第19話
焼肉パーティは進んでいった。
野菜はカブラによく似たマンドラゴラの葉と実、カボチャそのもののジャックオーランタンの切り身。
肉は口の中でほどよく溶けるスライム肉に、この日の為に生み出したミノタウロスの牛肉。
あと、スケルトンたちが発見した鳴子に引っかかっていたイノシシの肉も惜しみなくふるまわれた。
花ちゃんの作ってくれたお酒は花の蜜を発酵させた甘いビールだ。
焼肉とビールは口を軽くする。
探索者たちは日ごろの愚痴をこぼしはじめた。
「ちくしょう、どうして俺たちがこんな辺境に飛ばされなきゃならんのだ……飲まずにやってられるか」
「もぐもぐ、そういや、今日はどうしてここにやってきたんだ?」
「アシュレー様のご命だ」
探索者たちは、肉をもごもごと食べながら言った。
ミノタウロスは筋肉質に見えるけど、迷宮でじっと過ごしているから皮下脂肪がたっぷりあって美味いんだ。
これからも週一のペースで生み出していこう。
「味方国で材木が不足しはじめ、国内の資源量の正確な把握が必要となったのだ」
「ふむふむ」
「それで、この土地の再調査が必要となった……」
「あー、来てたな、役人っぽいのが。おかえり願ったけど」
「ふん、あの冒険者上がりの役立たずどもめ。ここにダンジョンが出来ていた、というので調査を諦めて上に丸投げ、上は上で我々に丸投げだ」
「お前らって、便利屋かなんかなの?」
「
探索者の中でも一流の技術を持った、国お抱えの探索者である。
「今回のように資源量を調査するだけではない。未開の土地の調査はだいたい我々の仕事だ。土地の測量に、海産物、薬草類、生態系の調査。ダンジョンがあれば出現するモンスターの調査に、魔石埋蔵量の調査。……まったく、我々は便利屋かなにかか?」
だんっとダンボールのちゃぶ台をたたく探索者。
ふむふむ、なるほど。
面倒な仕事はぜんぶ自分のところに回ってくるポジションなのか。
色々と大変なんだなぁ。
「味方国に何かあったの? 材木が足りなくなってるって、相当やばい事態だろ」
「お前は知らんだろうが、共和国が内乱状態になったのだ……」
「あ、やっぱり?」
スライム肉をむにむに食べながら、助さんは俺の方をじっと見ていた。
本に載ってないことは魔導書では勉強できないもんな。
新聞みたいなのでも発行されてたら、魔導白書で検索かけられるんだけど。
「核さん、知ってるんです?」
「ん? ああ、言ったら古いエルフたちが、昔通りの生き方をしようとする共和国Aと、これから人間の国と一緒に成長していこうと考えている共和国Bに分かれちゃったんだ」
「さすが、核さんです!」
助さんはちょっとほろ酔い状態のようだ。
俺のダンボールの腕に頭をぐりぐり押し付けてきた。
にへー、と嬉しそうに笑っている。
「で、それで木材の供給が怪しくなったというわけか」
「うむ、エルフ領のある共和国ABを合計すると、実質5割を依存していたことになる」
「ご、5割も? ……ヤバくない?」
「なんとか海外からの輸入を増やすことでしのごうとしているが……その供給が安定するまでは、国内の至る所で木材の不足が続くとみられている」
いきなり輸入を増やそう、と言ったところで、船も木材で作っているのだ。
新しい港を作ろうとしたところで、港を開発するための前衛基地だって木材で組み立てている。
木材がなくなれば、いろいろな経済活動がストップしてしまう。
急に輸入量を増やすことなどできないのである。
まあ、ダンジョンのモンスターたちには、まったく関係のない話だよな。
助さんは進化犬を抱き寄せると、ぐでーんと俺の膝の上に仰向けになって眠ってしまっていた。
お腹がいっぱいになった桃太郎は、もう他の犬たちとじゃれあっている。
ともかく、木材が必要なので調査に来た、という話であった。
そこまで聞いて、俺は改めて尋ねた。
「で?」
「で? とは?」
「それは表向きの理由だよな? 本当の理由はなんだ?」
探索者たちは、うつむいた。
どうやら、俺の事を侮っていたわけではないらしい。
いつそこを突っ込まれるのかと冷や冷やしていたようだ。
長い事、アシュレーの傍にいたからな。
そういう隠し事をしている奴の顔はすぐにわかるんだぜ。
「……停戦条約で、敵国に囚われていた人質の返還が決まったのだ」
「へぇ、いいことじゃないか」
「第七皇女を、敵国王都から味方国へとお連れする計画が持ち上がっている」
「ほうほう」
こりゃまた、大物が出てきたな。
第七皇女か。
じつは皇女の血を引いているアシュレーの遠い親戚になる。
「共和国の内乱もあって、正規のルートでは皇女の安全が確保できない。……この緩衝地帯を通り抜けられないかとアシュレー様は考えているのだ」
「ここを通っていくのは構わないけどさ」
「い、いいのか!?」
「その前に、敵国の領地から抜ける目算は立っているのか? あと、味方国内でも安全に通行できるの?」
「振れる袖はすべて振ってある……としか言いようがない」
ふむ、この土地を通りたい、というのだったら、俺としては邪魔をする理由などない。
むしろ全力で護衛するのもやぶさかではない。アシュレーの為だものな。
問題は、この土地以外を通る時だ。
「敵国に対しては、向こうがこちらの信用を裏切らない範囲でがんばってくれることを期待するしかない。もっと重要な人物の為に切るカードはむろんあるのだろうが、いかんせん、第七皇女だ」
「つまり、完全に安全が確保されているってわけじゃないんだよな?」
「そもそも、味方国の貴族連中があてにならん。今回の戦争は、例年通りのさびれた土地の奪い合いで、得るものはほとんどない消耗戦だった。
そのうえ功績のほとんどは新興貴族のアシュレー様が持って行ったし、さらに彼女の親戚筋である第七皇女まで帰還するとなると……損をこうむる連中が大勢いる」
「なるほど……けっこう立つ瀬が危ないところにいるんだな、アシュレーも」
俺は、ちらっとモンスターたちに目をやった。
起きて話を聞いているのはマヒルだけだった。
他はみんな、ぐでーん、と横になっている。
俺は助さんのスカートをぴらっとめくって、脚に挟んであった魔導白書を引っこ抜いた。
「むふーん、核さん、ダメなのですよぉ?」
はいはい。
俺専用機の指で本をめくるのは至難の業だったが、どうにか広大な地図を表示させることができた。
敵国王都のすぐ近くに、大きな河がある。
敵国の水運の要である、リベニア大河だ。
俺は、歩くと2カ月はかかるだろう、その河から当ダンジョンの草原地帯の間を指でなぞった。
さらに、2ヵ月ほどの距離に味方国の中心を流れるアジ・ドレイク運河がある。
河から河まで、およそ4ヵ月の距離。
この何もない草原地帯は、中洲みたいになっているのか。
だったら伏流水、地下を河が流れているはず。
「ここにダンジョンを作ろう」
俺の言葉に、探索者たちは顔をこわばらせた。
敵国のど真ん中と、味方国のど真ん中をつなぐダンジョンを生み出す。
それは、つい最近青函トンネルを抜いて世界最長となったスイスのトンネル、ゴッダルド・ベース・トンネルを超える長さのトンネルを掘るような、途方もないプロジェクトである。
「そんなことが……!」
彼らの知る科学技術で到底成し遂げられるような代物ではない。
だが、魔力Maxの俺に不可能はない。
「まあ、ダンジョンの核さんにまかせとけ」
俺は、ダンボールの中でにやりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます