第5話 修理師メルレ

 メルレは三人姉妹の三番目だった。両親と優しく賢い姉たちに囲まれ何不自由なく育ってきた。物心つく頃には弟が生まれ、小さい子の面倒も見れるようになり地域でも評判の面倒見のよいしっかり者として認識されていた。

 

 勉強も運動もなんでもそつなくこなし、手先も器用だったがなにかに秀でているわけではなかった。

 そう、メルレは“能無し”だったのだ。

 メルレが“能無し”だとわかり家族は人の少ない田舎に引っ越した。能力主義の都会での生活はメルレには酷だと思ったからだった。

 両親の思惑通り、田舎は“能無し”のメルレにも優しくメルレ自身“能無し”であることを気にせず育つことができた。


いままでは。


 問題は就職だった。履歴書の能力欄に書けることが何もない。能力の有無は必須項目ではないが、採用する側にとっては重要なことなのだ。

 案の定メルレの就職活動は上手くいかず、ここ数年は家事手伝い、いわゆるニートとして実家暮らしをしていた。来年には弟が大学進学のために家をでる。一つ上の姉もすでに社会に出て一人暮らしをしているし、長女は気のいい旦那さんとの間に子をもうけて両親と二世帯で暮らしている。

 家族はメルレに家にいても良いというが、どっからどう見ても脛かじりの現状にメルレは嫌気がさしていた。


 メルレは田舎から持ってきた大きな旅行鞄を見つめる。中身はほとんどが生活必需品だ。せっかく大都まで行くのだ、あの召喚状がたとえいたずらだったとしても、ただでは帰ってやるもんか。どこかに私でもできる仕事があるかもしれない。そう思って持ってきた荷物が、まさか本当にここで役に立つとは思わなかった。



「メルレ・アンダーソンさんですね。あなたにはトランテスタで働いてもらいます」

「あの、話がよくわからないのですが…」


 大都大学事務室でメルレは出された契約書に必死に目を通しながらちょっと待ってくれと訴える。


「召喚状を受けてきたのでしょう?確かに先ほど拝見した召喚状には詳しく書いてませんでしたが事務室に回ってきた書類にはあなたをトランテスタで雇うための雇用契約書が入っているのですよ。本当に身に覚えはありませんか?」

「何一つとしてありません」


 メルレはすぐさま否定する。召喚状にはトランテスタに来いとしか書かれていなかったし、大都大学への就職を希望したこともない。どこかの就職支援センターが勝手に申し込んだのだろうか。


「そうですか…本来ならばこんなわけのわからない状況、私たちも手に負えませんから無視してしまうのですが。困りましたねえ」


そういって事務員の女は大学内連絡用なのだろう電話機を引っ張ってきて一つの録音をメルレに聞かせた。壮年の男性の声だった。深い味わいのある理知的な声が耳に心地よい。


『カメリア夫人。さっき小耳にはさんだのだが、トランテスタでまた問題が起きているそうだね。メルレ・アンダーソンという娘が来ているそうじゃないか。彼女は僕のかつての学友の娘さんだ。彼女が希望するのなら雇ってやってくれ。』


「あなた、エドモンド校長はご存知?」

「エドモンド校長?……は、はい。父は確かに大都大学でエドモンドという学生とともに学んだと言っていました」


まさか、父の話に出てくるあのエドモンドが今は校長をしているだなんて!!偶然の再会(といってもメルレは彼の人に会ったことは一度もないが)に驚くメルレを前にカメリア夫人はまたしても困った顔をする。


「縁故入社が問題だと言っているわけではないんです。誰も文句なんて言わないでしょうし。ただねぇ…」

「…わたしが“能無し”だからですか?」


 言葉を濁すカメリア夫人と同じような反応をする人をメルレは何度も見たことがある。そして彼らが二言目には“能無し”だからと言うのをメルレは知っていた。

 だが、予想外にカメリア夫人は頭をふった。


「違います。“能無し”であろうとなかろうと関係はありません。問題は、あなたの職場なのです」

「私の…職場」


そういえば、メルレに働けといいながら一体何をするのか全く聞いていない。


「メルレ・アンダーソンさん。あなたの職場は修理室なんですよ。でもね、トランテスタに修理室があるだなんて私たち誰も知らないんです」


周りでそれぞれの作業をしながらもこちらの様子をちらちらと伺っていた他の事務員たちがこくこくと頷いた。


「校長はこの通り雇えと仰っていますけれど、ありもしない職場に採用していいものか悩んでいたのです」


カメリア夫人が唸って見せる。そんな彼女の悩みをよそにメルレは修理室と聞いてあの地下室を思い出していた。


(修理室って、きっとあの部屋だわ)


メルレに本格的な修理の技術はない。しかし手先は器用だと自負しているし、田舎では壊れたものは直して使うのが当たり前だった。


やってできないことはないだろう。それになにより、アルヴィンが直したものの美しさと言ったら!優しいオルゴールの音色がまだメルレの耳に残っている。自分がそうであったように、大切な思い出のある品が美しくよみがえるのは心が温かくなる。嬉しくなる。アルヴィンの下でそんな仕事の手伝いがメルレにできるのならば…


「修理室ならわかります」

「まあ」

「どんな仕事かもわかります!やります。私を修理師として雇ってください」


メルレはカメリア夫人にそう告げ、雇用契約書にサインをした。


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