川田稔『昭和陸軍の軌跡 永田鉄山の構想とその分岐』を読む。

 最近のテーマでもある戦前シリーズ。

 日本史の勉強(山川の教科書レベルだけど)のし直してみると、やっぱりどうしても日本が太平洋戦争に打って出てしまったのかがよくわからない。中国(清、中国国民政府)やソ連と戦争(ノモンハン事件を含め)するのは、もちろん正しい選択ではないが、物資調達の観点、あるいは地政学的観点からもある程度合理的な説明がつく。

 でも広い広い太平洋を挟んだアメリカと直接対決をする必然性は論理的に説明しづらい。アメリカだって第二次大戦にはできるだけ不介入の立場を保っていたし、英国を支援はしていたけどぎりぎりまで直接介入は避けていた。なのに、極東の島国に対してはどうしてそこまで強硬な姿勢を示したのか? っていう疑問に対する答えが自分の中でなかなか見つからなくて、最近関連書籍を読んでる、みたいなのがどうでもいい経緯。

 

 本書は張作霖爆殺事件からの陸軍の動向を永田鉄山、石原莞爾、武藤章などの中心人物にスポットライトを当て、多数の資料や証言を元に検証している。

 この本を読むと、太平洋戦争に突入した原因がありとあらゆる箇所に存在するということがわかる。どうしても歴史をさらりと学んでいくと関東軍を中心とする陸軍の暴走が目立ち、陸軍をコントロールできなくなった政府が判断を誤り、戦争に突入した、という簡単な構図で説明されてしまうが、やはりそれだけではない。

 陸軍自体も一枚岩でないことがわかる。いくつもの派閥にわかれ、派閥ごとに意見が全く違う。石原莞爾は対中国戦争の戦線拡大に対しては消極的であったのに対して、武藤や田中新一は戦線拡大を主張して石原を中枢から追放する。この選択は結局日中戦争の拡大に繋がり、戦争拡大のための資源がまた必要になり、最終的には仏印進駐の原因にもなる。

 また、武藤章のように日米戦争は回避すべきという姿勢を崩さない者もいれば、田中新一のように対米戦争は不可避であると断言する者もいた。戦争直前は政府も意見が割れていて、近衛文麿は日米戦争を回避するために交渉を続けていた。陸軍も陸軍自体を統治することができず、方針が多方面に揺れ動き、同時に政府も方針が二転三転としていく。

 よく戦前の政府・軍に対して「ファシズム」という言葉があてがわれるが、機能的な全体主義は戦前日本にはなかったような印象を受ける。天皇というのも当時からもあくまで象徴的な役割にとどまり、御前会議は開かれているけれどもそこに天皇の意向が幅をきかせたことは恐らくない。かといって政府が主導して国家を全体主義へと追い込んでいるかといってもそうではない。陸軍から影響を受け続けながら惰性的に全体主義的国家運営になだれ込んでいる。

 私の中にある対米戦争に対する違和感というのは、推進力の源が不在である、という事実と繋がっていると思う。誰が戦争をしたかったのかがよくわからない。知らないうちに外堀が勝手に埋められて、いつのまにか対米戦争をするという選択肢しかなくなっていた、というような自由意志の欠如感が否めない。だからこそ、決定的な原因も見出せないし、責任の所在も明らかではない。


 人的な原因だけではない。明治から続く外債の増加、物資の欠如、世界恐慌による経済不安、様々な社会的要因も全て対米戦争への伏線として働いている。

 政府だけではなくメディアの姿勢というのも問われる。日本軍の戦線拡大を煽るような報道、近衛文麿を礼賛するような報道、それによって踊らされていく国民。すべての事象が絡み合って、結局は対米戦争に突入してしまう。一つ一つの小さな言葉の使い方、流布のされ方、そして一つ一つの小さな選択が、最終的な大きな決断に繋がってしまうことは往往にしてあることなのだ。


 戦争の恐怖は誰でも共有することができる。戦争中の人間がいかに苦しみ、いかに恐怖し、いかに死んでいったかということは写真・映像・フィクションを通じて、どの国の人間でも共有できることだ。

 しかし「戦争が起こっていく空気」を共有するのは至難の業だ。対米戦争が起こる前の国民の空気、市井の言動を事細かに証言してくれる人間の多くはすでにこの世を去っている。私たちが享受できるのは紙面を通してみる、もはや虚構となった「空気」だ(個人の証言もフィクションだけど)。

 歴史から学ぶことは多い。しかし、歴史は歴史であり、それ自体もフィクションだ。私たちが生きている「今」という未フィクションが誤った選択をしていくのを止めるためにはどうすればいいのか。「誤った選択だったなぁ」とフィクション化されてから初めて気がつくのでは遅いのだ。

 私たちが生きている「今」も、いつ何時「知らないうちに大変なことになっていた」というような事態に巻き込まれてしまうかはわからないし、何度でも起こりうることだ。戦争の恐怖だけを私たちは享受するのではなく、「いつの間にか」をなくすためにはどうしたらよいのか、と常に考え続けなければならない。

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