第一章第九話ー3

「いいぞ」

「そ、そう」


 ……待てよ?

 これは疑似恋か?

 まさか円芭が自分から誘うことなんてまずないか。



 ☆ ☆ ☆


 ……。…………。

 そのまさかが起きた。

 これは、今朝の俺と円芭のメールのやり取りである。 


『円芭:浴衣を見に行きたい』

『練本:前のは?』

『円芭:新しいのがいい』


 話の進み具合からして疑似恋の延長ではない。

 まぁ、そんなわけで今デパート二階。

 浴衣売り場にいる。


「んで、どれにするんだ?」

「流行のやつがいい」

「俺はよく知らんぞ」


 オシャレなんてまだいい。

 誰に見せても恋愛に発展しそうもないし。


「端から期待してない」

「そうですかそうですか」


 じゃあ、なぜ期待してない奴にアドバイザーを任せる。

 円芭もついに妃奈子に毒されたか。

 これだから女の子の扱いは難しい。


「祐的に浴衣のイメージってどんなの?」


 ほらな。今さっき言ったことと矛盾してる。

 期待してないなら訊かなければいいのに。

 まぁ、機嫌を損ねるとめんどくさい事態に発展しかねないので、ちゃんと答えますけど。


「普通にみんなが想像してるような感じのやつ」

「やっぱり男の子ってそんなもんだよね~」

「浴衣にも種類があるんだな」

「いっぱいあるよ。だから選べないの」

「なるほどね」

「……迷う」

「「……」」


 ん? なんか視線を感じる。

 円芭ではないな。浴衣選んでるわけだし。

 辺りを見渡せど、それらしき人物はいない。


「これとこれどれがいい?」


 右手にオーソドックスな浴衣。

 左手には、下の丈が短めの浴衣。

 完全に右ですね。


「右手のやつ」

「じゃあ、左にしよ」

「おいっ」


 そうでしたそうでした。

 女子って最後に言ったやつが欲しいんでしたね。


「だって、左が良かったんだもん」

「ダメだ、右!」

「……は? どうしてそんなに右のやつ推すの」

「浴衣の下短いじゃん!」

「今の流行りなんだけど、これ」


 うっ、それを言われると弱い。


「……すまん。やっぱり円芭が言ったやつにしよう」

「なんなの、もう」


 睨まれてしまった。

 変なタイミングで怒らせてしまったな。

 でもまぁ、弁解しないようにしよう。

 逆効果な気がする。

 そう思いながら会計の終わった円芭と分かれ、帰宅して一夜。

 本日は、祭り当日。

 機嫌が直っているのか直っていないのか、表情からは見て取れない円芭と共に祭り会場へやって来た。


「やぁ、東京で会って以来だな」

「まさかここで会うとは思わなかったわ」


 そこに、諒と長田と妃奈子もいた。

 って、おい!


「なんで妃奈子もセットでいるっ」

「奢ってやるって言ったら、ついてきた」

「妃奈子……」


 『アメあげるからおいで』と言われたらついていくノリでついていくなよっ。

 先行き思いやられるわ。


「い、いいじゃん。タダで食える飯ほど旨い飯はない!」

「女の子ならもう少し言い方変えようぜ」

「……ねぇ」

「どうした、円芭」


 てか、ずいぶんふて腐れた声を出すな。

 俺なにかしたか?


(祐が呼んだの?)


 恐らく諒達のことだろう。

 円芭が諒達に分からぬよう目配せをした。


「いや、たまたま偶然だよ」

「そう……」


 口を尖らさせて、納得はしてない様子の円芭。

 二人きりで行きたいと言ったのは自分だろうに。


「円ちゃん新しい浴衣にしたんだね」

「う、うん! 似合う?」


 急に自分に声をかけられ、円芭が慌てて妃奈子に振り向く。

 タイミング的に凄く丁度よく話しかけてきた。

 さては、妃奈子のやつ俺らの話聞いてたな。


「凄い似合うよ!」

「ありがと」

(な、なぁ)


 諒がなぜか小さな声で俺を呼ぶ。

 何となく想像ついた。

 円芭の下半身を見てるので、その事だろ。


(なんだよ)

(エロいな、須藤)

 ゴッ(ッタ。痛ぇ)


 殴ってやった。

 こういう男がいるから俺は嫌だったんだよ。


(どこ見てんだよっ。俺は良くないって言ったんだけどな。本人があれが良いって聞かないんだよ……)

(そういうときはありがたく楽しむんだよっ。バレなければこっちのもんだ)

(そんなんだから、鼻血出すんだぞ)

(あれは、不可抗力だ)


 なにが不可抗力だ。

 立派な犯罪をしてるってことをこいつには認識してほしい。


(潜って女の子見てりゃそうなる)

(いやいや、マジ見りゃ分かるって)

(はいはい)

(え、まさか祐。女の子に興味なし?)

(そんなわけないだろ。ちゃんと興味ある。ありまくりだ)

(ありまくりかよっ)


「さっきからコソコソ二人してなに話てんの?」


 ヤベッ、喋りすぎた!

 他の全員が俺らに振り向く。


「混んできたな~って話してた」

「え~。そんなに短い内容だった?」

「他にも話したけど、他愛もないことだよ」

「ふ~ん」


 疑われてるな、こりゃ。

 諒のやつ面倒なことに巻き込みやがって!

 シカトしてれば良かった。


「な、なんだよ」

「別に」

「さぁ~て、食うぞ」


 ノン気だな、おい!


「待ちなさい」

「なんでっ」

「アンタ女の子にお金払わせる気?」

「それ、恋人同士の話だろ」

「別に関係ないと思う」


 手のひら返しだ、このヤロー。

 裏切者というような目線が来るが、シカトシカト。


「分かったよ、居る」

「じゃあ、早速食べよ」


 恐ろしい女だぜ。

 こうやって男は貢がされるんだな。

 まぁ、逆も然りだが。


「ちょっと待てよ。よく考えて買えよな」

「あたしを誰だと思ってるの。そんなの考えるわけないわ」

「おい!」

「冗談よ、うるさいわね」

「す、すまん……」


 どこも幼なじみには逆らえないらしい。

 良かった、ウチじゃなくて。


「あ、あれ伊津美君だ」


 と驚いた声を発する妃奈子に、それと思われる人物を探してみる。


「……」


 あ、いた。

 え、浴衣!?


「本当だ。おーい、伊津美ー!」


 諒が手を振ると、目を見開き一瞬足が止まりそうになった。

 どうやら会いたくなかったらしい。

 悲しいが、最近はそういう子もいるかもだし、そっとしておこう。


「き、奇遇だね」

「伊津美君浴衣なんだ」

「う、うん。最近男でも浴衣着るパターンもあるじゃん」

「そうだね」

「ごめんなさい、練本。これ食べきれないわ」


 最もなことを言う伊津美を怪しんでいたら、長田が俺の前にやって来てうつむきがちにそう言った。

 いや、謝られても困るよね。

 つか、いつの間に買ってたんだよ。

 諒が奢ると言う話はどこへ。


「あげるってよ」


 なるほど。そういうことだったのか。

 突然謝ってくるから何事かと思ったわ。


「サンキュ」

「ぜ、全部食べちゃっていいから」

「分かっーーっ!?


 か、円芭!?

 なにチョコバナナなんか買ってんだっ。


「……」

「……」


 パクっと上から食べる。

 エロすぎるだろ、これは。

 あまりしっかり描写出来ないのが残念!


「円芭チョコが口元についてる」

「え、マジで」

「円ちゃん取ってあげる」


 そう言って妃奈子は、自前のハンカチで円芭の口元を拭う。


「ありがと」


 何か姉妹みたい。

 このまま本当に姉妹(義がつくやつ)になってもらえたらな。

 今のところ欠片も感じないけど。

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