第四章第五話ー2
口に運ぼうとした手が止まる。聞き捨てならないセリフを聞いてしまったためだ。どこまで話したんだろうか。
「俺好みの味だ」
「全部食べていいよ」
「いや、さすがに全部は無理だよ。円芭も食べないとじゃん」
「私はいい」
「いやいや、この暑さで食べないは危険だって」
倒れられたら困る。一緒に来た人が突然倒れたら周りからなんて思われるか。そうでなくても普通にしててチラチラ視線来るのに。
「分かったよ。はむ」
「で、円芭」
「ん?」
ハムスターがひまわりの種をかじった状態で止まるみたいに、サンドウィッチを咥えたまま俺の問いかけに反応する。
「妃奈子にはどこまで話ししたんだ?」
「どこまでって?」
「俺好みの味妃奈子に訊いたんだろ。その時だよ」
「一応全部」
何が一応だかさっぱり分からん。いちいち妃奈子に今日の全容語る理由を知りたい。最早妃奈子は円芭の先生なんかね。前から思ってたけど、立場的に逆だよね。つか、妃奈子だって人にアドバイスするほど恋愛してきてないし。いや、実際のところは知らんが。
「マジか」
「全部話さないと教えてあげないって言われたから」
「別に俺の味にしなくても良かったのに。円芭の味でいい」
「……もう遅い。今度作ってあげる」
小さい声で言い、そっぽを向く。本人は聞こえないように言ったつもりだろうが、そよ風に乗って声が俺の耳に届いた。聞こえないふりをしておこう。せっかくデレ円芭なわけだし。なにも自分からツン円芭にすることはあるまい。
「あ、そろそろフルーツサンド食べて」
腹が減ったのもあってか箱の中身はまばら。当初から推していたフルーツサンドを再度プッシュしてきた。力作なんかな。
「分かった。……オレンジとホイップ旨いな」
「ホイップ溶けてない? 大丈夫?」
「全然平気」
「良かった。はい、紅茶」
「サンキュ」
なにこのアフタヌーンティー。なにこの平和な感じ。最高じゃないですか、ヤダ。ずっとこのまままったりしてたいな。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
ですよね〜。今デート中でした。立ち上がり服についた芝生をはらう。あ、円芭の白いワンピに芝生が。
「円芭。芝生ついてるぞ」
「あれ、はらったんだけど。祐取って」
「分かった。じゃあ、失礼して」
片膝をつき、ワンピの裾を持つ。なんか執事みたい。グヘヘ。円芭の生足をこんな間近で見られるぜ。つるつるしてそう。
「取れた?」
「あ、ああ。取れた」
「じゃあ、今度こそ行こう」
「そうだな」
「次は最初通り過ぎたタワーに登るから」
意外と自分の住んでる町並みを高いところから見たことないから楽しみではある。怖いというよりもワクワクが勝ってる。絶対真下は見ないようにしよ。
「もし怖くなったら手掴んでいいからね」
「恐らく平気」
このやり取りは立場が逆だよね。男らしい円芭とタワーの階段を登っていく。あ、やべ、割と高いっ。登ると高さの感じ方変わるのか。足がすくんできた。
「大丈夫、祐。顔色悪いよ?」
「も、問題無い」
ここまで来て引き返すのだけは嫌だ。せっかく円芭が考えてくれたデートプランを白紙に戻すなんてありえない。階段踏み外しても登り切る!
「ならいいけど」
「ちょっと腕掴んでいいか?」
「うん」
の、登り切るためには円芭成分を充電しないとっ。高田先輩理論を適用! 多少のプライドは投げ捨てる! お、これなら大丈夫かもしれない。
「デートのときは、苦手な物リサーチしとくのも必須だね」
「だな」
あえて相手の苦手なところ行って今みたくくっついてもらうっていう手もある。と言うのは、口に出さない。
「あ、頂上着いた」
「やっとかっ」
そんなこと言いつつ、もう着いちゃったとガッカリしながら手を離す。円芭の腕にもっと触れていたかった! くせになりそうな柔らかさなんだものっ。
「一番眺めいいところまで行くよ」
「おっす」
「手離して平気?」
「どんとこいっ」
「その言葉スタスタ歩いてくる人がいうセリフだから」
「人がいたから手を離した」
「芝生のところも人割といたじゃん」
「この距離だとしっかり手元見えちゃうだろ」
「べつにいいじゃん。知り合いなんてこのタワーにはさすがにいないんだし」
「まぁ、そっか。帰りは腕組んで降りていいか」
また腕に触れられる。しかも、今度はべったりが可能ときた。鼻息荒くならないようにしないと。
「いいよ」
「え、いいのっ」
「減るもんじゃないし。あと男女の友達同士でも腕組むから。なんの問題も無いの」
「な、なるほど」
いざとなったら友達を貫くらしい。まぁ、疑似恋ですからね。ただしらをきられるとメンタルが。
「はい、着いた」
「お、おお!」
これはこれで素晴らしいっ。ちょっと曇り空で残念ではあるが、民家の屋根瓦畑とその最奥にのぞく富士山か筑波山。この二つの相乗効果ヤバいな。田舎でしか味わえない景色。こういうのはずっと取っておいたほうがいいよね。やっぱり登って良かった。中々この景色を見る機会ないからな。写メっとこ。
「美しいですわね〜」
「ぎゃあー!!」
突然横に現れ、ほっこりしている長田に思わず大きな悲鳴をあげてしまった。足音立ててこいよっ。心臓にすこぶる悪い。というか、なんでいんだよ! あさひといい長田といい。これは偶然か?
「ま、麿莉!?」
「わたくし下の階に居りましたの」
「……あ、そう」
「それで、円芭の腕に手を置いた練本が見えたものでつけさせてもらいましたわ」
由々しき事態発生っ。帰りの腕組み降下のくだりを聞かれていたかもしれない!
「デートですの?」
「ピクニック」
円芭よ。その言い方だと普通の人はデートと取るぞ。いや、長田がイレギュラーなタイプってことはもう準備室事件で身をもって知ってるけど。
「その服装円芭滅多に着ないですわ」
「あ〜。ちょっと手違いで持ってる服全部洗われちゃったの」
どんな手違いしたら全部洗われるの。ウソのつき方下手くそかっ。見え透いたウソをついた円芭は、長田を見ていない。せめて目を合わせてくれ。それだけバレる確率減るから多分。
「そういうときたまにありますわっ」
「う、うん。やっぱり?」
絶対無いと思うんですけど……。家の親ですらそんなことネタで以外やらないよ。思わぬ反応にたじろぐ円芭。
「じゃあ、わたくしはそろそろ行きますわ」
「もっと追求しなくていいの?」
アホ円芭っ。自分からなにかありますと言ってる! が、しかし。長田は「いいですわ」と言って、階段を降りていった。どうしてみんな普通に動けるの。
「私達も降りる?」
「写メったし降りる」
「じゃあ、はい腕」
まさか円芭から腕を差し出してくると思わなかった。わき腹と腕に隙間をあけ照れくさそうにしている。
「サンキュ」
円芭が開けてくれたそれに、自分の腕を通す。柔らかいしいい匂い。視線が来るが気にしてる暇はないのよ! なにせここは高所ですからねっ。
「祐って骨太だよね」
「そうか?」
階段に差し掛かってすぐそんなことを言い出した。俺も円芭の腕の柔らかさを言おうと思ったけど止めた。勇気付けで言ってくれたかもしれないし。
「凄い骨を感じる」
「自分じゃよく分からないな」
「見た目だと分からないもんだね。自分の腕と私の腕触って比べてみれば?」
「いや、いいよ」
「いいから触ってよ」
「……分かったよ」
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