第4話 神様がくれた力
アムスタル訓練所で過ごした三ヶ月は本当に苦しいものでした。
まず朝は5時半に起き、外に並んで点呼。
小麦粉とミルクを混ぜただけの味気ないパンケーキと果物という朝食を素早く住ませ、みんなで柔軟体操です。
身体が温まったところで五キロのジョギングに基礎体力を高める筋力トレーニングを行います。
アスレチック施設みたいな障害物を乗り越えたり、登ったりするのは最初は楽しかったんですが、毎日やってるとうんざりしてきます。
終わって少し休憩したら今度は講義室での座学です。
ここではいろんな事を学びました。
自軍や敵軍の兵器のこと。特に敵の新兵器である戦車の装甲や弱点については何度もテストされたな。
それに軍の規範や各種の命令、法律。
私は勉強が得意な方だったけど、体育会系のエイミーは大変だったみたいです。
「ああ~、つまんない!わかんない!何でまた勉強しないといけないのよ!」
と、座学が終わったらいつもエイミーがぼやいていたな・・・。
私にとっては一番好きだった座学が終わったら昼食。と言ってもメニューは朝食と同じです。
そして午後になると様々な兵器の運用訓練や模擬戦闘訓練が始まります。
あとは小銃や拳銃の射撃訓練に手榴弾の投擲訓練、機関銃や迫撃砲の扱いや整備の方法などなど。
中でも一番怖かったのは大砲を撃つ訓練でした。
「うう~重いぃ!」
「ココットちゃん早く!他の班、装填終わってるよ~」
手袋をして重い弾を運ぶのが一番な私がまた給弾係になっちゃいました。だってじゃんけん弱いんだもん私。
頑張って運んだ弾を慎重に砲尾から詰めて砲尾栓を閉じる。
「そうてん完了!」
「全砲装填完了、仰角12!」
一番ビリの私が告げると、指揮者のシルビアさんが角度を指示します。
それを聞いた照準係のエイミーが手元のハンドルを回して大砲の角度を変えてゆきます。
「一番、照準ヨシ!」「二番、照準ヨシ!」・・・
全ての大砲の完了申告でシルビアさんが発射の号令をかけます。
たくさんの大砲が一斉に放たれるときの凄さといったら、まるで大きな太鼓の中に入れられて、外から叩かれるような・・・、って誰も経験のない、難しい例えでしたね。
とにかくまあそんな感じで、絶対に砲兵隊にだけは配属されませんように、ってユルズの神様にお願いしながらいつも耳を押さえて震えてました。
訓練期間も半ばを過ぎる頃になると、私達少年兵組はみんなそれぞれの得意な兵科も定まってきました。
凄く射撃の上手かったロンにチャック、ルースの男の子3人組は狙撃隊を目指して狙撃銃の訓練に頑張ってるし、シルビアさんは相変わらず士官への推薦が欲しいみたい。
だけどうちの第12班の順位はいつも下から数えた方が早くて、班の成績を下げてる私とロウリィちゃん、勉強が苦手なエイミーには我慢ならなかったようです。
気持ちは解るけど、頑張っても出来ないんだもん・・・。
そんな苦しい毎日の中でも楽しい事もありました。
確か夏も迫った蠍座の月のある日、豊穣の神に秋の豊作を祈願する『豊穣祭』のお祝いをした事がありました。
夕食にはいつもより豪華なメニューが出され、お菓子まで振舞われたんですが、何よりロドリゲス教官の奥様が作ってくれたローストチキンがもう絶品で最高だったんですよ!
きつね色にこんがり焼けた表面はパリパリ、中は柔らかくてジューシー。ハーブの香りが程よく効いてて、それがまた食欲をそそり、気が付けばあっと言う間に無くなっちゃいました。
私達第12班のみんなもこの時は訓練のことを忘れ、誰もが笑顔で心から楽しんでいたと思います。
今思えば、あの時のみんなの表情こそが年相応な本来の笑顔だったんです。
「今日はあの子にもごちそうを持って行ってあげられるね!」
「うん、三人でちょっとずつ隠して持っていけば大丈夫だよ!」
「ココットちゃん、エイミーちゃんありがとう。あの子もきっと喜んでくれるよ!」
と、内緒で世話をしている子猫の事を話すロウリィちゃんのとても嬉しそうな笑顔は今でも忘れられません。
しかし、あの忌まわしい事件が起こったのはその数日後のことでした。
その日は調度、射撃テストの日でした。
班員のテストの合計点によって班の順位が決まる日でもあります。
特に射撃の上手い人が少なく、射撃では常に最下位争いをしている第12班にとって特に今日は重要なテストでした。
午後から射撃場にていよいよテストが始まります。
並んだ射撃レーンで順番にテストが行われ、私の番になりました。
重要なテストだけに私も集中して慎重に構え、以前にロドリゲス教官から教わった射撃イメージを繰り返します。
・・・照準器と目標を線を引いて、それを一直線に。その中を弾が飛ぶイメージで・・・
頭の中のイメージ通りに、見えている視界の中にも予測弾道をイメージした線を引いていきます。
その時、すぐ脇で誰かが叫びました。
「あっ!またこの猫うろついてやがる!今大事なテスト中なんだから気が散るんだよ!」
「目障りなんだよ、野良猫が!あっち行け!」
その直後、誰かが「あっ!マズイっ!」って叫んだように思います。
引き金に当てた指に力を入れた瞬間、視界の中にあの子猫が飛び込んできたんです。
私は咄嗟にイメージしていた予測弾道の線を子猫からずらしました。
既に引き金を引いてしまった私は、無意識にそう願うしか無かっただと思います。
・・・すると目の前で本当に、弾が少しだけ曲がったんです・・・
今まで何度イメージしてもまともに飛んだことは無かったのに、この時は私がイメージした予測弾道を沿うように弾が飛んだんです。
必至で『そう飛んでほしい』と強く願ったことが、『魔弾の狙撃手』と呼ばれる能力を目覚めさせたのかもしれません。
そのおかげで銃弾は子猫に当たることなく、子猫はそのまま視界の中を走り抜けて行きました。
しかし、その先の射撃レーンのどこかで流れ弾に当たり、子猫は死んでしまったのです。
直ちにテストは中止となり、私達第12班はロドリゲス教官だけでなく、この訓練所の所長だという偉そうな軍人からも酷く怒られました。
そしてその日は少年兵組全員が夜まで腕立て伏せやランニングなどの懲罰訓練を課され、第12班にあっては訓練期間終了までトイレ掃除と最下位が確定してしまいました。
「だからあの猫に構うなってあれほど言ったじゃない!どうしてくれるのよ!成績で足を引っ張るだけではまだ足りないのっ?!」
兵舎に戻ると、みんなはロウリィを取り囲み、激しく責めたてました。
「シルビアさん、実は私もエサをあげてたの!だからあれは私も悪いの!」
「ごめんなさい、私もそうなの!それに今日は私があげる番だったから、きっとあの子は私を探しに来たんだと思う。今日のことはロウリィは悪くないわ!」
と、私とエイミーがいくら言っても、最初に飼い始めて原因を作ってしまったロウリィに対するみんなの怒りはおさまりませんでした。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
いくら私たちが声を掛けても、ロウリィちゃんは床にうずくまって泣きながら謝罪を繰り返すばかりでした。
「あしたロドリゲス教官に頼んで、あの子のお葬式をしてあげよう?ね?私達も一緒に行くから・・・」
泣き止んだロウリィちゃんにそう声を掛けると、ようやく微かな笑顔を見せてくれました。
そして翌日の昼休みに私達三人はロドリゲス教官の元にお願いに行きました。
ロドリゲス教官も了承してくれて、子猫の亡骸はどうなったのかを管理の人に聞いてくれたんです。
だけど驚くことに子猫の亡骸は生ごみとして棄てられ、今朝早くごみの収集車に回収されてしまったそうです。
ロウリィちゃんは呆然とそれを聞き、やがておぼつかない足取りで兵舎に戻って行きました。
慌てて私達が追いかけると、兵舎の自分のベッドに座り、ただ宙を眺めているだけのロウリィちゃんの姿がありました。
思わず私が抱きしめると、やっとロウリィちゃんは声を上げて泣きました。子供みたいにポロポロと涙を流し、今まで抱えていたものを吐き出すかのように泣きました。
その日は体調不良ってことでロドリゲス教官がロウリィちゃんを休ませてくれました。
様子を見に行った軍医のおばさんの話では、ロウリィちゃんは毛布にくるまってずっと泣いていたそうです。
いつもみんなに責められ、たった一つの小さな安らぎを失い、その子猫と最後のお別れも出来なかったロウリィちゃんの心はボロボロで、もう限界だったんだと思います。
だけど次の日、ロウリィちゃんは普通に起きて、食事をして午前中の訓練にも参加しました。
私達が話しかければ、少し表情は薄いながらもちゃんと答えてくれました。
だから私達は安心してしまったんだと思います。
そして午後の射撃訓練の時、順番が来て射撃台に向かうロウリィちゃんが私とエイミーに振り返って言いました。
「ココットちゃん、エイミーちゃん、いろいろありがとう。私はもう、大丈夫だから」って。
射撃台についたロウリィちゃんは訓練用の拳銃を手に取り、じっと見つめたあと、命を絶ちました。
あごの下に銃口を着け、最後に一瞬だけ、私に微笑んだような気がします。
その直後、糸の切れた人形のように崩れ落ちたロウリィちゃんを、私はただ呆然と見つめていました。
それから二週間後、私達第12班を含む少年兵組259名は訓練期間を終えてアムスタル訓練所を出て行きました。
ただ一人、ロウリィちゃんを除いて。
彼女もまた戦争の悲しい犠牲者であることを忘れないでください―――
ロウリィ・ハミルトン 二等兵 13歳
魔弾の狙撃手 ココットの日記 @matunomorisubaru
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