第3話 アムスタル訓練所での日々
故郷クレイリバーの街を出たトラックに揺られて小一時間ほど経ったころだと思います。
私達を乗せたトラックは街を出て畑を抜け、木がまばらな荒れ地が広がる道を走っていました。
ですが、公都とは反対方向に向かっているんだって事しか分かりません。
出発前に、係の軍人さんは「訓練所にいく」としか言ってなかったし。
だけど、時々すれ違う車は軍用車ばかりで、特に赤い十字のマークが付いたトラックには包帯を巻いた兵隊さんがたくさん乗ってて、戦場に近づいているんだって思いました。
その時、隣に乗っていたエイミーが、後ろを走っていた他のトラックが居なくなってる事に気付いたんです。
「ねぇ、ココットちゃん、他のみんなはどこに行っちゃったんだろう?」
このトラックに乗っているのはお父さんくらいの歳のおじさんやおばさん、若いお兄さんとお姉さん、そして同じ学校を卒業した同級生など合わせて20人程だったと思います。
幼馴染みのライリーや他のみんなが載ったトラックはあと3台は居たはずです。
「分かんない。他の訓練所へ行ったのかな?」
「一緒じゃないって知ってたら無理にでもライリーを乗せたのにねえ・・・。私の本なんか取りに行っちゃうから」
トラックに乗る順番待ちの列に一緒に並んでいたライリーはエイミーが忘れた本を取りに戻ったのです。
たったそれだけの事で、離れ離れになって違う訓練所に送られるなんて思いもよりませんでした。
「ま、所詮俺達は補充兵だ。ただの埋め合わせだからな、人が足りなくなった部隊へ送られるのさ・・・」
私達の向かいに座る、疲れた表情のおじさんがそう言ってため息をついていたのをよく覚えています。
それからまたしばらくトラックに揺られ、何もない荒野に作られた訓練所に連れて行かれました。
遠くに痩せた森が広がり、辺り一面は岩や草に覆われた荒れ地の中に、バラックや見張り台、射撃場などが並んだ急作りの訓練所でした。
施設の周りは厳重な高いフェンスに囲まれていましたが、街から遠く離れた荒野の中の貧相な訓練所にはひどく不釣り合いに見えます。
侵入させないため、というより逃げ出さないためのように思えるほど・・・。
そこはアムスタル訓練所と呼ばれていて、戦争中に数多く作られた即席の訓練施設の一つだったそうですが、今ではその場所がどこにあったのかも分かりません。
「あーん、ココットちゃん!おしりが痛~い。カチカチになってない?」
「あっ!ほんとだっ!カチカチになって、半分に割れちゃってるよ!大変!」
「ええっ?!・・・ぷっ、あはは!ひどーい」
トラックから降ろされ、そんな話をしていた私達に、突然すごい雷が落ちました。
「おらあ!ここは幼稚園じゃねえ、口を閉じてさっさと並べっ!さもなきゃ、顔にオムツさせるぞ!」
雷のような怒鳴り声にびっくりして振り向くと、まるでワイン樽みたいな体型の髭もじゃのおじさんが建物の入口に仁王立ちしていました。
このおじさんが私達の教官になるロドリゲスさんでした。
「ココットちゃん!あのおじさん、熊みたい!怖いよぉ」
「うん、でも熊さんって子供にはすごい優しいんだよ」
見た目はとても怖そうでしたが、訓練以外では優しかったんですよ。
もちろんこの時はエイミーを安心させようと思って言っただけでしたが・・・。
そして、この日から私達の軍隊生活が始まったんです。
この訓練所には他の街からも志願者が集められてきて、年齢層ごとに班に別けられ、訓練や寝食を共にしました。
まず私達のような15歳までの子供達だけの少年兵組。
次に最も兵士として主力となる15~45歳までの人達。
そして砲兵や輸送などを担う45歳以上の人達。
特に私達には多岐に渡る兵科の訓練が課されました。
それは後に解ったことですが、子供達の特性を見極め、戦闘のプロを養成するためだったようです。
そして戦力にならないとされた45歳以上の人達は、部隊に配属されるとまるで軍馬のような扱いをされたそうです。
私達の班は第12班で、同年代の子供ばかりが20人で編制されていました。
各班は全ての訓練課目で順位が付けられ、それによって食事の内容や掃除の担当、入浴の順番にお菓子などの嗜好品の量が変わってきます。
だからみんな必死でしたが、各班の班長となれば特に大変です。
班長はみんなを統率して成果を上げることで指揮能力の高さを示し、成績上位の班の班長は士官候補として推薦されます。
それだけに班長は優秀な人が選ばれるはずですが、実際は家柄や軍人の子弟などが優先的に選ばれていました。
それは戦場でも同じでした。能力の無い指揮官に率いられた兵士ほど不幸な事はありません。
私とエイミーが所属した第12班の班長はシルビアさんという2歳上の女の子です。
例に漏れず、シルビアさんの家はどこかの下級貴族だったらしく、見た目もお姫様みたいに綺麗でした。
すらりと背が高くて、パッチリ大きな蒼い瞳に綺麗な金髪、だけど性格はちょっと意地悪かな。
「ちょっとロウリィ、またアンタのせいでうちの順位が下がったじゃないの!」
この日もまた取り巻きの人達に囲まれたシルビアさんがロウリィちゃんを見下ろして酷い事を言っています。
ですが誰もシルビアさんに逆らえる人なんて居ませんでした。
あ、ロウリィちゃんというのは少しぽっちゃりで色白、まるで生まれたてのシロクマみたいな、ほんわかした同い年の女の子です。
確かにみんなよりも運動が不得意でしたが、よく気がつくし周りの人を気にかけるとても優しい子なんです。
「あと、隠れて野良猫飼ってるらしいわね?ただでさえ少ない食糧を猫にやるなんて、教官に目をつけられたらどうするのよ!」
「そんな事バレたらうちの班が罰を食らうじゃない!」
「俺の街では食べ物が少なくてみんな腹をすかせてるんだぞ!」
「猫なんか追い出しなさいよ」
「ご、ごめんなさい・・・」
数日前にロウリィちゃんが迷子の子猫をみつけて、こっそり餌をあげてた事がバレてしまったみたいです。
みんなに責められ、ロウリィちゃんは震えながら小さな声でつぶやくしかありませんでした。
「ひどい、ココットちゃん。あんなのロウリィちゃんが可哀想だよ!」
「うん、みんなもあんな事言うなんて・・・」
だけど、やりたい事も我慢して、充分とは言えない食事で訓練に明け暮れているみんなの気持ちも解るんです。
ですが子猫を何もない荒れ地に放り出す訳にもいかないし、何よりこの子はロウリィちゃんの心の支えでもあったんです。
だから私はどちらの味方をする事も出来ずに見ているだけでした。
その時の私はそんなちっぽけな臆病者だったんです。
「とにかく、これ以上成績が下がったら、ただじゃおかないわよ!いいわね!」
「はい、頑張ります・・・」
私達は一人取り残されたロウリィちゃんに駆け寄り、
「大丈夫?!ロウリィちゃん!」
「うん、ありがとうココットちゃん・・・」
「私達と一緒に練習しよう、ね?」
「二人とも、ほんとにありがとう」
と声をかけると、ようやくロウリィちゃんは笑ってくれました。
もう少し力になってあげたら良かった、と私は今でも後悔しています。
だけど射撃訓練が始まると、私もまたみんなの足を引っ張ることになってしまったんです。
「第1列!構え!・・・撃てっ!」
荒れ地に作られた射撃場ではロドリゲス教官の合図で5人づつ射撃を行います。
そして私の番になりました。
マガジンの5発を標的目掛けて撃ちきります。
結果は標的の周りの地面に虚しく5つの砂煙を上げただけでした。つまり全部ハズレ。
「おい、ココット!お前は目に銀紙を貼っているのか?しっかり狙え!」
だって訓練所で使っている銃はかなり古くてボルトはぐらぐら、重心はバラバラだったんですよ。
あんなのでちゃんと当たる訳っ・・・。
まあ・・・、あの頃の私の腕では新品の銃でも上手く撃てた、なんて言えませんが。
「いいか、まず衝撃や音に慣れて、目を背けず弾が当たるまでしっかり見てるんだ!そうすれば2発目は必ず当たる!」
ロドリゲス教官はそう言いますが、小銃の発射の衝撃は肩をグーで思いきり殴られるみたいだし、音は耳元で手を叩かれるみたいだし。
怖いものは怖いんです!
そんな私にロドリゲス教官は「構えてみろ」と言って、顔を近づけて一緒に照準を覗きながら、
「ココット、頭の中でこことここと、標的の間に線を引いてみろ。・・・できたか?そしたらその線がまっすぐ一直線になるよう位置を調整して、撃った時はその線に沿って後ろに衝撃を逃がすイメージを持て・・・」
イメージ、イメージ、たぶんこれでいいはず・・・。
「イメージ出来たら、撃ってみろ」
ぱーーーーん!
撃った弾は一応標的内の端っこに当たりました。これまでの私の中は一番の出来です。
「よし、ちゃんと当たったじゃないか!その調子で練習すれば中心に当てられるようになるぞ!」
と、ロドリゲス教官は嬉しそうに私の頭を撫でてくれました。
太くてごつごつしてたけど、大きくて暖かい手だったのを覚えています。
ですがその後、いくら練習しても私の腕は上達する事なく、第12班の射撃の成績は私とロウリィちゃんで下げてしまってました。
「ほんとアンタ達はノーコンね!もしかしてわざとそうやって、補給隊を狙ってんじゃないわよね?!」
なんていつも班長のシルビアさんに二人揃って怒られていました。
補給隊は前線に出なくて済むし、こっそり補給品を家族に送ったり出来るって噂もあって、中にはわざと狙って成績を落としている人もいるらしいのです。
だけどそのせいで班の順位が下がれば、みんなに迷惑が掛かる事になります。
「「そんな事してません!」」
と偶然同時に声を揃えた私達に、シルビアさんは少し気圧されたようで、
「そ、それならいいけど・・・。もう少しちゃんとやってよね。それとロウリィ、あの猫がまたうろついてたわよ!もう餌はやってないんでしょうね?」
「はい!もうあげてないので、きっとお腹を空かせて出て来るんだと思います・・・」
「全く、ここは幼稚園じゃないのよ・・・」
ちょっと負け惜しみみたいにブツブツ言いながら戻っていくシルビアさんの姿が面白くて、ロウリィちゃんとこっそり笑ってしまいました。
実は本当は私とロウリィちゃん、エイミーとで少しだけ自分の食事からパンとミルクを分けてあげてたんですけどね。
だけどそれからしばらく経つうちに、厳しい訓練や貧相な食事、上がらない順位などで募った班のみんなの不満は最も弱く小さな子猫に向けられていったんです―――
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