第二章

第一話「ベストランチスペース」

第ニ章第一話ー1

 俺 練本ねりもとひろには、幼なじみがいる。

 その名前を須藤すどう円芭かずはというのだが、世間一般で言うツンデレ属性の持ち主で、まるで猫のようなタイプである。

 ただ最近は、それが緩和してきたか、ギャルゲーで例えるなら元々好感度が低くかった攻略キャラが好感度がアップしてわずかにデレが垣間見える。

 そんな感じだ。


 ブルル……ブルル……。


 スマホが震えた。

 土曜日の朝だっていうのに、ずいぶんご苦労さんなセールスだな。

 テーブルの上で震え続けるスマホを手に取り、相手の名前を見る。

 最近電話に出ただけでも詐欺やら悪徳セールスのかもになっちゃうっていうから、いつもより念入りに電話の相手の名を確かめる。

 ……円芭だった。もしかして疑似恋か?

 ちなみに疑似恋というのは、円芭がある日突然言い出したことで、内容は擬似的に恋愛的ななにかをしていくというもの。


『もしもし』

『今暇?』

『あぁ、暇だぞ』

『疑似恋やりたいんだけど』


 やっぱりな。

 こいつが俺に電話を掛けてくるのはそういうときだけ。


『分かった』


 機嫌を損ねないように了承しておいた。

 機嫌を損ねると、修復するのがめんどくさい。


『それじゃ、家の前で待ってて』

『了解』


 良かった~。早く着替えておいて。

 財布をズボンのポケットにしまい、部屋を出る。


「うおっ」


 ドアを開けたら、妹の妃奈子ひなこの顔が間近にあった。

 なにしてんだこいつ。

 俺に用でもあったのだろうか?


「おはよう、祐君」


 少し後方に下がりながら苦笑いを浮かべ、挨拶をしてきた。

 ……怪しいな。

 こいつはなにかを隠してる可能性がある。


「あぁ、おはよう」

「今日もいい天気だね」

「いや、くもりだが?」


 どうやら妃奈子にとっての“いい天気”は、曇りを指すらしい。


「……」

「ちょっと訊いていいか?」

「な、なに?」


 妃奈子は、俺の問いに言葉を詰まらせた。

 薄々もう分かっているが、一応はっぱをかけてみる。


「いつからそこにいた?」

「……聞いてないよ」


 確信犯ですね、これは。

 俺はまだそんなこと訊いてない。


「俺まだなんもそんな話はしてないぞ?」

「……っ。ハメたね、祐君っ」

「正直に話してみ?」

「誰と話してるのかなと思って、盗み聞きしてしまいました」

「ほぉ。して言うことは?」

「すみませんでした」

「よろしい。というわけでっ」


 こいつに構ってる場合じゃない。

 円芭の気持ちが変わらないうちに落ち合わないと!

 まだ妃奈子がなんか言っていた気がするが、聞こえなかったことにしよ。

 玄関を出て、円芭宅の門の前に到着。

 よし、まだ円芭出てきてない。

 どうも俺相手より先にいないと気が済まないんだよね。


 ガチャ。

 と後方で扉が開く音がした。

 音のした方へ振り向くと、円芭がこちらに歩いてきていた。


「よっ」

「自分の家の前で待っててよ」


 第一声が苦情かよ!

 円芭は眉間にシワを寄せ、俺の近くで歩みをやめた。


「す、すまん」

「まぁ、いいけど」

「んで、今回はどうするんだ?」

「とりあえずブラブラ散歩する」

「そうか。じゃぁ、早速どっかい――」

「待って」

「どした?」


 歩き出そうと足を踏み出そうとしたら呼び止められた。

 止められる意味が分からない。

 散歩するだけなのにどうしてなのか。

 円芭の顔を窺えど、うつむき気味でよく顔が見えないし。


「……ないで」

「ん?」

「て、手繋いで」

「……ぇ」


 顔を真っ赤にしての上目遣いに言葉を失う。

 疑似と言えども公衆の面前で俺と手を繋いでるところを見られてもいいのだろうか。

 つか、それに気づいているのか今のこいつの様子だと怪しいが。


「い、嫌?」

「嫌とは言ってないだろ」

「なんなのっ」


 いやいやいや、こっちがなんなのっすけど。

 ……。しょうがない。

 今日は突っ込まないでやろう。


「繋いでいいぞ」

「最初からはっきり言ってよ」


 なんで怒られなきゃいけないんだよ。

 納得いかねぇ……。


「はい」

「お、おう」


 小さっ。

 差し出された手は、本当に同い年の手かと思うほどに小さいものだった。

 手拭いとこ。ズボンで手のひらを拭う。

 汗かいてたら嫌がられそうだ。


「早くしてよっ」

「す、すまん」


 催促されたので円芭の手に触れる。

 うわ……。柔らかい。

 弱く握り返してくるのもまたヤバい。

 離したくない気持ちになってしまいそうだ。


「じゃぁ、行こう」

「分かった」

「あ、やっぱり公園行く」

「はいよ」

「……」

「……」

「ね、ねぇ」

「なんだ?」


 手を繋ぎ公園を目指して歩くこと幾分。

 円芭が沈黙を破ってきた。

 なんだか少し緊張してるみたいだ。

 声が上ずっている。


「貝殻握りって知ってる?」

「……寿司?」


 なんで今寿司が話題に上がる?

 でも、ホタテ旨いよな。


「……本気で言ってる?」

「あぁ、旨いよな貝の握り」


 俺がそう言い終えるや否や眉にシワを寄せ


「私貝の握りって言ってないんだけど……。ごめん、私の言い方がおかしかったのかもしれないからもう一度言うから」


 と大層不機嫌な声で円芭がそう言った。


「あ、あぁ」


 なんか変なこと言ったかな?


「こ、恋人繋ぎって知ってる?」

「知ってるぞ」

「それは知ってるんだっ」

「ま、まさかそれをするって言うんじゃないだろうな」

「……コク……」


 まさかだったよ。

 でも、恋人繋ぎって本当に好きな人にやってもらうべきだろ。

 疑似って言っても端から見れば、それ相応に見えるわけで。

 不特定多数から見られる相手が俺でいいのかね?



「嫌ならいいけど」

「い、嫌ってまだ言ってないだろ」

「じゃあ、早くしてよ!」

「わ、分かったよ」


 なにに焦っているのか急かす円芭にこいつの指に自分の指を絡める。

 ヤバくね、これ!

 超円芭の熱を感じるんですけどっ。


「……」


 急かしてきた本人は耳が赤いし。

 ったく、恥ずかしがるならやるなよっ。


「あ、ありがと」

「え、もう終わり?」


 指を絡めていた右手が風を受け涼しい。

 円芭が手を離した。

 あまりに離すのが早い。

 さては、円芭の奴この状況に耐えられなくなったな。

 わりと恋人繋ぎをすると、周りから注目を浴びる。


「う、うん。いい案が浮かんだから」

「そ、そうか」

「じゃっ!」


 なにが“じゃっ!”だよっ。

 足早に去っていく円芭の背にそう突っ込んだ。

 あー、顔が熱いっ。

 つか、明日大丈夫かな。

 一応警戒しとこ……。



 ☆



 翌日。夏休み明け初日。

 緊張の登校は無事に何事もなかった。

 昨日の“手繋ぎ”を学年中の誰か一人にでもバレていたら、恐らくそれはもう質問攻めもしくは酷いことをされているはずだ。


 というのも、円芭は学年の中では結構可愛い分類に入る。

 そんな奴と俺みたいなヘンチョコリンが一緒にいたら……ね?

 俺がもし逆の立場だったらそいつを睨むだろう。

 でもまぁ、こうして何ごともなく学校生活を送れてるのだから人目のほとんどつかない場所を選んでくれた円芭に感謝だな。


「夏休み終わって早々テストとか頭おかしいよな」


 ほうきをロッカーに片付けながら諒がそう言った。

 なんだかんだあっという間に放課後が間近に迫っている。

 どうしたもんかね……。

 警戒してるときとか忙しいときはこうやって時間が経つのが早い。


「いや、別に頭はおかしくないだろ」

「先生の肩を持つということは……! さては、お前なんかもらったなっ」

「もらうわけないだろ。つか、なんかってなんだよ」

「う~ん、金?」

「お前頭大丈夫か?」

「俺は至って普通だ!」


 どこが普通だよっ。

 

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