第四章第五話ー4
「冗談。今回は別で動くって」
「なるほど」
「早く行こう。屋台にひとだかりできたら花火までに土手行けなくなる」
「了解」
――というわけで、祭り会場(歩行者天国)の商店街通り。閑散としているそこも今日ばかりはいつぞやの活気を取り戻している。まぁ、いつぞやの活気あるところは見たことないけど。
「田舎の祭りってこんなもんだよな」
「比べるのが間違ってるから」
そっちの方が言い方キツいでしょ。田舎だって都会と比べたいんだよ。ていうか、比べたからここまで祭りにもスポットライトが照らされたし。
たまたま見た町内レポートには、どうして祭りが廃れてしまったのか。そしてその原因。的な感じで都会の祭りと比べていた。比較大事よ!
「んで、何から食べるよ?」
「からあげ」
「オッケー」
臭いに誘われたな。口の中がまだショートケーキだったから、甘いやついかれたらどうしようかと思った。
「へいらっしゃい! もう少しで揚がるよ。何個買うんだい?」
「ひとつで」
「はいよっ」
「祐。二百五十円」
「了解」
割り勘とはありがたい。今の時代的にこうであるべきよ。屋台の店主はその姿を見てかニヤニヤしている。
「へいお待ちっ。串は二本かい?」
「あ、お願いします」
さすがにこの状況下で一本の串を使い回すのは得策ではないというのは分かっているようだ。クラスメイトに見られてみろ。会見の質問攻めみたいに根掘り葉掘り聞かれてしまう。
「円芭から食べていいぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
串で刺したからあげにかぶりつく円芭。途端肉汁が飛び出した。「熱っ」とハフハフして、唇についた油を舌でペロリ。テカテカじゃん。
「祐、カバンの外ポケットにハンカチあるから取って」
「分かった」
目線で気づいてしまったらしい。指示通りにハンカチを取り、円芭に渡す。すると、それで口元を拭ってみせ、肩を落としてため息をついた。
「あー、熱かった……。まさか肉汁が飛ぶとは思わなかったよ」
「凄い飛んでたぞ」
「そんなに飛んだんだ。口元油まみれになってない?」
「拭ったから取れてるよ」
リップ塗ったみたくツルツルになってるけど、オシャレリップ付けてるとか言っとけばごまかせるレベルだから。それを伝えるのはやめておこう。こっそり写メりたい。けど、からあげの入ったカップを持ってるからできない!
「カップ持ってあげる」
「さ、サンキュ」
「猫舌には熱すぎるかも」
「マジか……」
絶好のチャンスだけど、今スマホ取ったら不自然か。仕方あるまい。今回は断念しよう。
「……熱くて噛めない」
「いや、さすがに噛めるでしょ」
「え〜。ふぅーふぅー。……あっちゃ」
上唇火傷した……。刺激のあるもの食べるとしみるんだよね。
「ほら、噛めたじゃん。肉汁ヤバいっしょ」
「猫舌には、火傷レベルの温度。味は美味いけど」
「でしょっ。……あ、どんどん買ってこ。人増えてきた」
「ホントだ」
からあげに集中してたから気づかなかったが、屋台の辺りにポツポツと人がいる。まだ危惧することはないと思うけど、はぐれるのは避けたいので
「まとめて買ってどっかで食べよう」
名案を円芭にぶつけてみた。いっぱい買うと歩いて食べるのも限界がある。どこか座れそうなところでゆっくり食べれた方がいいだろう。
「そうだね」
「んで、次はどこだ?」
そういうわけで、ただ買うところを描写するだけではつまらないので割愛する。やきそば・リンゴ飴・わたあめを入手し、大きな広場にやってきた。
「去年無かったよね」
「まぁ、本来は食べながら歩くのは良くないんじゃねってなったかもな」
「あ、奥空いてる」
「さり気なくスルーするの止めて……」
「はいはい」
あしらわれた。目指していた席に着き、腰を下ろす。足がじんじんする。そんなに歩いてないんだけど。これが運動不足の結果か。
「ホントに一つで良かったのか?」
「大盛りにしたから足りるでしょ」
「そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうこと?」
「直箸で取っていいのかってこと」
からあげと違ってやきそばは、個ではなく面で取るからどうしても一度口に含んでしまう箸をやきそばに投入することになる。てことはよ、間接キス扱いになりうるじゃん。
「いちいち気にしすぎだって」
「え、いいの?」
あんなに間接キスに過剰反応だったじゃないですか。まさかの答えに驚きを隠せない。
「いいも何もシェアだから」
「去年は、妹と飲み物シェアしたのもダメって言ってたのに?」
「あれは、ストローを本当に口に入れるでしょ。だからこれは別」
「そうか」
「あと、今疑似恋中でデートしてるんだから間接キスしてもオッケーでしょ。それとも嫌だった? 私とじゃ」
「そんなこと言ってないだろ」
「なら気にしない」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
口に入れた途端ソースのいい香りと青のりのコンビネーション。あとこの祭りの雰囲気で旨さが増してるね。
「美味しい?」
「旨い」
「私も食べよ。……ホントだ美味しいっ。具材はほとんど入ってないのになんでこんなに美味しいんだろ。不思議」
「青のり口についてるぞ」
「え、取って祐」
モグモグしながらテーブルにある紙ナフキンを指差し、顔を前に出してくる。いやいやいや、そんなことしたら目立つって。あとどこまで本気なのか分からない。紙ナフキンは手に取ったけど。そしゃくを終え、「んっ」と声を発した。こういうときは勢いが大事。
「じっとしとけよ」
「う、うん」
俺が身を乗り出し近づくと、目を逸らし頬を染めた。自分で言っといて照れるの止めてくれ。伝染するだろ、照れが! ナフキン越しに触れた円芭の唇は柔らかかった。
「取れた?」
「ああ、ばっちりだ」
「祐もついてる」
「マジか」
俺としたことが。つか、やきそばに青のりってなんでかけ――
「ちょっと待って」
紙ナフキンを取って、口元へ持っていこうとしたら、手首を掴まれた。びっくりした……。
「お、おう。どうした?」
「私が取ってあげる」
「いや、自分で取るよ」
「……取ってもらったし。ね?」
「わ、分かった。お願いします」
永遠ループへと繋がるワードと雰囲気を感じたので、早々にその芽を潰すことにした。身を乗り出し、円芭が俺の口元に届くようにする。
「なんで敬語なの」
「なんでだろ」
「じっとしててね」
「……」
小さいとき親にやってもらったときのことを思い出した。唇に紙ナフキンの感触。甘い香りが鼻腔をくすぐった。親でなく同世代と再認識して身体が動かない。これは顔赤くなるわ。
「顔赤くなってるよ」
「恥ずかしいんだよっ」
「祐でも恥ずかしいんだ」
「どういう意味だっ」
まるで俺が普段からそういうのを知らないみたいな言い草じゃないか。あまり声を大にして否定できない自分が悔しいっ。
「そろそろスイーツ系いこうかな」
「まぁ、そうだな」
「りんご飴っ」
ジャーン! と、効果音が似合う取出し方をし、透明な袋に入ったそれを俺に見せる。円芭にとってこっちが最も食べたいものだったらしい。
「美味いんだよな、それ」
口元がベタベタになるから、俺は買いはしないけど。……あ、また紙ナフキンで円芭の口拭かないとならない感じ? その暁には、ぜひとも拭かせていただきましょう。周りの目など気にならない。なにせ今の俺らは、カップルなのだから。なんらおかしな行動にはうつらないだろ。
「そうなの。祭りといえばこれだよ。……やっぱ美味しい」
ペロリと舌なめずりして微笑む。
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