第一章第九話ー2

 投げやりに言った自分の提案を受け入れた俺に妃奈子が目を見開いて驚いた。

 その妃奈子の声に周りにいた客がビックリしている。


「妃奈子が言ったんだろ」

「言ったけどさ、ホントにそうすると思わないでしょ」

「冗談で言ってるのは知ってるから安心しろ。単純にいっぱい食べたいだけだから」


 ヨーグルトみたいなやつは一個食べたらクセになる。

 まぁ、十個くらいはいるよね。


「ならいいけど」

「妃奈子は、なに買うんだ?」

「梅干し」

「あ~、カリカリしてるやつか」

「うん! 美味しいよね」

「いや、酸っぱいじゃん」


 あと、バスの中で食べるから臭いが凄いことになりそう。

 周りの迷惑を考えれば、好ましくないチョイスだ。


「それがいいんだよ!」

「お、おう」

「プラスお茶が飲めたら最高だね」

「おばあちゃんかよ!」

「年関係ないもん」


 まぁ、確かに選ぶのは個人の自由だから、絶対買うなとは言えないよね。


「まぁ、いいや。カゴに入れろ」

「え?」

「買ってあげるからカゴに梅干し入れろって言ったんだよ」

「ありがとっ」

「んじゃ、行くか」

「え、早くない?」

「一種類で充分だろ」


 梅干しなんか何個も食われては困る。


「そうだね」


 無理やりお菓子購入タイムを終了させ、スーパーを出た。

 やれやれ、これで妃奈子がコン部の部員から白い目で見られることは少なくなっただろ。



 ☆ ☆ ☆



 翌日。課外学習当日。

 バスに乗ること数時間。

 東京まで残り半分をきったらしい。

 バス備え付けのマイクで顧問がそう言っていた。


「みんなおやつの時間にしていいよ」


 と、再び顧問が指示を出した。

 みんな待ってましたとばかりに騒がしくなる。

 目当てはお菓子じゃないんですけどね、この課外学習。


「祐君、チョコあげる」


 通路を挟んで斜め後ろの席に座っている高田先輩が、サッとチョコを差し出してきた。

 なんで真っ先に俺にくれる。

 普通こういうときの女子って交換こするんじゃないの?


「ありがとうございます」

「……」

「なんですか?」

「うぅん、何でもない」


 なんでもない割りには、変な目配せしてきた。

 深く突っ込まないようにしよ。

 どうしたのと訊く。

 高田先輩が反応し、良からぬことになる。

 円芭に気づかれ、好感度低下。

 大体こういう流れになるに違いない。


「渋くない? 梅干しって」


 ほら、言われた。

 やっぱり俺の考えは間違っていなかった。


「そんなことないよ、円ちゃん」


 いや、そんなことあるわっ。

 何を堂々と言ってのけてんだ。


「いやいやいや、おやつに梅干しは中々いないよ」

「やっぱり変かな?」

「どうしてこのタイミングで俺に聞く」


 ビックリしたっ。

 完全にこっちに話がフラれないだろうなと思っていたので、妃奈子からの問いに驚いている。

 急に振り向くのやめてほしい……。


「近くにいたから」

「そりゃあ、隣に座れば近いだろうな。しかも、先に座ってた人しりぞけてまで」

「妹はやっぱり兄の近くにいないと」

「なんだその理屈」

「いいじゃん、どうでも! で、どうなの?」

「変って言うより、年相応ではないよな」


 俺の勝手な妃奈子へのイメージだが、甘いチョコを食べてるんだよね。

 少なくとも一般的に考えれば、梅干しを選ぶようには思えない。


「おばさんみたいなチョイスって言った方が早いよ」

「まぁな」

「酷っ」

「普通の女子高生は、梅干しをお菓子の時に食べないでしょ」

「んー、そうかな」

「あと第一臭いが凄いから」

「……食べるのやめておきます」

「仕方ないから私のあげる」

「ありがとっ」


 と言って、円芭から差し出された食べかけのドーナッツを貰う妃奈子。

 羨ましいぜ。俺も円芭からもらいたい。


「着いたよ~」


 そんな風に思っている間に、目的の場所に到着。

 バスを降りた者から特定の場所を見学後自由行動になった。


「来たぜ、東京!」

「去年も来てんだから、そんなに騒ぐなよ」

「そうだけどさ」

「田舎者みたいだから止めて」

「そうよ、止めなさい」


 ……長田がどうしてこK――考えるまでもないか。

 どうせ暇で一緒についてきたとかそんな感じだろ。

 幸いこの課外学習学校持ちではなく顧問持ちなので、部員以外の人を連れてきても構わないと顧問本人が言っていた。

 顧問のお財布事情が大変気になるが、一学生が過ぎたことは言えない。

 聞かないというのも一つの優しさである。


「いや、田舎者だし」

「なんか言った?」

「い、いいえなにも」


 ホント諒は長田に弱いよな。

 弱味でも握られているのだろうか。


「祐君、抱っこ」

「なんか言った?」

「抱っこ」


 聞き間違いじゃなかった。

 あまりに変なこというからビックリしたわ。


「お前いくつだよ……」

「十六」

「いや、しっかり答えてるんじゃないよ。俺が言いたかったのはそういうことじゃない」

「じゃあ、どういう意味?」

「年を考えろってことだよ。その年で兄に抱っこされてる女子高生なんていないぞ?」

「いや、いるけど」

「え、いるのっ」


 あ、でも、そうか。

 確かにいるかもしれない。

 最近の世の中ではありえる話だ。


「うん。だから抱っこ。下に通ってる電車見てみたい」

「……分かったよ」


 これ以上断るとうるさそうだからやることにした。


「ニヤリンッ」

「やっぱり止めた」


 なんか裏があるな。

 危ない危ない。罠にはまるところだった。


「嘘だよ、嘘」

「ったく、お茶らけるなよ」


 冗談だったようなので、妃奈子を抱き上げる。

 紛らわしい奴め。


「わーい、高ーい」

「にしても、軽いな」


 あと、いい匂いがする。

 絶対声に出しては言わない。

 調子に乗るから。


「褒めてるの、それ」

「うん」


 軽いって言ってるのに、なんで若干キレられなきゃいけないんだよ。


「ありがとっ」

「もういいか?」

「えー、早い」

「しょうがないな」

「兄妹仲良いね~」


 げ、円芭。気づきやがった。

 でもまぁ、気づかない方が無理があるけど。


「……」

「あ、円ちゃん。ヤッホー」


 ヤッホーじゃねぇよっ。


「なんか見てたの?」

「うん。電車」

「妃奈子って電車好きだっけ?」

「んー、普通」

「え、じゃあ、なんで見たの?」

「なんか無性に見たくなって」

「そ、そう」


 妃奈子の答えに円芭が眉間にシワを寄せる。

 まったくもって円芭の表情は正しい。


「もういいよ。祐君下ろして」

「分かった」


 周りの他の部員の目を見ないようにしながら、目的地である科学をテーマにたくさんの展示物がある博物館に足を踏み入れる。

 ここから自由ということで、去年も行ったプラネタリウムにやって来た。


「あれ、円芭?」

「祐もプラネタリウムにしたんだ」

「ああ」


 まさか同じところを選ぶとはね……。

 偶然と言うのは、素晴らしい。

 しかも、プラネタリウムで一緒とか。


「……」

「疑似恋やろうかな」


 と言って、チラチラこちらの様子を見る円芭。

 嫌そうな顔はしないようにしよう。


「そうか」

「隣座って」


 どうやらこちらの感情に気づいたらしい。

 良かった良かった。

 たまに変に勘繰ってキレだすときあるからな。

 ヒヤヒヤするわ。


「分かった」

「キレイだね」

「そうだな」


 円芭の言う通りものすごく星がキレイである。

 ずっとここにいたいくらい。


「あ、あのさ祐」

「なんだ?」


 視線を下げる。

 大したことなかったらどうしてくれよう。

 円芭の方に顔を向けると、嫌に真剣な表情をしていた。


「八月二十六日にさ、夏祭りあるじゃん」

「あるな」

「それ一緒に行かない? ……たりで」

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