第四章第五話ー3
今確かめなくてもいいじゃん。腕を組んでいる方の手で円芭の腕をモミモミ。うん、か細い。俺の腕は……。あ、確かに太いかも。
「太いかもしれん」
「十七・八年幼なじみやってて新たな発見だったよ」
「そうだな」
「あ、このタワーローラーすべり台ついてるんだ」
「ローダーすべり台?」
「小さい時滑ったじゃん。滑るとガラガラってローラーがなるやつ」
「あ〜、あれか。ケツ痛くなるんだよな」
見ただけでケツが痛くなってきた。小さな子と親が一緒に滑り降りていく。もし滑るなら俺が前行こ。他の男に円芭のパンツ見せない。
「……」
「え、君島さん!?」
「み、見間違いじゃないのか?」
「こっち見てきたもん」
階段から見えるローラーすべり台に指をさしている。ちょっと黙考してたものだから俺は見ていない。本当に君島だとしたら、疑念が確信に変わるよね。
「てことは、腕組んでるの見られた?」
「う、うん」
「このまま降りていっても問題無いな」
「君島さんには偽らないんだね」
「リスクが無いから」
「リスク?」
「こっちの話だ」
まさかあさひと長田に言うと、何されるか分からないからなんて言えまい。正直長田の方があさひよりも怖い。
あさひは前科があるからどうなるか分かるけど、長田は未知数。それに比べ君島は、あふれる小動物感。悪さしないべ。
「なんで腕組んでるんですかー!」
地面へなんとか戻ると、タワー入口で待ち構えていた。目立つ目立つ! 君島からのリスクはこれだっ。
「どうして君島がここにいるの?」
「偶然ですよ」
「そんなわけ無いでしょっ。私今日のこと誰にも言ってないんだから!」
え、妃奈子に言ってるじゃん。情報を漏らした犯人は我が妹と見て良さそうだな。時に疑う心を持つことも大切だなと円芭のキレる姿を見て思う俺であった。
☆ ☆ ☆
八月の上旬。夏の日本といえばジメジメ。まとわりつくような暑さに苦しみながら、近くの喫茶店にやってきた。陰キャを夏に外に出すなよな。
七月と暑さがケタ違いなんですけど。俺を炎天下に連れ出した張本人の妃奈子が通された席に着いてすぐお冷を一気飲みした。
「この世からサマーをロストしてほしいっ」
「スイカ食えないぞ」
「ウェルカムサマー」
なんじゃ、それ。熱が残っているせいか、額から出てくる汗をハンカチで拭いながら暑さで発言のおかしい妃奈子を眺める。お冷をおかわりしている。
「にしても、涼しいな」
「あたしは、寒いくらいだけど」
と言って、ぐびぐび水を飲むのは何なの。次で三杯目じゃん。寒いと口にする人がとる行動ではない。
「ところで、大事な話って?」
「まぁ、一旦落ち着かせて」
ポチリと呼び出しボタンを押下。もったいぶって大したことじゃなかったらどうしてくれよう。
妃奈子はやってきた店員にいちごショート二つにアイスコーヒー二つを頼んだ。
紅茶が良かった……。あさひと一緒に寝てもらおうかな。スマホとにらめっこを始めた妃奈子。どうせ諒とメールでイチャイチャしてんだろ。ニヤニヤしてるし。あーあ、トイレ行ったフリして帰ってやろうかな。
「お待たせしました〜。ごゆっくりどうぞ」
これまた素敵な営業スマイル。料金表に載ってるならあと一回スマイルを見たい。三百円なら出せるっ。
「妃奈子は砂糖入れる派?」
「ミルクも入れる。コーヒーはやっぱり加糖」
「程度にしとけよ」
「はーい」
言ってるそばから山盛り砂糖を投下しよった。そしてダメ押しのミルク。飲まなくても甘いって分かるわ。
「そろそろ大事な話していい?」
「それをしに来たんだろ」
「そうともいう。うわ、甘っ」
言わんこっちゃっない。妃奈子はお冷を飲み、可愛く舌をペロッと出した。だって煮物に入れるレベルの砂糖だったからな。
「でも、これがいい」
「絶対止めた方がいいぞ」
「大丈夫。コーヒーなんて早々飲まないから」
「糖分は控えめにしとけよ」
「はいはい、この話終了! 大事な話は円ちゃんの件ですっ」
「ほぉ」
聞こうじゃないの。俺はショートケーキを食べる。どうせ大したことじゃないだろ。その場しのぎの砂糖のことをもう触れてほしくないから円芭の名を出したに違いない。
さて、イチゴイチゴ。生クリームも一緒に口元へ。
「円ちゃんがおかしな行動してるのはほとんどあたしが仕組んでました。てへっ」
「……」ボトッ
「ひ、祐君。イチゴ落としたよ」
「お、おう」
なんということでしょう。ずっと妃奈子の手の中で踊らされてたってこと? ……顔が熱くなってきた。
「でもまぁ、仕組んだは仕組んだけど、途中から自発的にやってたけどね」
「どこまでが妃奈子発信なんだ?」
「それは、秘密」
「なんでだよっ」
「本人に聞いてみれば? 今日夏祭りだし」
言ってるうちから肩で笑ってるし。いっそ笑うなら堂々と笑えよ腹立たしい。
「聞けてたら今ごろ聞いてるから」
「まぁ、そうだよね。多分分からないままの方がこのあとの夏祭り楽しめると思うよ」
「究極の二択を提示すんなよ」
「いやいや、真面目に分からないままの方がぎこちなくならないと思う」
「あー、もう。どっちなんだよっ」
「教えなーい」
「何を教えないの?」
「……っ……」
さっきスマホいじってたの円芭だったのか! あ、危ねぇ。あと少し今の話を続けていたら大変なことになるところだった。ていうか、円芭の着てる浴衣がエロい。膝より一・ニセンチ上のパンツ。どうしてそう足を出すのよ。
「円ちゃん耳貸して」
「え、分かった」
イスに座っている妃奈子の顔に合わせ、円芭は中腰になる。こっちに口元が見えないように手で隠し、俺には教えてくれなかった秘密を言っているのだろう。円芭が視線を寄こし顔を赤くしている。
「円芭もなにか頼んだらどうだ?」
「あたしがここ全持ちなんですけど」
「初耳ですが?」
「だって言ってないもん」
そういう重要なことは、店に入る前に言ってくれよ。あ、だから俺に注文する機会をくれなかったのか。すました顔をし、優雅にコーヒー(激甘)を口にしている。
「大丈夫だよ、妃奈子。そろそろ時間だし」
「おっと、そうだった。そんなわけだから祐君味わってさっさと食べちゃって」
「え〜、イチゴだけは味わって食べたい」
「女子かっ」
突っ込みながらテーブルに置いていたスマホをカバンに投入する妃奈子。こいついつの間にケーキ食べ終わったんだ?
「今回は諦めて」
「ちぇ……」
「いっそケーキも同時に」
「分かったよ」
ケーキって落ち着いて食べるもんじゃない? コーヒーで口いっぱいに入れたケーキ+イチゴを流し込む。ほぼコーヒーの味しか分からなかった。会計を済ませ外に出る。
「ゴチになった」
「まぁ、たまには」
「次は俺がおごるよ」
「ありがとう。それじゃ、あたしは浴衣に着替えて住吉先輩とお祭り行くから。これで離脱しますっ」
そう言って走り去っていった。敬礼をしておちゃらけていた時妃奈子の後ろで夕日が存在を主張するという。諒に見せてやれば良かったかな。写真取り逃がすってこんな悔しいか。
「行っちゃったね」
「そうだな」
「ぎ、疑似恋。祭りデートしよ」
「オッケー。てことは、妃奈子とは別行動?」
「シスコン」
「そういう意味じゃなくてっ」
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