第一章第ハ話ー4

「ちょっ、止めてよ」


 んー、もう手遅れですけどね。

 被害者出てるし。

 たまたま後ろを通りかかった伊津美の服を濡らしていた。

 そりゃ、布も見えるよね……。


 ん?


「……」

「あ~」

「……」


 さ、サラシ?

 まさかな……。

 足早に離れていく伊津美の背中を見る。

 やっぱり布らしき物が存在を主張していた。

 しかも、胸の位置で。

 女の子説がまた信憑性が増したかもしれない。



 ☆ ☆ ☆



「よし、作り始めよう」


 日が暮れかけてきて、そろそろバーベキューの準備に取りかかることになった。

 高田先輩が仕切っている。


「男子肉焼いて。あたし達野菜切るから」

「分かりました」


 そりゃ、そうでしょうよ。

 分担的に逆はおかしい。

 危険な仕事は、男がやるものだ。

 女は手・腕・顔を大事にしとかないと。

 結婚する前は特に。

 そのあとは、個人の人生なのでなんとも言えないが。



「ということは、まだ俺達暇人ってことですか?」

「うん」


 “うん”じゃないでしょ。

 もっと別の言葉があると思うんですけど。


「でも、祐君はあたし達と一緒に野菜切るから。実質肉焼くのは二人でやって」

「了解です。伊津美あっちで暇してようぜ」

「……」


 コクッと諒の提案に頷いて離れていく伊津美。

 伊津美は、近くにいてほしかった。

 何となくこうさっきの疑惑をさりげなく確かめるつもりだったのだ。


「じゃあ、祐君。包丁」


 と言って、妃奈子が包丁を差し出してきた。

 いつにも増して手が震える。

 どうも包丁を持つと、緊張してしまう。


「ありがとう」

「祐って包丁使えるの?」


 いやいやいや、バカにしすぎじゃないか?

 高二も折り返すというのに、包丁の一つや二つ握ったことはあるだろ。

 何てひどい幼なじみなんでしょ。


「使えるよ、祐君は」


 こういうときばかりは良い妹に見える。


「へぇ~」


 これは、信じてないな。

 まったく声に魂がこもってない。


「今の時代男でも包丁ぐらい使えないとヤバいだろ」

「初歩中の初歩だからね」

「さあ、そうと分かれば、じゃんじゃん切ってこう」


 パンっと手を叩き、高田先輩が調理を開始するよう促す。

 気づけば、高田先輩・宮城先輩がキャベツを切り始めていた。


「あたしてっきりもう切れてる野菜が来るのかと思ったよ」


 キャベツを切りながら、宮城先輩が苦笑いを浮かべている。

 確かに、こういうところの野菜って切れてるものがくるイメージが強い。

 ここのようにそのままというのは初めてだ。


「え、他のところって切れてるの?」

「うん、大体切れてるよ」

「葉瑠ここしか来たことないから、これが普通かと思ってた」

「先輩方手を動かしてください」

「あ、ごめんね。円ちゃん」

「円ちゃんって嫌いな野菜ってある?」


 反省してるのか否か、高田先輩が円芭に問いを投げた。


「私は、ピーマンが嫌いです」

「そうなんだ。葉瑠はニンジン。甘いのか苦いのかはっきりしてほしい」

「それ、分かります」


 まさか高田先輩がニンジン苦手だとは。

 できれば、円芭がニンジン嫌いなら良かったな。

 他意はないけど。


「それでは、もう我慢できないので肉を焼いていきましょう」

「焦がすなよ」


 まだ早いとは言わない。

 こういうときの諒に何を言ってもめんどくさいだけだ。


「え、俺が焼くのかっ」


「当たり前じゃない。あと誰が焼くのよ」


 ピシャリと長田が言った。

 というか、今日初めて? 喋ったような気がする。

 むしろいたことすら知らなかった。


「ですよね~」


 諒は、悟ったか肉を焼き始めた。

 生焼けとかだったら、こいつの顔面に張りつけてやる。


「何か肉高そうですね」

「伊津美君分かるの?」

「いや、何となく勘で」

「どうなんだろうね。普通じゃない?」

「肉は食っちまうんだから、値段なんか関係ねぇよ」

「もともないことを……」


 眉にシワを寄せ、諒を一睨みする伊津美。

 正直俺も諒と同じ考え。

 食べてしまえば結果として一緒である。


「あ、そういえばみんなはお肉の中で牛・豚・トリのうちどれが一番好き?」

「俺は豚です」


 他のみんなは、

 牛・二人。

 豚・二人。

 トリ・二人だった。


「意外と牛が好きな人少ないんだね」

「高田先輩は、どれが一番好きなんですか?」

「葉瑠は、と――豚かな」


 もうトリの“と”が聞こえてるんですけど。

 そんなに合わせようとしなくていいのに。


「おし、焼けた。誰から食べますか?」

「ここは、高田先輩と宮城先輩からでしょ」


 こういうのは、常識だと思う。

 目上の人なんだから。

 企画したのは、しかも、高田先輩だし。


「誰からとかいいじゃん」

「特別扱いとかいいからさ。みんなで一緒に食べよ?」


 まぁ、例外もあるよね。

 こういう場合は、その限りではない。


「分かりました」

「うわっ」

「眩しい……」

「始まったねっ」


 丁度俺が肉を口に入れようとしたら、激しく光が目に入ってきたので驚いてしまった。

 もうそんな時間になっていたんだな。


「今回の花火は、去年より打ち上げる量増えてるみたいですよ」

「そうなんだ」

「一緒に見よっ」


 諒の話など耳に入っていない高田先輩が近寄ってきた。

 なんか諒が可哀想に見えてきたわ。


「あー! ズルい」

「「……」」


 妃奈子の後ろに隠れ、どさくさに紛れて円芭と長田が隣にいる。

 あー!

 誰か助けてくれっ。

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