・・なんてギャップなの。


「えぇと、じゃあ・・・姫様。」

「はい。なんでしょうか?」


さらさらの髪の美女がとびきりの笑顔で返事をする。


「かわいいっ・・・じゃなくて!姫様、それなら俺のこともタメ口で呼び捨ててくれませんか。」

「ふふっ、フレアと同じことを言うのね。」



「ねぇクーぅ。」

「何ですか?」


「敬語禁止!」

「うん、何?」


「名前呼んで?」

「・・・ローズ姫。」


「そうじゃなくって、」

「シンデレラ嬢?」


「じゃなくって!」

「セント姫」


「あーもー、姫は禁止!」

「・・・セント?」


「ふふっ、なあに、クー?」

「・・・なんでもないよ。」


クー、いや、きゅうは恥ずかしいと思った。

男子校出身で、しばらく女の子と会話したことのなかった彼が、

これほどまでに甘酸っぱく少女漫画かエロゲーのような会話を図書館でするなどというシチュはもうキャパシティがオーバーして燃え尽きるほどヒートしそうになった。


「ねぇクー。」

「なあに?」


「クー・ド・ヴァン・カーネーション。本名は何て言うの?」

「えっと・・・話していいのかな?」


「フレアからなんとなく聞いちゃってるよ。」

「そうですか・・・平方究です。ヒラカタキュウ。」


「へぇ、それがどうしてクーになったの?」

「キュウって言葉がクーになったんだよ。クー・ド・ヴァンで疾風とか一陣の風って意味なんだ。」


「えっと、音便変化だっけ?日本語の。」

「おー、すごい!詳しいね!」


「日本語ね、勉強したのよ!って言っても文字だけで文法はこっちの世界と一緒なのよね。」

「そうだねー、それが不思議なんだよね。」


「でもアルファベットだっけ?あれの言葉を読める人がいなくって・・・クーってもしかして英語?」

「いや、フランス語って別の国の言葉だよ。」


「へー、クーの世界って色んな文化があって色んな言語があるのね。」

「そうそう。」


「・・・いいなぁクーって。私もそういう愛称がほしいなぁ。」

「姫様を愛称で読んだら殺されません?」


「だーかーらー、2人っきりの時に読んでくれる名前が欲しいのっ!だめかな?」


そんなかわいいお願いの仕方をしないでほしい。

私のために背骨をくれとか言われてもうんと行ってしまいそうになる。


「んー、じゃあセンとか?」

「えー、つまんないっ!もっとクーの世界みたいな名前がいい!」


「えー!・・・じゃあ千裕とか。」

「ちひろ?・・・」


「そうそう、漢字で書くと千裕。千って字が入ってるでしょ?これがセンって意味なの。」

「へー!いいね!・・・でも原型ないから、普通にセントって呼んで?」


「はいはい・・・」


姫様のかわいいわがままは続く・・・

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