第42話 筑前騒然

(一)

 天正七年八月 豊後府内城では定例の加判衆合議が行われようとしていた。

加判衆とは、主君を補佐し、重要事案を審議決定する機関であり、かっては道雪もその任を務めていた。今は主君・義統を補佐する体制として、田原紹忍・その養子の親盛(宗麟の三男)、三家老家の吉弘統運、吉岡鑑興、臼杵統景、新任の朽綱鑑康、志賀親度(宗麟の娘婿)、その子で史上最年少で加判衆となった親次(宗麟の孫)の八名がその任にあたっている。

 遅れて入って来た紹忍が、上座が無人なのを確認して露骨に顔をしかめた。

「殿は?」

 書記役として侍していた一萬田鑑実が応えた。

「未だ寝所を出られずして…。」

 紹忍は天を仰いでため息をひとつついた。

またか…。

「今度は誰の内儀だ?」

小声での問いに鑑実も小声になる。

「小納戸役・穴見左京の新妻で…。」

 困ったものだ。この件にかけては宗麟もひどかったが、こんなところだけ似てどうする。色に関して宗麟は手当たり次第だったが、義統はもっとたちが悪い。器量よしの人妻、それも新妻を好んで欲しがり、二~三日たっぷりなぶり者にして放り出す。寝とられた夫までよいなぶり者であり、人のものを強引に奪うのを楽しんでいる風すらある。呑気なものだ。こちらが後処理にどれだけ気を使っていると思っているのだ。ただ、わしにとっては…

 出世の大切な手づるだ。

 家を継ぐべき男子がおらず、宗麟の子を養子に迎えている紹忍にとって、おのれの出世のみが興味の対象だった。


「殿は後から来られよう。はじめておこうではないか…。」

 紹忍の声かけで合議は始まった。内容は耳川の戦い以降の国替え処理とその後についてである。事務的な議題があたりさわりなく決定されていく。

「さて、今回の議題はこれまでだが、皆の方から他にないか?」

 ついに義統の参加ないまま合議は終わろうとしていたが、これもいつものことである。粛々と終わるのみ…紹忍はそう考えていたが…。

 志賀親次がすっと手を上げた。

「これは少左衛門尉殿、なにかおありか?」

 若年だが、宗麟お気に入りの孫の意見を粗略にはできない。ただ、個人的にはうっとおしい。紹忍は家老になるのをあきらめてはいないが、耳川以降台頭してきたこの若者こそが一番の邪魔者ではないかと考えている。史上最年少の加判衆の後は、史上最年少の家老。血筋的には何の不思議もない。いや、このままでは確実にそうなる。本気で、今のうちからなんとか足を引っ張る方法を考えねばならない。

「筑後を失ったこと、そして今の筑前の現状をいかがするか…議論すべきでござろう。」

 紹忍は内心、ちっと舌打ちした。わかっておるわそんなこと。どうしようもないと思うから、あえて議題にしていないのじゃ。どうかできるならしてみい。

「筑後を失った責任は斎藤統実にあり、斎藤家の所領は一万石に減封のうえ、既に豊前に国替えしておる。筑前は守護代の高橋紹運に任せている。何を議するところがあると言われておるのじゃ?」

 親次は立ち上がって言った。

「耳川の敗戦以後、我が大友家の威信地に落ち、筑後を維持できなかったは痛恨の極み。道雪様や、ここにいる朽綱鑑康様からも維持するための提案があったに、手を拱いて何もしなかった加判衆の責任や小さくない。しかし、今更言うても詮無きこと…。筑前に出回っている十カ条の非難書の影響含め、大友家としてどう対処するか話しあうべきではないですか?」

 静かな話しぶりだが、内容は痛烈な面罵に近い。本来は短気な紹忍は、相手を考え怒りをこらえながら言った。

「確かに、筑後のことは今更話しあう必要もござらん。一方で筑前には我が家の武の双璧がある。問題解決をそこに委ねてはいかぬと仰るか?」

 これには朽綱鑑康がたまらず口を開いた。

「道雪と紹運は確かに武の双璧じゃ。だが物にはおのずと限界があろう。筑前全体の兵力は約四万、道雪と紹運の兵は併せて五千、兵力差七倍もの国人を管理せねばならぬのに、その国人が耳川の敗戦とこの非難書によって、ことごとく背こうとしておる。そのうえ南西からは、あの熊めがよだれを流して隙あらばと狙っておる。いくら神がかりの武を持つ二人でも、七倍以上の圧迫を受けてはいつまでも耐えられるものではない。」

 紹忍が口を尖らして反論した。

「ではどうなさるな?この豊後も耳川の戦いの疲弊で、兵を送れてもせいぜい二万じゃ。その七倍以上の圧迫とやらにとても耐えうる状況ではないのだ!」

 親次が遮るように続けた。

「よってでござる。ここは思い切って筑前を放棄し、豊前豊後に力を集約して反攻のときを待つのはいかがか。」

 紹忍は鼻で笑った。

「せっかく得た筑前を…。大殿や殿がお許しになろうはずがない!お若いな…そのような荒唐無稽な!」

 これには親次の前に鑑康が怒った。

「何を言うか!筑後のときは何ら手を打たなんだくせに…。これを荒唐無稽というなら、なにか代案を示してみよ!」

 紹忍が更に言い返そうとした時、がらりと障子が開いた。義統がやっと来たかと一斉に向いた一同は、赤い顔をしてわなわな震える宗麟の姿を見た。手にはくしゃくしゃになった書状が握られている。

「これは大殿!」

 紹忍が走り出て案内しようとするのを、宗麟は蹴り飛ばした。

「…!」

 驚いて目を白黒させる一同に、宗麟の怒りの声が響いた。

「これは何じゃ!こんなものが出回っておるのに、加判衆ひとりなぜ知らせに来ぬ!」

 書状を開いてばたばたうち振る。その怒りようから、それが十カ条の非難書であることは字を読まずとも明白だった。

「いや、それは…。」

 目の前に平伏する紹忍をあらためて蹴り飛ばし、宗麟は満座を睨みつけつつ命令した。

「出兵じゃ。この大友家あらん限りの兵をもって、これに名のある秋月、宗像、原田、麻生など攻め滅ぼしてくれようぞ!」


(二)

「出兵じゃち?馬鹿んこつば言うな!そげなこつすれば、迷うちょる国人まじ敵ぃ追いやるこつになっばい!」

 宗運ががなりたてた。

「私もそう思います。しかし御坊、この書状の翌日には兵が組織され、その翌日には豊後を立ったと鑑康様から知らせが来ております。」

 紹運は冷静さを保って言った。

「そや速か!宗麟公の怒りの程度が知るるちゅうもんばい。そいで、兵はいかほどな?」

 宗運はぽんと膝を叩いた。

「豊後で一万五千ほどとか…。あとは豊前衆に声をかけ一万、私と道雪様の兵併せて三万という計算で…。」

 言いながら紹運は不安を隠せなかった。

「そう計算通りいくか…。とくに豊前衆が言うことをきくかじゃな。あの非難書、豊前にも相当出回っておるらしいし、耳川以降の仕置が不公平じゃと、斎藤統実らが言いまわっておるらしいしの…。」

 道雪がこめかみをぽりぽり掻きながら言った。

「軍の総大将は…?こがんこつになってん、相変わらず紹忍か?」

 紹運は頭を横に振った。

「志賀親度殿です。南豊後衆四千を引き連れて…。」

 宗運は身を乗り出した。

「ほんなぁ、息子ん親次も一緒な!そいなぁこん戦、勝てる見込みがあっとばってんが…。」

 紹運は再び頭を横に振った。

「いいえ、親次殿は豊後の守りの要ということで、大殿の強硬な反対があり残されたそうです。朽綱鑑康殿もまた、筑後への備えということで出兵を許されなかったとか…。」

 落胆した宗運は座り込んで言った。

「なんちな!欲深で日和見ん親父どんだけな…。四千を率いてち、戦の経験自体が少なかろうが、どがんすっとだろうか。」

 紹運は言葉を続けた。

「数は少ないですが、残りは吉弘勢二千、吉岡勢二千、臼杵勢三千、佐伯勢千、杵築勢二千、宇佐勢千と大友軍の主力です。将としても、元服なったばかりですが、わが甥・吉弘統運など見所のある武将も参加しております。豊前勢も少なくとも、直臣である斎藤統実、長野康盛は不満はあるにせよ参加せぬわけにはいかんでしょう。」

 宗運は自分の額をピタピタ叩いた。

「そがんじゃとしてん千ばかし増ゆるだけじゃ。問題はどう攻めるか、そいによってんどいだけん国人が敵に回いか違いが出ちくっど!」

 書状を閉じながら紹運は言った。

「軍の目標ははっきりしております。」

 道雪はニッと笑った。

「当ててみしょうか…。」

「おわかりで…?」

「おるにもわかっばい!大将を考えれば簡単じゃ。」

 道雪は目前に広げられた筑前の地図を指差した。

「あいちゃ、先に言われたばい!」

「その通りでござる。」

 腕を戻した道雪は、ため息をつきつつ腕を組んだ。

「欲深な親度らしいわ。よりによって帆柱城、…筑前の金蔵といわれる麻生氏の城じゃ!」


(三)

 そのころ龍造寺隆信は、軍師・木下昌直が具申した筑前に対するある戦略の前がかりとして筑後・河崎氏に対して出兵した。筑後北方・八女の山中にある河崎鎮則の居城・伊駒野城は断崖絶壁に周囲を囲まれ、大手門に至る道すら獣道に近く、支道あまたあって兵が迷いやすく。その道は城から矢の餌食になりやすいよう設計され、まさに攻めかた不明の難攻不落を誇っていた。長年大友家に属し、耳川で大友家が凋落してもなお、わずか一万石ではありながら日の出の勢いの龍造寺家の降伏要求を撥ねつけてきたのは、名家出身の河崎鎮則が成りあがりの龍造寺を馬鹿にしていただけでなく、この城の堅固に頼るところ大きい。鎮則はいま、この城に三百の兵と共に籠っている。

 隆信は自ら三千の兵を率い、この堅固な城の攻略に乗り出した。肥前だけでも二万以上の兵を動員できる隆信が、あえて三千の兵で攻略するのは政治的な意味が大きい。このくらいの城なら三千で落として見せるといったところを、蒲池鎮漣の豪勇に惹かれつつある筑後の国人たちに見せつける必要があったのだ。

 伊駒野城に登る道は、事前に乱波を使って調べたところ三道あった。昌直の分析によると、ひとつが大手門、ひとつが搦め手門、最後の一つは行き止まりに至る罠であろうということだった。三千の兵では、この長大な山城を囲めないので兵糧攻めも出来ず、力攻めをできるだけ効率よくやる必要があった。隆信は成松信勝に千、百武賢兼に千、鹿江兼明に五百を与え、三道に兵を分けて攻め上がらせることにした。そして、自らは五百の兵と麓に陣を張り、どっかと座って戦況を見守った。本陣には、一刻ほどして次々と戦況がもたらされた。

「成松信勝様、搦め手門に到着、城中からの雨のような矢の攻撃に、森からなかなか出られないとの御報告!」

「百武賢兼様、上がった道は罠と気づき、少々の犠牲は出されましたが、一旦下山中!」

「鹿江兼明様、大手門に御到着!城内からの矢弾凄まじく、なかなか攻めきれないとご報告!」

 聞いていた隆信のこめかみに血管が黒々と浮いてきた。

「!!!!!!!!」

 言葉にならない野獣の叫びと共に床几から立ち上がった隆信は、昌直に本隊で大手門への道を駆けあがれ、わし自ら攻めてくれんと言った。その剣幕に否応なく、昌直は全軍突撃の指令を下した。


 実は本隊五百が駆けあがっていく大手門への道には、戦の直前に隣国・高屋城の五條鎮定が五百の兵を伏せていた。鎮則と立てた戦術により、先行する五百の兵をやり過ごし、隆信本隊のみを狙っている。難攻不落の伊駒野城には、さしもの龍造寺勢も攻略に手間取るはず、そして手間取れば、短気な隆信は必ず自ら攻め上がるとの計算であった。

「うわっ!」

「ぐぉ!」

「伏兵や!殿をお守りせよ!」

 兵が矢に射ぬかれて倒れ、昌直の緊張した声が本隊に響き渡る。

「どこや、どこから撃ってきよんねん?」

 逃げ場のない森の中で、兵で隆信を囲んでじりじり下がりながら昌直は叫んだ。

 うぉー

 繁みの中から喚き声を上げながら次々と敵兵が斬りつけてきた。

 どしゅ ずさっ

「殿を、殿を早く麓へ!」

 円城寺信胤は敵を斬り防ぎながら昌直へ叫んだ。

 ばしゅ どひゅっ

 いったい、何人わいて出るのだ。

 信胤は後方の隆信を庇いながら敵を斬り伏せていく。

「上や!上!」

 昌直が後ろから叫ぶ。

なに?上…うえとは?

最初意味がわからなかった。

「木ぃの上や!弓、ゆみっ!」

 はっと上を見た。樹上に無数の射手の姿が見えた。こちらへ向けて一斉に矢を放つ。

「し…まった!!」

 避けられないことは一瞬でわかった。仙としての人生が走馬灯のように巡る。

私は…死ぬのか…?

 時が止まったようだった。矢がゆっくりと向かってくるのが見える。ゆっくりだが避けられない。信胤は静かに目を閉じた。

 ど ど ど ど ど ど

 嫌な音がした。矢が肉に食い込む音 不思議と痛くは無い。死ぬ時はこんなものか?

 うっすら目を開けた。こんなに暗かったっけ…。木立からのぞく陽の光が当たっていたはずだが?

 ぽたぽた赤い血が落ちる。やはりやられていたか…、どこを?上から?

 頭の上から血は落ちてきた。びっくりして振り返ると、巨大な影が信胤を覆っていた。

「け、け、け、怪…我…無いだか?」

 口から血を流しながら、間の抜けた馬面が言った。背中に矢を無数に生やしながら…。

「お前、どうして!?」

 信胤が手を伸ばすと、大男はずんと音を立てて前のめりに倒れた。

「そうか…怪我無かったか…よかったー。」

 うわごとを言う大男を、信胤はいつまでも揺すり続けた。


 この伏兵騒ぎは成松信勝と百武賢兼の心に火をつけた。成松軍が、まさに炎のように城を攻め、伏兵から一刻かからずに城を落とすと、大手門への道に急行した百武軍は、五條軍をさんざんに打ち破った。結局この日、伊駒野城は隆信の手に落ちたのである。


(四)

 麻生鎮里の治める帆柱山城は、筑前北東部二日市のあたりに位置する。この地は、門司から博多へ抜ける内陸交通の要衝であり、山側では良質な杉がとれ、その商いをも一手に担う麻生家は実質五十万石ともいわれ、その石高八万石以上の財力を持っていた。また名族・宇都宮氏の庶流であり、西国探題大内家に長く仕えていたものを、大友家の力が強大になったため仕方なく臣従していたのであり、もともと忠誠心が強かったわけではないので、大友家が衰退すれば背くのは自然の流れであった。

 さて、帆柱山城は、筑前帆柱山の中腹に位置し、尾根沿いに北に花尾城、西に竹ノ尾城という二つの支城を持ち、この三つの城が連携して防備をなすいわいる三つ子の城である。鎮里は帆柱山に千五百、花尾に千、竹ノ尾に五百、併せて三千の兵を抱えていた。同盟を組む原田隆種は、更に北方五里ほど隔てた筑前糸島の高祖山城を本拠として二千の筑前有数の精兵を有する。即座に援兵に駆け付けられるのは、地理的にこの原田軍だけだった。他の同盟三家は、秋月種実の古処山城(千)が中部の朝倉に位置し、宗像氏貞(二千)の蔦ヶ岳城は北西の宗像に、杉興運(五百)の犬鳴城は中部鞍手郡にあり、原田・麻生とは連携の取れる距離では無かったのである。

 帆柱山は険しく、いきなりの城攻は困難である。まず尾根沿いに繋がる花尾城か竹ノ尾城を落とすのが常道であり、北方の花尾城の方が地形的に攻略しやすいと言われていた。総大将・志賀親度は、筑前征討軍全軍を花尾城麓に集結させた。征討軍は、豊後からやってきた一万五千に、筑前国人の小田部道魁、大鶴鎮正の二千併せた一万七千である。道すがら豊前国人の参集を期待したが音沙汰なく、大友直臣の斎藤統実、長野康盛ですら兵が整わぬとして参加していない。

「守護代の高橋紹運、それに立花山の道雪はどうしたのだ?未だ軍に参加せぬとは、大友本家に異心ありや?」

 吉弘統運が反論した。

「高橋殿の居城岩屋城は、筑後や肥前との境に有り、龍造寺軍の動静を掴めねばうかつに動けぬかと。また、道雪様の立花山城については、地理的に敵の首塊・秋月、杉、宗像の三家に囲まれており、その動静を見極めねば動けぬと存じます。」

 それを聞いた志賀親度は、床几から立ち上がり顔を真っ赤にして怒鳴った。

「この征討は、かしこくも大殿様の命である。家臣であるなら万難を排して参集すべきであろう!嘴の黄色い若造は黙っておれ!」

 吉弘統運も怒りをあらわにして前へ出た。

「岩屋、立花山を失うてもですか!そのような戦略を無視した暴論、私は受け付けられませぬ!」

 睨み合いとなった二将を、他の諸将がなだめ引き離した。話を変えようと、副将の吉岡鑑興が提案した。

「一万七千全軍で花尾を攻めるのでなく、北方・原田軍への備えとして、七千ほどを後方に残したらいかがか?」

 この提案を親度は一蹴した。

「二千に過ぎぬ原田めが、この大軍に攻めてくるものか!怖じ気を食らったごとき提案は採用できぬ。」

 鑑興は冷静に食い下がった。

「原田勢は筑前に聞こえた精鋭でござる。味方の危急に攻めて来ぬとは言えぬと存ずる。」

 親度はからからと笑った。

「お父上長増殿は武人と言うわけではなかったが、もっと度胸がお座りであったぞ…。」

 これには、日ごろ冷静な鑑興も刀に手をかける騒ぎとなったが、諸将がなんとかなだめ、親度の命令通り、一丸となって花尾を攻めることになった。

 花尾城大手門までは細い山道が続いている。花尾城内では、大手門に並行して数基の矢倉が組まれ、弓をもった複数の兵が見て取れた。城内の旗の数からいって、全軍で籠城の構えのようだ。

「それ!一気にもみ潰せ!」

 親度が采配を振った。大友軍は小田部勢、大鶴勢二千を先頭に大手門に向かって突撃を開始した。城内からは矢の雨が降り、兵が次々と倒れていく。

「怯むな!一斉に押し出して大手門を落とせ!」

 親度の命で、大友軍は犠牲をいとわず大手門への圧力を強めた。

「よし、大手に先鋒が着いたぞ!ほんの小城じゃ、突き崩せ!」

 本陣四千を残し、尾根に殺到した大友軍一万三千は、大軍が災いし細い山道で渋滞した。それを合図にしたように、山道の左右の森から鬨の声が上がった。

「いったいなんじゃ?」

 親度の目に左に上がった枝牡丹の紋、右に上がった柏葉紋が映った。

「あの旗印は杉に宗像…!馬鹿な!!」

 左右の森から山道に向けて矢の雨が降ってくる。それに元気づけられ、花尾城からの矢の雨も激しくなった。

「ひけ、ひけ!」

 吉弘統運が叫んだが、死体の山に遮られて上手く後退できない。

「どうなっておるのだ…。どういうことだ。」

 本陣でぶつぶつ独り言を言いながら、うろうろ歩きまわっている親度にむかい物見が悲痛な声で叫んだ。

「後方に土煙!旗印から見て原田勢の騎馬隊とおぼしき!」

 次の瞬間、数百騎の原田勢が本陣に殺到し、不意をつかれた親度の軍は総崩れとなった。その日、大友軍は多くの犠牲を出し、小田部氏の曲淵城、大鶴氏の鷲が岳城に向けて退却した。






















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