第57話 あたしがけりをつける。

(一)

「龍造寺軍約五千が、疲労困憊の様子で小郡の辺りを引き上げております。」

 柳川城で伝令を聞いた田尻鑑種が息巻いた。

「鎮漣今じゃ!熊を討ち取り、龍造寺家を一気に攻め滅ぼしてくれようぞ!」

 家老の蒲池鎮久が懸念を述べた。

「筑前からまだ引き上げていない熊の息子たちの軍併せて二万、既に肥前に引き上げた鍋島直茂らの二万のことも考えねばなりますまい。」

「そのようなこと、熊を討ち取ってから考えればよい。あの熊を、今奇襲をかければ確実に討ちとれるのじゃ。このような千載一遇の機会は滅多にないぞ!」

「確かに…、しかし今の隆信殿は云わば手負いの獣。我が軍もただでは済みますまい。」

「そんなことを考えておって戦が出来るか!鎮漣、何を黙っておる。秋月からも、暗に今攻めよと言ってきておるのじゃろう。うぬが当主として決断をせよ!もはや我らは龍造寺に反旗を翻したのじゃぞ。どのみち、熊めとの戦は避けられぬのじゃ!」

鎮漣は苦しげに眼を閉じていたが、弱々しく目を開けるとぽつりと言った。

「隆信殿は玉鶴の父上…わしも義父(ちち)と呼んだお人じゃ。苦境につけ込んで攻めるようなことはできぬ!」

鑑種は鎮漣につかつかと近寄ると、襟元をぐっと掴んだ。

「甘い甘い!そんなことで戦国の世を渡っていけるか!いいか…お主はもはや、その義父上に反逆しておるのじゃぞ!それに、相手の弱みにつけ込まんで龍造寺に勝てるものか!」

鎮漣は伯父の手を掴んで言った。

「伯父上、心配せんでもわしは負けはせぬ…。」

「そんなことは聞いておらん!勝ちきるのか?お主は龍造寺を滅ぼす覚悟はあるのか?滅ぼさねば滅ぼされる。それが戦国の習いじゃぞ!」

手をほどいて言う鑑種に、鎮漣は苦しそうに眦を下げながら言った。

「難しいことはわしにはわからん!ただ、わしは誰にも負けぬ。それがたとえ義父上であってもな…。」

鑑種は鎮漣をにらみつけていたが、ふぅと息を吐き「もうよい。」と言った。


確かに、こやつの武は天下無双じゃ。あの熊めにもそうそう負けはすまい。

しかし、この性根の甘さ…。こんな甘いことで戦国の世を生き残れるのか?

わしも田尻家の当主として、いろいろ考えねばならんようじゃな。


(二)

「昌直よ、わしは決めたぞ。」

輿の上で隆信が差し招いて言った。

「なんでっしゃろ?」

「わしは子を作る。この熊の跡を継ぐに相応しい子をな…。」

「えっ!御子はもう何人もいらっしゃいますがな…。」

隆信は大袈裟に首を横に振った。

「今回ではっきりしたが、わしの後継ぎには足りない子ばかりではないか!このままでは、わしが死んだ後、あの甥めにこの龍造寺は好きにされてしまうわ!」

昌直はしっと指を口に当てた。

「お声が高すぎまんがな…。この戦乱の世、伯父甥でも油断できへんのだっせ!」

隆信はかまわず続けた。

「あの甥たちを見よ…。知勇に優れ、調略も完ぺきにこなせる。いずれも、わしの甥というに相応しい者どもよ。つまり、龍造寺の種は悪くないのだ。問題は畑よ。政家たちの母は、わしの子を産むに相応しい畑ではなかったのだ。」

「誰ぞ…相応しい畑を見つけなはったんでっか…?」

隆信はにやりと笑って頷いた。

「それはよろしおすが…一体、どこのどなたはんで…?」

「当ててみよ。」

昌直はしばらく考えて…思いっきり頭を横に振った。

「あれは…あれはいけまへんで!あの一族には呪いがかかっとるちゅう噂もありま!龍造寺に不吉をもたらすことになりかねまへんで…。」

隆信はにやりと笑った。

「呪い…面白いではないか。数年前、幼いあやつが、わしに向かって刃物を投げつけたのも何かの縁…。あの燃ゆるような眼、なぜか忘れられなんだ。この熊の血と宿敵である雷神の血が混ざって生まれるのだぞ。どんな子になるか楽しみではないか…。」

「あの雷が…嫁によこすと思いまっか…?」

「さらってくればよかろう。お主の得意とするところじゃろう…。」

昌直は呆れたようにため息をついた。そこへ、伝令が馬をとばしてやって来た。

「なんやねん…。」

書状に目を通した昌直はにやりとして呟いた。

「仕事熱心なやっちゃな…。戦費がかさんだ後や、助かるで…。」

「なんだ…?」

隆信が聞いて来る。

「例のあれですわ…。」

「泥亀か…。」

隆信は顔をしかめて言った。

「戦費など助かってはおるが…あまり派手にやり過ぎぬよう釘を刺しておけ。筑前にせよ筑後にせよ、いずれは我がものとなるのだ。その領民はわが領民と考えよとな。」

「へへっ。」

昌直は平伏したが、内心は「何を綺麗ごと言うとるねん。」と感じていた。


(三)

村の入り口からぶすぶすと燃え残る火

もうもうと上がる煙

焦げたような臭い

血の臭い

それに入り混じる何ともいやな臭い

走り込んだ金牛らは、道に倒れる村人たちの遺骸を見た。

一様に血に塗れ、手足が千切れている者もいる。

倒れているのは年寄りばかり

子供たちや若い娘たちの姿は無い。


「お竹婆!」

お竹は村の入り口側で、鎌を手にしたままうつ伏せに倒れていた。

揺するとぽろりと頭が外れ、どす黒い血が噴き出した。

「ひどい…。」

蜊が泣きながら言った。

「…紅猿!」

村の中央にたたずむ姿は、間違いなく五飛将のひとりだ。

「てめえ、そんなところで何やって…!」

近づいた美馬は、己が口に手を当てた。

紅猿は腹に十本もの槍を受け、立ったまま死亡していた。

「飛天!!」

蝙蝠が叫ぶ。

紅猿が絶命している中央近くに立つ家の壁に

無数の矢に貫かれた飛天が貼り付けられ命を落としていた。

「いったい何があったんだよ!」

蝙蝠が金牛の胸元を掴んで激しくゆする。

「あたしにもわかんねえよ!」

金牛は叫び返した。

「待って…静かに!声が聞こえる…。」

美馬が叫んだ。

「こ…こ…た…すけ…。」

古井戸の方から微かな声が聞こえてくる。

走っていった金牛は、井戸の底に向かって叫んだ。

「てめえ、そんなとこで何をやってやがる!」


(四)

 助け出された北斗は、土下座して泣きじゃくった。

 金牛たちが立花山へ向かった翌日早朝、隠し谷は泥亀率いる荒くれたちの奇襲を受けたという。

 起きぬけの北斗たちは精一杯戦ったが、敵には二十名ほどの剣の手練がおり、不意を打たれたのもあって、抵抗は空しく終わった。

 まず、屋根から屋根へ飛びまわって戦っていた飛天が弓でやられ、次いで男どもをちぎっては投げしていた紅猿が力尽きた。

 北斗は剣の手練三名を相手に戦っていたが、頭を束でがつんとやられ、腹を斬られてよろついたところ、血で足が滑り古井戸へ転がり落ちてしまった。そのとき、手と足の骨を折り動けずにいたのを敵は死んだと思ったらしい。

 動けずに耳で聞く外の様子は地獄だった。

 荒くれどもは逃げ回る村人たちを、あざ笑いながら刀や弓で殺していった。

 村に火をかけ、奇声を上げながら田や畑を踏み荒らした。

「ひひひひ、野郎ども、もっとやれ!こりゃあ金山で強制労働させられてた俺様の仇討ちだ!」

 泥亀の笑い声が今でも耳に残る。

「それで…三途たちは?」

 美馬の問いに北斗は頭を横に振った。

「わからねえ、女や子供たちと一緒に、どっか連れて行かれちまったよ…。」

「わからねえだと!てめえ、姐さんにあんな啖呵きったくせに!そもそも井戸に落ちたんだって隠れてたんじゃねえのかよ!」

 美馬は北斗の胸倉を掴む。

「やめな!」

「だって姐さん!」

「やめろって言ってんだ!行先は一つだ…そうだろう?」

「それがわかってんなら、すぐ助けに行こうぜ!」

「まちなって!状況を良く聞かねえと…。」

「何を悠長な…、あたいは一人でも助けに行く!」

「ちょっと待ちなって…おお!」

 美馬は一人で走り去った。

「姐さん…。」

 蜊が心配そうに言う。

「あいつのこった無茶はしねえだろうよ。なあ蝙蝠よ。」

「へえ。」

「北斗を頼む。」

「姐さんは?」

「今回のことはあたしひとりに科がある。あたしが侍同士の争いに首さえ突っ込まなきゃ…。あたしが留守さえしなきゃ、こんなことにはならなかった。全てあたしの罪だ。北斗は何も悪くねえ…。」

「姐さん…。」

 北斗が身体を起こそうとするのを金牛が押しとどめた。

「だからあたしが片をつける。女子供や、美馬のこともまかしときな…。」

「ですが…姐さんひとりじゃあ…。」

蝙蝠と手下たちが立ち上がる。

「誰もついて来るんじゃねえ!」

気迫のこもった大声だった。

「今回のことはあたしが悪い。だから、あたし一人でけりをつける。いいな!」


















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