第12話
迷宮の入り口に突き立てられていた目印のナイフには、オレンジ色のハンカチが結わえ付けられていた。
どうしてあんな目立つ目印を俺のモンスターたちはことごとくスルーしていったのだろうか、不思議で仕方がない。
冒険者たちはあんなに優秀な魔法使いを味方に持っているというのにな。
犬たちは侵入者が来たら遊んでほしくてきゃんきゃん懐いているし。
助さんなんて俺にしがみついてぶるぶる震えてしまっている。
ほんと、何ハウスだこれ?
やがて、入り口からぬっと姿を現したのは、いかにもといった迷宮探索のプロフェッショナルの出で立ちをしていた。
三度笠に、青と白の縦じまのマントを一枚羽織っている。
間違いない、ダンジョン探索のプロフェッショナルだ。
三度笠は、広いつばで頭上から落ちてくるスライムの攻撃を受け止めるためのものである。
おしろいで顔を白く塗りたくり、その上から炭で隈取りのような模様を顔中に書いてある。
あれは迷宮における迷彩色のようなもので、岩の明暗に溶け込む効果があった。
腰には少々短めの太刀に、予備の小太刀も装備している。
その探索者たちは、周囲の様子を慎重に探りながら、八艘飛びで10メートル・ダンジョンへと足を踏み入れた。
あれは……そう、トラップ解除の魔法を床にかけながら前進しているのだ。
トラップの中には、トラップ解除の魔法に反応して発動するイヤなタイプも存在する。
なので慎重に慎重を重ねて、まるで念をこめるように地面をにらみつけ、手を前にかざし、片脚でけんけんしながらじわりじわりと進んでゆく。
片脚で移動するのは、万が一、それらを上回る巧妙なトラップがあった場合も、片脚だけの被害ですむように。
さすがプロ、抜かりのない仕事だ。
後ろからやってくる相方が、前を行く冒険者の歩みにあわせて木のブロックを地面にたたきつけ、カン! カン! カンカンカンカカカカカカカカカ……カン!! と八艘飛びの調子を取る。
3メートルほど歩いたところで、ぴたり、と立ち止まる。
「……ぁ道が~分かれてぇ~(↑)いるぅぅぅぅ(→)なぁ~(→)」
ダミーを作ったからといって、俺がその間何もせずに安穏としていたという訳ではない。
メイン・ダンジョンの拡張も試みてはいた。
だが、いかんせん、今回は時間が足りなさ過ぎた。
入り口から入ってすぐの所に、数メートルしかない横道を左右に作ったところでもうバテてしまっていた。
インプたちが火炎魔法を使ったとき、彼らの消費したマナは俺の魔力によって回復されていた。
それ以外にも、初防衛の成功直後で、俺の魔力はモンスターたちの回復のためにごっそり持っていかれたのだ。
探索者たちは、まず右手にある道から探索することにしたようだ。
慎重にそちらへと歩みを進めていった。
犬やインプたちが後ろからぞろぞろと同じ道に入ってゆく。
今のうちに、何かトラップを仕掛けられないだろうか。
「助さん、トラップってどんなのがある?」
「トラップです? ええと、無限回廊ですよ? 落とし穴ですよ?」
魔導書をぺらぺらめくりながら、読み上げていく助さん。
どうやら今の俺の魔力では、その辺りを作るのが限界のようだ。
落とし穴の深さは、せいぜい2、3メートル程度。
本来は時間稼ぎや、下の階層に落とすことを前提としているトラップだ。
当ダンジョンでは、穴から上がられたらおしまいだ。
2人で協力されれば、そのくらい造作もないだろう。
「仕方ない……迷宮よ、伸びよ……!」
俺が呪文を唱えると、マップの上に渦巻きのしるしが生まれた。
先ほど探索者たちが入っていった道に、無限回廊のトラップを仕掛けたのだ。
同じ道を延々と歩き続ける無限ループにはまるというトラップ。
気づいて出てくるのにしばらく時間がかかるはずだ。
やがて、探索者たちは静かに右手の道からでてきた。
そして向かいにある通路へと同様に慎重に入っていく。
犬やインプたちが後ろから次々と同じ道に入っていった。
もう片方の道も、まだ非常に短いので、無限回廊のトラップを仕込んでおいた。
やがて、探索者たちも無限回廊のトラップに気づいたらしく、道から出てきた。
怒りで顔を真っ赤にして、三度笠のつばを掴む指がぷるぷると震えていた。
ここまで人を馬鹿にしたダンジョンも珍しいだろう。
入り口のすぐそばに無限回廊が2つとか。俺だったらダンジョンを破壊する。
そして探索者たちは、本命の中央の道に進む弾となった。
先に行け、お前が行け、などと争いをしながらも、彼らは俺のいる10メートル・ダンジョンの深淵へと足を踏み入れていった。
そこで目にした光景に、彼らは息をのんだ。
犬と犬をダメにする箱で、足の踏み場もないほど埋め尽くされていたのだ。
「新型ゴーレムはどこだ?」
彼らはぽかんとしていた。
さっき時間稼ぎをした隙に、新型ゴーレムは解体して、ダンジョンの壁に畳んでたてかけてあった。
よもや、犬をダメにする箱がゴーレムの正体だとは気づくまい。
「穴が違うんじゃないか? 目印の位置を入れ替えられたとか?」
「……ちくしょう」
探索者たちは毒づくと、踵を返して帰ろうとした。
その際、太刀をびゅん、とひと振りしていった。
部屋に立てかけてあるダンボールを薙ぎ払ったが、当ダンジョンの最強モンスターでできたダンボール壁はびくともしない。
探索者たちの斬撃を見事にしのいでみせた。
まったく、万能素材だぜ。ダンボール・ゴーレム!
探索者たちは、頭の上にぼとぼと、と降ってきたスライムたちを気味が悪そうにふるい落としながら、ダンジョンから急ぎ足で立ち去って行った。
防衛戦、なんとか成功である。
ようやくのんびりすることができるようになって、俺と助さんは、はーっと息をついたのだった。
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