第九話「二人で行くには少し周りが……ね?」

第一章第九話ー1

 夏休みも中盤。

 優しく温かみのあるオレンジ色のライトにより、薄暗い町内の喫茶店に来ている。

 程よく冷房が効き、とてもオシャレ。

 一人で来てるわけではない。

 さすがにこんなところ一人で来るほどメンタルは強くない。

 近頃一人○○が流行っているけど、少なくとも俺は無理だ。


「悪いな、祐。貴重な休みなのに」

「全然大丈夫だ。気にすんな伊津美」


 そう俺は、伊津美と来ている。

 あまり伊津美とは遊ばなかったので分からなかったが、こいつ普段ボーイッシュな女子が着るような服を着ているようだ。

 しかも、童顔なので似合っている。


「サンキ、祐。一緒に食おうぜ」

「どいたま。んじゃ、ありがたくもらおうかな」

「半分食ってくれよな」

「そんな大きいのか」

「でかい」

「マジか……」

「大丈夫。祐なら食えるっ」


 どんだけ伊津美の中の俺甘党なんだよ。


「お待たせしました。イチゴパフェでございます」


 店員がそう言って、テーブルにパフェを置く。

 着いてすぐ、このパフェを頼んでおいた。

 喫茶店のパフェというのは、サイズがでかいらしい。


 まるで、タワーのような大きさである。

 あ、もしかして伊津美のやつこれを食べたくて俺を誘ったのかもな。

 伊津美のことだ。考えそう。


「ごゆっくりどうぞ」


 軽く会釈をして、店員が離れていく。

 にしても、大きいが旨そうではあるな。


「食べようぜ」

「そうだな」


 催促され、スプーンを手に取る。

 どこから手をつけていいか分からない。

 とりあえず生クリームを食べよう。

 ……うん、甘いっ。


「旨いっ。やっぱりここのパフェはいつ食べても美味しいわ」


 ん? やっぱり?


「何回も来てるのか?」

「月五回くらいだと思う」


 だとすると、週一ということになる。

 来すぎじゃね?

 月一でも多く感じるのに。

 つか、何回も行ける金どこから出てるんだろ。


「結構来てるな」

「やみつきになっちゃって」

「まぁ、分からなくもない」


 生クリームがしつこくないので、伊津美がやみつきになるのは正直理解できる。

 だが、それを実行するかと問われれば答えはノーだ。

 現実的に考えると、体重とか色々頭をよぎって食えない。


「でしょっ」


 知り合って何回見れたか記憶に乏しいほど珍しく、伊津美が興奮している。

 なんだろ、この気持ち。

 凄く嬉しい。


 例えるならペットが自分に慣れてくれたときのあの喜び。

 あれに近いかもしれない。


「祐も食べなよ。早くしないとオレが全部食べちゃうぞ」

「おぅ、そうだな。じゃあ、遠慮なく。あむ」


 甘っ。予想通りの味。

 胃もたれというか気持ち悪くなってきそうだ。

 月五回もこんな甘い物を食べてるくせに伊津美の肌はキレイである。

 ニキビとか一つもない。


「そういえば、伊津美の肌キレイだよな」

「は? 普通だよ」


 伊津美が自分の肌を手で擦る。

 いや、モチモチしてんじゃん。

 触った手に頬がわずかにくっついてる。


「男子でそのツヤツヤはないって」

「あ~、手入れしてるからだよ。そう見えるの」

「て、手入れ!?」


 衝撃の真実っ。

 まさか伊津美がオシャレ男子だったとは。

 パックとかしてるのかね?


「なんか勘違いしてるような気がするから訂正するけど、今どき普通だから。男で肌の手入れとか。祐もやってみたらどうだ?」

「遠慮しとく」

「まぁ、気が向いたら声かけてくれ。おすすめの化粧水紹介するから」

「あ、ああ」


 言葉に詰まるわ……。

 気が向く日なんてねぇもん。


「あ、祐ほっぺにクリーム付いてるぞ」

「サンキュ」


 身を乗り出して布巾で俺のほっぺについていたと思われる生クリームを除去してくれた。

 てか、いい匂い。

 なんか女の子がつけそうな匂いな気がする。


 フローラル?

 詳しくは分からないけど、そんな感じの香りを鼻が感知した。

 最近伊津美が女の子化してきてるな。


 カミングアウトされたときに備えて、耐性つけとこ。


 ――ピポン。


 メールを知らせる機械音が鳴った。

 スマホを見る。

 ……宮城先輩だった。これまた珍しい。


『宮城:明日動物園に行かない?』

『練本:いいですよ』

『宮城:ありがとう! 駅の前に九時集合ね』

『練本:はいっ』


 動物園か……。何年ぶりだろ。

 いや、何十年か。

 ん?


「……」

「……」


 何か視線を感じるなーと思ったら、伊津美のだった。

 最後の一つのイチゴを凝視してるからそれを食べたいらしい。

 あげるか。そこまでイチゴ好きじゃないし。


「食べるか、イチゴ」

「あざーすっ」

「……っ! ……」


 不覚にも男の笑顔にドキッとしてしまった。

 なにこいつ。

 こんなに可愛かったっけ?

 今後伊津美に対する見方が変わるかもしれない。



 ☆ ☆ ☆



 翌日。俺は最寄りの駅に来ている。

 昨日宮城先輩から動物園に行こうと誘われたので、待ち合わせ場所がここということで待機している。

 ちょっと早く来すぎたかもしれない。


 遅めの出勤をするサラリーマンやOLその他もろもろ色々な人からの冷たい視線が凄いぜ。

 ただ人を待ってるだけなのに、不審者を見るような目をしないで欲しいよ。


「ごめんね、待った?」


 と女の子が覗き込んできた。

 やっときた。宮城先輩である。

 途端に周りの視線が柔らかくなった。


「いえ、今来たところですよ」

「じゃあ、行こうか」

「そうですね」


 円芭もこうやって人の謙遜を受け入れてくれると助かるよな。

 電車に乗り込み、宮城先輩と他愛もない会話をしながら待つこと数十分。

 目的の動物園に到着した。


 夏休みということもあり、人が多い。

 テレビの取材が来ていないことを祈ろう。

 映っているのをあいつらに見られたら、めんどくさいことになりかねない。


「動物もバテてるね」


 宮城先輩の言う通りトラも象もみんなグデンと横たわっている。

 パンダに至っては氷を食べていた。


「余程暑いんですよ」

「人間ですらキツいからね、この暑さは」


 出来ることなら全部服を脱ぎたいくらい。

 最近は異常気象に拍車がかかってきてるからな。

 朝の段階で三十度超え。

 朝食は夏は必須だ。

 熱中症になってしまう。


「そうですね」

「あ、カピバラだ!」


 そう言って宮城先輩がカピバラのオリに近寄っていく。

 暑いのになんでこの人こんなに元気なのだろうか。

 その元気を動物達に分けることができたなら、さぞかしどんなに良かっただろう。


「好きなんですか?」

「うんっ。可愛いーっ」


 ムシャムシャムシャ。

 キャベツを食べているカピバラを見て、目を輝かせている。

 正直宮城先輩の方が可愛いですけどね。

 グゥ……。

 お、俺じゃないぞ。


「お、お腹すかない?」

「は、はい、すきました」

「私ね、お弁当作ってきたんだ」


 え、夏で弁当は危険ではないだろうか。

 食中毒増えてるし。


「うっ」

「……」


 鞄から取り出しふたを開けたそれは、まぁ、凄い臭いを放ってきた。

 案の定傷んでしまったらしい。

 無言で宮城先輩は、弁当を鞄にしまった。


「ごめん」

「どうしますか?」

「そこの売店でなにか買おうか」


 と言って、宮城先輩が行列の出来てる店を指差し苦笑いを浮かべる。

 諒とかなら揚げ足を取るところだが、宮城先輩なので素直に受け入れよう。


「そうですね」

「本当にごめん」

「全然大丈夫ですよ」

「ありがとう」


 ニコッと口角をあげる宮城先輩。

 そんなに謝ることじゃないのに。

 宮城先輩は、心配性なのかもしれない。


「好き」

「えっ?」


 と、唐突!

 一体宮城先輩の中で何が起きたっ。


「……あ、部員として。部員としてだから」

「は、はぁ……」


 今日の宮城先輩は、どこかおかしい。



 ☆ ☆ ☆



『今日から速打ちの練習しかやらないから』


 と、トンチンカンなことを六月の中旬に言った顧問が、コンクールを間近に控えているから息抜きをしようなんていう名目で、課外授業を計画してくれた。

 そしてその日がもう明日に迫っている。

 顧問お手製のパンフレットには、各自お菓子を持参することと明記してあった。


「お菓子、お菓子~」

「食べきれるサイズにしとけよ」

「分かってるっ」


 てなわけで、俺達は最寄りのスーパーへと足を運んでいた。

 いや~、涼しい!

 ずっとここにいたくなるくらいだ。


「相変わらず安いな」

「最近駄菓子だけのお店無いからじゃない?」


 そうなのである。

 妃奈子の言う通り近頃駄菓子屋をめっきり見なくなった。

 ウチの近くの駄菓子屋も例外ではなく、ひっそり閉店していた。

 やっぱり値段が安いスーパーの存在は大きい。


「確かに」

「あー! まだこれあるんだ」


 何て名前か忘れたが、ヨーグルトみたいな味の小さいやつ。

 ただ悲しいことに、木の小さなスプーンでないと中までたどり着けない。


「すぐ無くなっちゃうよな」

「ちょっとずつ食べればいいじゃん」

「いや、元々小さいのにちょっとずつなんて食べたら食った気しないわ」

「じゃあ、いっそまとめ買いしちゃえば?」

「そうだな」

「え、本当に買うのっ」

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