第23話
片膝立ちになって、じっと探索者を睨み据えるマヒル。
いまだに片脚が切られたことに動揺を隠せない。
切られた……まさか。
スパルトイになり、戦闘能力は生前よりも高まったはず。
しかし、いつ日本刀を抜いたのかさえ見切れなかった。
もしくは、船に一緒に乗っていた時、すでに切られていたのでは。
切られたことに気づかないまま動いていたのかもしれない。
遥か東方の剣士は、そういう秘剣を駆使するという。
だが……そうではない、とマヒルの剣士としての直感が告げていた。
(打木だ……)
先ほどからカンカン、と音を立てている打木。
あの打木にトリックがある。
打木でタイミングをあわせて加速魔法と幻惑魔法を複合させ、攻撃した瞬間を相手に知覚させないようにしているのだ。
魔術と呼ぶのもおこがましい、トリック。
「……ふん、そんなもの、私には通用しない……!」
マヒルは片膝をついたまま、かっと目を見開き、相手の動きに注視した。
聴覚に惑わされるな!
視力にすべてのマナを注ぐ!
「いよぉぉぉーっ!」
今だ。
アタッカーが足を振りかぶり、サポーターが打木を高く振り上げる。
この瞬間。
いや、実際はもっと早い。
驚くべきことに、最初の足を上げきる前には、もう切り終わって刀を鞘におさめるところだった。
――また見えなかった。
まさか打木はおとりだったのか。
技の正体を見破られたからといって、簡単に破られるようなものではない、ということか。
これが、八艘飛び……!
マヒルに出来たのは、恐らくここを通るだろうと事前に身構えておくことだけだった。
音もなく踏み込んで、最少の身のこなしで最短距離を振られる白刃。
ならば、ここを通るはずだという天才的な勘が働き、事前に剣をそこに構えていたのである。
だが。
かろうじて日本刀を受け止めた錆びた剣は、火花を吹いて真っ二つにされた。
――脆い。
ああ、なんと脆い。
ここにきて、装備にまで見放されたか。
すぐさま返す刀がこめかみに迫る。
2回目の攻撃、こちらはまだ目に見える。
だが、思った以上に早い。
カウンター気味に、こちらの折れた剣をダメ元で振ったが、相手の鼻先をかすめていった。
三度笠をわずかに切り裂いただけだ。
錆びた剣のふいた火花がマヒルの頬に散った。鉄さび特有の血のような火花だ。
つくづくイラつく剣だ。
もう、これで終わりか、と覚悟した。
次の瞬間、もふっとした毛皮が頭の上にのしかかってきた。
背中におぶさってくる、この毛皮の感触……腰の動き……覚えがある。
開墾作業の最中に、何度も何度も。
マヒルの喉から叫び声があがった。
「――桃太郎!」
桃太郎は、マヒルの背中を飛び越えると、白いお腹を仰向けにして、真っすぐ刃の前に躍り出ていった。
まるで、空中でアクロバティックな服従のポーズを示すように。
舐め腐った服従のポーズもあったものだ。
「すまん――桃太郎!」
あの刀は、桃太郎の体が耐えきれるようなものではないと知っている。
マヒルが戦場に散らした幾千本もの刀と同列に数えられるべきものだ。
そうでなくとも、命を犠牲にしてくれた犬の姿を振り返る必要はどこにもなかった。
彼女は眉毛犬を盾にして、折れた剣をそのまま、相手の眼窩に突き入れるだけでよかった。
とにかく離さないように柄を両手で握りしめ、残った片脚で体を押すだけでいい。
片脚になった自分に、それ以上の攻撃はどのみち望めない。
「覚悟おおおおぉ――ひくぅっ!?」
突然、衣服の中に粘つく液体が染み渡る感触がして、マヒルは背中をのけぞらせた。
背中とお尻を伝って、とんでもない所まで垂れている謎の液体。
そして膨らんで体積を増すそれがうごめくと、謎の電流が全身をめぐった。
「はくふぅみゅうぃぃっ!?」
ダンジョンに、マヒルの悲鳴が響き渡った。
これは――まさか、スライムか。
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