第21話
スライム船は、地下の冷たい河をどんどんさかのぼっていった。
「こんな船では、いつまで経っても目的地にたどりつけませんよ」
というマヒルの予想に反して、すごい早さの船だった。
このペースなら、歩いて2ヵ月かかる目的地まで、ほぼ数日でつきそうである。
どうやら、川上にいるスライムたちが、船とその辺の岩の間に結びついて、ゴムのように収縮することで船を引っ張り上げているらしい。
船と言うより、ロープウェイに近いのかもしれない。とにかく速い。
マヒルは、桃太郎のもふもふした顔と顔をくっつけてマップをのぞき込んでいる助さん、助さんのお供のコボルトたち、洞窟のどこともなく視線を漂わせている探索者の2人組を観察していた。
この探索者のことを、マヒルはいまだに信用できない。
スケルトンたちは森の開発を中断させ、防衛モードになってもらった。
コボルトたちがあちこちに展開したダミー・ダンジョンに身をひそめさせ、その周辺には落とし穴などの罠を張り巡らせておいた。ダンボールで穴の上に蓋をして、上から土を被せた単純な罠だ。
核さんがメイン・ダンジョンの壁に張り付いてさえいれば、守りを心配する必要はないだろう。
あとは、新戦力の花ちゃんとマンドラゴラ畑がどのくらいの力になるか、だが……。
そこまで考えて、マヒルはふと、とんでもない考えに至った。
核さんが、ダンジョンの壁に張り付いている。
そしてそこには、色気むんむんの花ちゃんが。
これは、まずい。
「……引き返そう。迷宮の危機」
「えっ!」
マヒルが勢いよく立ち上がった。
彼女はスライム船から降りて、川岸を走っていった。
助さんと桃太郎も、慌ててその後を追いかけていく。
「どうしたんです? 目的地は逆ですよ?」
「……我々には、任務よりも優先すべきことがある。核さんを守る事」
核さんは十中八九、壁に張り付いているはず。
装備を解いて、最も無防備な状態で。
けれど、それは格好の餌食だ。
男をダメにするニンフの花ちゃんが一緒にいる状況では。
「花ちゃんの色香はまずい。このまま何日も放置していては、核さんが誘惑されてしまう恐れがある」
「ええっ! なのです!?」
顔を真っ赤にする助さん。
(うかつだった……ダンジョンの核が他のモンスターにたぶらかされることは、私にとって死活問題だ)
マヒルは焦っていた。
(迷宮のモンスターたちの管理者権限を花ちゃんに握られてしまう恐れがある。そうなれば、私も助さんも桃太郎も、いったいどんな理由でリーダーの座から追いやられてしまうか、わからないではないか)
今は自分がリーダーで、他は考える力もないスケルトンだからこそ、彼女は安全圏にいた。
だが、もし、味方国の兵士がマヒルの代わりにリーダーになってしまえば……。
(私が……マヒルではなく、メイチェルであることがバレてしまう……!)
そう、マヒルは味方国のマヒル伍長ではなく、敵国のスパイとして戦場に潜り込んでいた、メイチェル軍曹だったのである。
もし、核さんが味方国や敵国の争いに興味がないとしても、新しいリーダーは決してそうではないだろう。
そうなれば、彼女はもう一巻の終わりである。
一刻も早く、核さんの身の安全を確保しなければ……!
急ぎ足で引き返していた、その時だった。
「あいやぁ! しばぁーらぁーくぅー!」
カカンッ!
木の板に角材を打ち付ける音が、スライム・ダンジョンに響き渡った。
モンスターたちを後ろから追いかけていた探索者たちが、待ったをかけていたのである。
「ここまでの道案内、あ、ごぉーくろぉーおお!」
「極秘任務を知った貴様たちは、どのみち死んでもらう手はずだったのだ!」
「ダンジョンが危機に陥るのならば、好都合といぃーうものぉーよぉー!」
マヒルは、頬をひくつかせた。
「ほう……裏切るつもりか!」
彼女を追いかけてくる探索者たちに対して、腰に帯びた錆びついた剣を引き抜いた。
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