第ニ章第一話ー3

 大体どうして兄妹で出かけるイコール行き過ぎた兄妹愛みたいな思考になるのかが分からない。


「あまり遅くならないようにね。お父さんがうるさいから」

「分かった」


 そう言ってお袋は階段を降りていった。

 やっぱりウチのお袋も親なんだな。

 いつもバカやってるから忘れてたよ。

 親の新たな一面を見て、なんとも言えない気持ちになっていたらガチャと妹の部屋のドアが開いた。

 着替え終わったか。


「お待たせっ」

「んじゃ、行くべ」

「うん!」


 元気の良すぎる妃奈子と共にデパート。

 はぁ……。

 今回の休日も、休日らしい休日じゃなくなったのだと思うと、今更ながら憂鬱である。


「祐君、なにボケッとしてんの。行くよ」

「あ、おい。走るなって」

「走ってない。早歩きだよ」

「はいはい……」

「返事は一回っ」


 めんどくさいよ……。なんなの、こいつ。

 さっきまでベットにもぐってた奴と同一人物なのかと疑いたくなるほどだ。


「んで、どこ行くんだ?」

「洋服屋さん」


 また長くなりそうだな。

 世の女の子は、みんなこんな笑顔で“洋服屋さん”と発言するのだろうか。

 だとしたら、今の俺に彼女は早いな。


「さいですか……」

「だ、大丈夫。すぐ終わるから」


 早く終わった試し一回も無いじゃん。

 あと目を逸らしながら言われても説得力ないし。


「本当だろうな」

「うん、ホントホント」


 とあまりに嘘くさい“ホント”を聞きながら、服屋に到着。

 さぁて、なにして暇潰してようかな。


「あ、伊津美先輩だ」

「ホントだ。あそこ女子のところじゃね?」

「違うよ。あたしいつもここ来るけど、まだ男性服のところだよ」

「そうか」


 女性服売り場にいたら面白かったのに。


「でも、祐君が勘違いするのも無理ないかもね。来てる服女の子っぽいし」


 妃奈子の言う通り伊津美が着ている服は、パッと見で女の子が着るような代物。

 オシャレに疎い俺ですら分かるくらいなのだから、さぞかし周りの客は女の子と思っているだろう。


 どうするかな……。

 見なかったことにして気づかれないようにやり過ごすか。

 わざと伊津美の視界に入るか。

 うーん。


「伊津美先輩、こんにちは」

「うわっ」


 妃奈子さん!?

 なにしてくれちゃってんのっ。

 この子はバカなのか?


「……なんだ妃奈子ちゃんか」

「あと俺もいるぞ」

「よ、よぉ」


 ……考えるだけ時間の無駄か。

 ウチの親の血が入ってる以上どこかでやらかすのだから。

 自動的に俺も自分では気づかないところでバカやってるはずだし。

 つか、なんだ今の歯切れの悪い相づちは。


「可愛いですね、今日コーデ」

「オシャレとかよく分かんないんだよね。似合ってるってこと?」

「はい、とても似合ってます。それ男の娘コーデですよね」

「……へぇ、そうなんだ」

「なるほど。だからたまに女の子に見える時があるのか」

「それが男の娘だから」

「ご、ごめん。悪いけど、まだ寄るところあるから」

「そうなんですか~」


 俺に小さく手をあげ、足早に去っていく伊津美。

 なんか終始変だったな。



 ☆☆☆



 教室内が騒がしい。理由は分かっている。

 教室の扉を一人の少女が勢いよく開けたからだ。

 よほど力強く開けたか、反動で扉が少女に戻ってくる。


「痛っ」


 なにしてんだか……。

 自業自得な少女否妹の妃奈子に呆れる。

 ……いや、ちょっと待て。

 どうしてこいつがここに来た?


「祐君っ」


 近づいてきたっ。

 いやまぁ、ウチのクラスに乗り込むぐらいだからどう考えても俺に用があるに決まってるだろうけど。


「なんだよ」

「一緒に屋上でお昼食べよっ」

「別に構わないぞ」

「俺忘れてないか?」

「好きにしてもらっていいですよ」


 なんで若干上から目線なんだよ。

 ともあれ、弁当を持って屋上。

 暑っ。重い扉を開けたら、太陽が今日も元気に働いていらっしゃった。

 九月に入ったというのに、一向に日差しの威力が落ちていない。

 半袖のため露出している腕は、ピリピリと紫外線により痛く汗がプツプツ涌き出ている。


「「……」」

「どうする?」

「ここまで来たんだから食べようよ」

「それもそうだな」

「まぁ、そんなわけで日陰に避難しよう」

「効果あるかな?」


 日本の夏の湿度ほど厄介なものはない。

 日陰に入ろうが、室内に入ろうがジメジメ差は変わらないのである。

 よって、諒の心配は意味がない。


「どこ行ったって同じだろ」

「それもそうか」

「ここにしよっ」


 と、妃奈子がベストランチスペースを見つけたようだ。

 こいつが指差す場所に腰を下ろす。

 やっと昼飯だ。

 今日は、お袋と妃奈子どっちが作ってくれたかな。

 マンネリ化する弁当の中身だけど、毎日違う中身が食べられるうちは人より幸せかもしれない。

 染々感慨深く思いながらフタを開ける。

 ……やったね、妃奈子だ。

 色鮮やかでしっかり栄養の取れる中身の場合は妃奈子。

 色彩が単調っぽいのがお袋である。

 個人的に妃奈子の作る弁当の方が旨い。


「あ、そうだ。住吉先輩からあげあげます」

「えっ!?」「えっ!? マジでっ」


 諒と言葉がかぶる。

 まさか妃奈子から諒に物をあげる発言をするとは思わなかった。


「どうしてウソ言うんですか」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「とりあえず食べてみてください」

「お、おう」


 なにこれ。

 なにを一体見せられてるの今。


「旨いっ」

「なら良かったです」

「なぁ」

「なに、祐君」

「そんなにお前ら仲良かったっけ?」

「前からこんな感じだったよ」

「そうか」


 一応頷いておくが、前からこんな二人の距離近かったっけ?

 おかしいな……。

 にしても、妃奈子の作る弁当はいつも旨いな。


「祐君。そんながっつくと脇腹痛くなるよ。次の授業体育なんでしょ」

「大丈夫だよ。合同でやるらしいから」

「合同?」


 と、妃奈子が首を傾げた。

 あ、そうか。

 まだ妃奈子の学年は合同授業やってないんだ。


「まだ妃奈子ちゃんの学年は、合同授業やってないんだ」

「はい、まったく」

「一組から三組までウチの学校クラスあるけど、一組だけ一クラスだけで体育やるだろ?」

「そうだね」

「それを全クラスいっぺんに体育の授業やっちゃうんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「んで、その時は決まって自由だから」

「なにしててもいいってこと?」

「体育館の中だったらなんでも」

「いいな~。あたしの学年も早く合同やらないかな……」

「もうじきやるんじゃないか?」

「そろそろ戻るぞ、祐」


 さっきから兄妹の会話に入れず、一人スマホをいじっていた諒が、話の切れ間を利用して首を挟んできた。

 もう昼休み終わりかよ……。

 まぁ、嘆いていてもどうにもならないか。



 ☆☆☆



 脇腹が痛いっ。

 まさかあらかじめ決まったことをするとは思わなかった。

 さっきも説明したが、一から三組合同授業の時は大抵自由にやっていいことになっている。

 ――はずだった。

 ところが、予想外のドッジボール開始宣言というね。


 しかも、ボール三つの条件付き。

 ウチの体育教師は鬼だ。

 あんなにぐうたらやっている教師から出た言葉かと思うと、なんだなイラ立ちを覚える。


「逃げてばかりじゃ、終わらねぇぞ」

「まぁ、逃げるのも作戦のうちよ!」


 なに言っちゃってんだ、俺!

 我ながらアホなことを言ったと思う。

 味方コートには、俺を除いて二人。

 とてもじゃないが、ボールをまともに取ってるひまはない。

 あー、脇腹がっ。

 妃奈子が言った通りになっちまったな。

 五時間目に体育があるときは昼控え目にしよ。


「あ、しまったっ」


 コロコロ……。

 敵チームの一人が投球ミスをした。

 そのボールはなんということでしょう。

 俺の足元に転がってきた。

 チャンス!


「諒頼んだ!」

「えっ」


 突如指名を俺から喰らい驚く諒だったが、なんとかボールをキャッチしてくれた。

 これで少しは、状況が変わるだろ。


「……」

「ん?」

「……」


 なんか視線感じるなと思ったら、長田に睨まれてるんですけどっ。

 女子の試合? は終わっているらしく、笑顔を浮かべ男子の試合を見てる生徒に混じり長田がこちらを鋭い眼差しで見ていた。


「ただいま~」

「一番最初に外野に行った奴が堂々と良くこっちに来れたな」

「お前がボール寄越したんだろっ」

「そんなことはどうでもいい」

「なんなんだよ……」

「ところで、諒さんや」

「どうした、祐さんや」


 こうやってノッてくれるのは諒のいいところだ。

 ボールを三つやり過ごし、俺は長田の件を諒に問うてみることにした。

 なにか知ってるかもしれない。


「長田に俺なんかしたか?」

「どうしたよ?」

「なんか睨まれてんだよ」

「気のせいじゃないか? あいつはああいう目だよ」

「そうか?」


 イマイチ納得できねぇ……。

 絶対あれはにら――


 ドスッ「あっ……」

「なにして――ボスッ」

「おまえらっ!」

「「すみませんでしたっ」」


 もう謝るしかないねっ。

 このあと俺らがクラスメイトに激怒されたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る