第2話 別れの朝
私が生まれ育ったのは公都からほど近い、クレイリバーという街でした。
兄妹は三つ年上のアレックお兄ちゃん。
街の周りは一面とうもろこしの畑が広がっていて、子供のころはその中でかくれんぼや鬼ごっこをして遊ぶのが好きでした。
お兄ちゃんや幼馴染だったエミリー、ライルと一日じゅう走り回って、農園主のドリスさんによく怒られたものです。
街の北に少し行くと『双子星の森』があって、ここも街の子供たちの遊び場でした。特に森の奥にあるヤマモモの大木の上は秘密基地として取り合いになってたっけ。
一つ年上の町長の息子でガキ大将だったデミオ達上級生とはよく喧嘩をしましたが、一度ライルがデミオを木の上から投げ落とした事があって、町長の息子が怪我をしたって町中が大騒ぎになったこともありました。
エル・アラムとの戦争はその頃から、というより生まれた時からやってましたが、まだ新聞の中だけのどこか遠い異国での出来ごとのようでした。
ですがやがて戦況は悪化して、戦争は私たちのすぐそばまで迫って来ました。
私が8歳の時に予備軍人だった私とエミリーのお父さんが招集されました。
そして一年後、我が軍が大敗を喫した『カルメーザ砦の戦い』でエミリーのお父さんが亡くなり、私のお父さんも大怪我をして帰ってきました。
11歳の時にはお兄ちゃんも中学を中退して軍に入隊し、少しずつ街の人達も戦場に駆り出され居なくなっていきました。
私達が12歳になる頃には物資が不足し始めました。鉛筆やノート、洋服などの日用品から毎日の食べ物までが店頭から消えてゆき、どんどん値上がりしていきました。
小学校を卒業する年のある日、クラスメイトの男の子達がこんな話をしていました。
「敵の新兵器で『動く鋼鉄トーチカ』ってのがあるらしいぜ」
「何言ってんだよ、トーチカが動く訳ないだろ?」
「だけど親戚の兄ちゃんの手紙に書いてあったんだ。塹壕や鉄条網を乗り越えてくる動くトーチカを倒したって!」
「そんなの嘘に決まってらぁ」
「ほんとだって!それで軍から賞金も貰って、一つ出世したって言って沢山のビスケットやチョコレートを送ってくれたんだ!」
「賞金も貰えて、出世もできるのか?!じゃあ俺も軍人になって『動くトーチカ』をいっぱい倒してやる!」
「ああ、敵の兵器や兵隊は弱くて臆病ですぐに逃げるって新聞に書いてあったしな!俺達の敵じゃないぜ!」
それが新たな時代の悪魔の兵器『戦車』だという事は、子供だった私達には想像もできませんでした。それに新聞やラジオもまた、我が軍の嘘の戦果や華々しい活躍を報じて国民を欺き続けていたのです。
戦場で活躍した兵士を英雄として宣伝し、楽観的な戦況を報じ、国民皆兵を唱える公国軍への志願者は増加の一途をたどり、小学校を卒業する私の同級生の三分の一が軍に志願しました。
「ねえ、ココットちゃんは卒業したらどうするの?」
小学校の進路調査の前に幼馴染で仲良しだったエミリーが私に尋ねました。
「私は、兵隊になることにしたの・・・」
「そうなんだ!私もお父さんが死んじゃって、軍からの遺族手当で生活してるからね。やっぱ行かなきゃダメだよね・・・」
それは私の家も同じでした。
お父さんが怪我をして動けなくなってから、私達家族が軍の戦傷手当で生活してきた以上、従軍を拒むことなど出来ません。
だって近所には軍から何も貰っていなかった家の父親や息子や娘だって戦死している所もあるのですから。
「ココットまで兵隊になんかならなくていいのよ。女の子だし身体も小さいんだから、この町で働くところはお母さんが見つけてくるからね」
私が兵隊になることを告げると、お母さんはそう言いました。
しかし両親は口にはしませんでしたが、物価が上がったこのご時世では戦傷手当で私を養っていく余裕は無かったでしょう。
そして聖暦1895年 牡牛座の月 1日 早朝。
エミリー、そしてライルと共に私は街の噴水広場に停まった志願兵を募る軍のトラックに乗りました。
「ココット!あなたはドジなんだから、危ない所には行っちゃだめよ!ちゃんとご飯食べるのよ!」
この日、そう言ってお母さんは送り出してくれました。
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