第4話

「インプ! 犬!」


増えすぎだろ、アリ。

ダンジョンに溜まっていた俺の魔力が、一気に解放されたみたいだった。


犬は興奮してアリをぺろぺろと舐めまくっていた。

その体にどんどん魔力素がみなぎっていくのが分かる。

だが、アリはますます増加していく。

アリの増殖量に対して犬1匹では焼け石に水であった。

インプはアリから逃れて、俺の顔面にしがみついていた。


「ひぃぃぃ! こ、怖いのですよぉ!?」


「い、インプ、ちょっと離れてくれ……」


そうこうしている間にも、アリが俺の体をがじがじ齧っているのがわかる。

おいアリ! 俺をかじるな!

ちくしょう! アリの巣になるなんて嫌だぞ!


そのとき、犬の体がまばゆい光に包まれた。

どうやら、魔導白書と同じ光を放っている。

これは……一体なんだ?


「し、進化するみたいですよ?」


「進化……!? もう進化するの!?」


さすが爪も牙もない最低スペックのモンスター。進化するの早い。

オリジナルモンスターだから、俺が進化後の特性を決めてやらなければ進化してくれないらしい。

俺は、進化後の犬の特性を頭に思い描いた。


「モンスターって、ヒールとかできたよな!?」


「は、はい、できるのですよ!?」


まずは、ボロボロに食い散らかされた俺の体をなんとかしたい。

ヒール能力は必須だ。

そしてこのアリどもを駆逐するぐらいの繁殖力がなくてはならない。

モンスターの中に、分裂によって増殖をするのがいた。


「特性追加! ヒール能力! 分裂!」


魔導書にごっそり魔力を持っていかれる感じがして、俺は気を失いかけた。


犬は進化した。


見た目はまったくと言っていいほど変わっていないが、体が若干大きくなった感じか。

種族名を見ると『進化犬』となっていた。

名前は超適当だな。


進化犬は「くぅ~ん」とひと鳴きすると、ぽぽぽぽん、と音を立てて増えていった。


アリを食べる戦力は一気に数倍である。

すごい早さで増殖していく。

忘れちゃならない、俺の体もぺろぺろ舐めまわして、体にもぐりこんだアリを除去すると同時に、ヒール能力で俺の傷を回復していった。


すごいぞ、進化犬。

インプも進化犬に慣れたのか、よしよしと頭を撫でてやっている。

俺も手足が壁と同化してなけりゃあ撫でてやったのにな。


「おい、インプ。インプってお前の種族名じゃないの? 名前はないの?」


「名前? ははは、そんな高尚なものはこのインプ、備えておりませんよ?」


「それじゃ、呼ぶとき面倒くさいだろ。じゃあ……俺が核さんだから、お前は助さんな」


「はっ……はわわわっ!」


俺は軽い気持ちで名前を付けたのだが、そうも行かなかったらしい。

インプは飛び跳ねると、部屋の隅に飛び下がって平伏してしまった。

まるで印籠を出されたみたいだ。


「お、おい? そんなに驚くようなことかよ?」


「い、いけません、核さん……! 我々モンスターは、名前を付けられると……!」


「名前を付けられると?」


でかい魔法をぶっぱなしたときのように、全身から魔力が抜けていくような感覚を覚えた。

魔導書がキラキラと光を放って、また新たな1ページが書き込まれたようだった。

そこにはインプとは別に、「助さん」の固有名を持った個体のページが刻まれていた。


なるほど、『固有種』として、新しい種族になってしまうのか。

さらに進化という形態変化を得て、種族名は『ベリー・インプ』となっていた。


進化後と進化前の種族はまったく別物で、子供も作れないと聞いたことがある。

つまり、その他大勢のインプから自分だけがまったくの別種になってしまうのだ。


俺だって進化するかどうか聞かれたら、できれば進化したくない。

人間やめたくない。今はもう、結果としてダンジョンの核なんかになってしまったわけだけど。

そりゃあ恐ろしいな。


「ごめんよ。じゃあ、元に戻すに……は……」


平伏する助さんを見やって、俺は言葉につまった。


そこには緑色の顔をしたおっさんがいたはずが、いつの間にか白い髪の可憐な少女になっていたのである。

服はおっさんと同じ簡素なもので、ゆるゆるな襟ぐりからぺったんな胸がさらけ出されていた。


なにそれ。


なにそれ、ありえなくない?

進化ってなんなの?

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