第3話 ヤモリ


 強烈な揺れの後、ゆっくりとした揺れが続いた。まるで木の枝の上の巣の上にでも眠っているようだった。

 まだ眠りの中にいる証なのだろうか。部屋は揺れている。余震のようだった。

 部屋全体がギシギシと金属音の音を立て、木が風に揺れるように、ゆっくりと揺れているのである。

 何が起きたか事情を確かめようと、寝床を抜け出した。

 移動すると部屋が大きく傾いた。

 目眩に似た錯覚を感じた。

 足を踏み出すと、部屋全体が足を踏み出した方向にゆっくりとと傾いた。

 四つんばいになって、両手両足で身体を支えながら、窓の方へ近付くことにした。

 手足は吸盤が発生したように畳に吸い付いた。

 部屋は急に傾いていった。

 

 手足の吸盤の効果が限界になり、引きずるような長い悲鳴を上げながらズルズルと窓際に滑り落ちていった。

 ガラス窓に顔をぶつけた。

 窓が床になってしまっている。

 体重で薄い窓ガラスが割れないように静かにカーテンを開けた。ガラス窓の真下はガレキの山となっていた。

 青く透き通った空に月が浮かんでいる。

 

 金属音が発生する理由も正体も分かった。

 八階にある自分の部屋は、わずかに一本の細い鉄筋の先端にぶら下がっている。部屋が揺れるたびに、耳にしていた気味の悪い音は、細い鉄筋がきしむ音だった。

 いつ鉄筋からコンクリートの部屋が抜け落ちるとも限らない。

 救助ヘリでも空中で不安定に揺れる部屋には近付くことも出来まい。

 梯子車も散乱するガレキに阻まれ、近付くことも出来ないにちがいない。

 そんなことより、地上には生き物の気配さえない。

 静寂が漂っている。

 遠くの海の潮は引き、はるか遠くまで海は干上がり、底を見せている。

 窓に映る自分の姿に気付いた。

 ヤモリになっていた。

 餌だけが心配であるが、こうなったらヤモリになりきり、この狭い箱の中で生きていくしかないと覚悟を決めた。

 

 階段から屋上に通ずる鉄蓋の音で目を覚ました。

 夜は白み薄明るくなりかけていたが、月明かりが、レースのカーテンの隙間から差し込んでいる。

 風が吹き込んだ。

 レースのカーテンが静かに揺れた。

 現実の朝の訪れに目覚めた。

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