第7話 ミカエルとの再会
聖殿ではラザク将軍が、ヨナタン王子を牢から引き連れていました。
「ベラ王様、ヨナタン王子を連れてまいりました」ラザク将軍はそう言うと、後ろに立つヨナタン王子の腕を引き、前に立たせました。王子は借りてきた猫のように、なんともおどおどしているようでした。
神官の役目できている子供たちは、みな目を皿のようにしてヨナタン王子を見つめます。助けるはずの王子が、祭壇で生けにえなるのですから、ガブリエルの言っていた計画とぜんぜん違うことになってしまいます。
「仲谷、軍師なんだろ。どうするんだよ」山田君が仲谷君に近づいて、そう言いました。「ええっ」仲谷君は、山田君に振り向くと、
「そう言われても、急にはむりだよ」と小声で首をふりました。
「ぐえっ、おお、ラザク将軍よ、きたか。王子をそのバール様の祭壇に供えよ」
ラザク将軍はベラ王にそう命じられると、バール像の前へヨナタン王子を引いて、石段を上がりました。王子はラザク将軍に引かれるまま、水牛の祭壇に並べられたご馳走との間にしずかに座りました。王子がふと顔をあげて子供たちを見つけると、にっと笑顔を見せました。ええっ、貴志は不思議に思いました。なぜ、王子は僕たちに笑顔を見せたんだろ。僕たちを安心させるため?そんなはずはないのにと思いました。
「ぐえっ、さあ、神官たちよ用意はととのったぞ。祭事をはじめよ」
富田君は貴志に、さあやろうよという感じで、目くばせをします。貴志君はどぎまぎしながら立ち上がりました。両手を上にあげて、声をふりしぼりました。
「偉大なるかな神バールよ」なんていやな言葉なんだろ。貴志はそう感じながら、顔をしかめました。
「偉大なるかな神バールよ」ほかの子供たちも後につづいて、貴志にまねて声をあげました。貴志はガブリエルに教えてもらった文句を続けます。
「偉大なるかな神バールよ。栄光なる力で天地と我々を支配する神バールよ。私たちの声を受け入れたまえ」すると子供たちも、後に続いて復唱します。
「この祭壇に供えたカナンのヨナタン王子を、神バールにお捧げします。ソドムとベラ王に栄光をお与えください」
「おうおう、いいぞ。なかなか、できるではないか」そう褒め言葉を口にしたのはアスタロトでした。彼は洗盤の部屋のドアの入り口にたたずんでおりました。
「さすが、バラク様からつかわされた東方の神官たちだ。だが、本当にお前たちはガブリエルを捕えてきたのかな?ガブリエルとぐるではないのか」そうアスタロトはすごんで子供たちに話すものですから、貴志やほかの子供たちは何も言えず、たじろいでいました。
「もし、お前たちが、本当に東洋の神官ならば、もう一度ガブリエルをここに引き連れてきたらどうなんだ。できるだろう」
「その必要はないよ。私はここにいる」
声の主は、海に突き出た岸壁のほうから聞こえてきました。そこにすっと立っていたのはガブリエルでした。アスタロトはぎょっとしてガブリエルに眼をやりました。ガブリエルは捕えられた時のような焦げ茶色のマントを着てはおりませんでした。胸と胴には金と銀の鎧をまとい、さらに腰には銅に輝く刀剣のつかが見えました。
「アスタロト、そこに座っているのは、ヨナタン王子でないことは知ってるだろう。
さあ、こんなお芝居はもうおわりにしようか」
ガブリエルがそう言い終わると、ががががっと岩をこすり付ける音がしますと、三本のマストを見せて黒い帆船が姿をあらわしました。
「ぐえっ、なに、なに、ないがきたんだ」ベラ王はどもり声で慌てふためきました。
「うむっ、あれはベテル国の船じゃないか」アスタロトは取り乱したようすを見せました。
「くそっ、いつの間に来ていたのだ」くやしがるようにアスタロトは言います。
船の船首にのびるバウスプリットに足をかけて立っているのは、ミカエルでした。ミカエルも胸と胴に金と銀の鎧をまとっておりました。
「ヨナタン王子はもうこちらの船にお守りしている。アスタロト、かんねんしたほうがいいぞ」ミカエルはそう言いますと、岸壁へと降り立ちました。
「えっ、ヨナタン王子はもう助けられているんだ?」仲谷君が小声でいいました。はっとして、子供たちは水牛の祭壇に座っている王子に目をやりました。
「じゃあ、あそこに座っているのは誰?もしかしたらヤコブ君じゃ?」貴志はおどろいたように、祭壇に座っている王子を見ました。
「そうだね。あそこに座っているのがヤコブ君なんだよ」富田君も貴志にあわせて言いました。
「そうなんだ。じゃあどうやって助けたらいい?」貴志はあせる思いで言います。
祭壇に座っているヤコブは顔を上げ、ガブリエルを見つけると、助けてもらえるんだと喜びが顔に表れました。
「ぐえっ、ラザクよ、狼兵士をすべて呼び、やつらを捕えよ」ベラ王はラザク将軍に向かって叫びました。
「はっ」ラザク将軍はそう答えると、肩にさげていた角笛を口にしました。ぶおおおん、ぶおおんとけたたましい音がすると、何十頭、何百頭もの狼兵士が、がるるるると唸り声をあげて、つぎからつぎへと繰り出してきました。
「ものども、あいつらをたおすのだ」ラザク将軍がそう叫ぶと、何頭かの狼兵士がガブリエルにとびかかろうとしました。するとガブリエルは銅のつかの刀剣を振り上げ、一文字に力強く空を切り裂きました。すると刀剣からまばゆい銀の光の帯が狼兵士にあたります。あっという間に狼兵士たちは真っ白い塩の固まりになると、ぱあっとはじけるように散らばってしまいました。
ミカエルも腰から銅つかの刀剣を引き抜くと、襲いかかる狼兵士たちに、さっと腰をかがめながら横一文字に空を切りました。すると金のの光の帯が狼兵士たちを切りつけて、塩の固まりになると、ざあっと飛び散りました。
子供たちは、ミカエルとガブリエルの勇ましい雄姿を目にして、胸のすく思いがしました。
「よかった。これならガブリエルさんがヤコブ君を助けてくれる」貴志は二人の勇ましい姿に心が躍る思いです。
「さあ、雄志たちよ。ともに戦うときだ」
ミカエルは大声で黒い帆船へ呼びかけました。すると「おおう」と声が応えると、帆船から渡し板がさあとわたされて、中から数百名の若者の兵士たちが飛び出してきてました。
彼らもミカエルやガブリエルと同じように金と銀の鎧をまとい、銅のつかの刀剣を手にして、狼兵士たちの群れへとなだれこんで参戦しだしました。若者の兵士たちは、とまどい浮き足だつ狼兵士たちに向かって、刀剣の光の帯で切りつけました。すると狼兵士たちは次々と塩の柱に変わってしまうのです。
「うわっ、すごい。あの船にあんなたくさんの人たちがいたんだ」山田君が興奮したように言います。子供たちはみな、嬉々として顔がほころびました。
ベラ王は狼兵士が次々と塩の固まりにされるのを目の当たりにすると、あんぐり開いた大きな口に手をあて、あわあわと声が出ないようでした。
「うむう、これはいかん。かくなるうえは」アスタロトはそう口にすると、水牛の祭壇へ駆けよりました。
「ミカエル、こちらを見ろ。この子がどうなってもいいのか」アスタロトはミカエルの方へとヤコブを振り向かせ、呼ばわりました。
「アスタロト。その子を人質にしても、逃げられはしない。無駄なあがきだ」ミカエルはアスタロトにさとすように言いました。
「やかましい。こうしてくれるわ」アスタロトはヤコブの胸に右手をあてがいました。
「やめるんだ、アスタロト!」ミカエルはそう叫ぶと、アスタロトへと猛進します。
「おれが相手だ」
獅子の大きなたてがみを風になびかせて、ラザク将軍がミカエルの前に立ちはだかりました。将軍は背中に背負った大太刀を引き抜くと、ミカエルを頭上から切りかかろうとします。ミカエルは手に持っていた刀剣で、ラザク将軍の大太刀をぎんっと鈍い音を立てて受けとめました。
「そこをどくんだ、ラザク!」ミカエルはラザク将軍の大太刀を、あらん限りの力で手にした刀剣で振り払います。「ぐわっ」ラザク将軍が声をもらすと、あまりの勢いに足がもつれ、その場にへたりこんでしまいました。
その間に「ううっ」とヤコブは声も出せず息を苦しそうに顔をしかめていると、口からまるいふわふわした白い玉が糸をひいてでてきたのです。
「あっ、ヤコブ君」貴志は急にヤコブに起きた異変に、たじろぎました。走りよれば数歩のところにいるのに、何もできない自分をなさけなく思えたのです。
「なんだろ。ヤコブ君、どうしんだ」仲谷君もおどろいて、つい声を上げました。子供たちはヤコブの身になにが起きたのだろうと、一心に見入っていました。そのうちヤコブが目を閉じてぐったりすると、首と手がたれ下がってしまいました。
「おおっと、逃がしはしない。ミカエルの盾になってもらわんとな」アスタロトはそう言うと、ヤコブの口から出た白い玉を灰色の革袋を開いて押し込みました。
「ヤコブ君…」貴志が彼の名を口にしたときです。気がつくと、にわかに空一面、厚く黒い雲がたれこめてきました。ぽつぽつぽつと雨が降り落ちてきたかと思うと、がっがあっと黒い雲の合い間に、稲光が走りわたりました。
「わっ、雨だ」山田君が思わず口にしました。子供たちはみな、空に広がる墨絵のような雲から落ちる雨粒を顔にうけて見上げました。若い雄志たちや狼兵士たちも、雷のとどろく音に戦いの手を止めてしまい、空一面の雲を見上げました。
するとそのときです。がっがあんと、激しい音がしたと思うと、バールの像が光り輝いたのです。それはすさまじい落雷でした。
「あっあっ、まずいぞ…」アスタロトは声にならぬ声をだすと、ヤコブを抱えていた手を放し、バールの像から後ずさりしようとしました。ですが、アスタロトも雷に打たれたのか足がしびれて数歩しかすすめません。
「ヤコブ君、危ない」貴志はとっさにヤコブのもとに駆けて、水牛の祭壇に倒れているヤコブを引っぱりました。ヤコブは眠ってるのか体がだらんと重く、貴志はよたよたしてひきづりおろすこができません。
「手伝うよ」仲谷君もやってきて、ヤコブの体をいっしょに引っぱってくれたので、水牛の祭壇からなんとか引きずりおろしてみんなの所へ連れてこれました。
その時、ばきっばきっとバールの両足首にひび割れができると、アスタロトのところに向かって一瞬のうちに倒れだしたのです。
どごうんとつんざくような音とともに「うがっ」と声がしたようですが、アスタロトは巨大なバール像の下敷きになり、姿が隠れてしまいました。
「ぐえっぐえっ」ベラ王は大きな体をゆさぶりながら、あわてて椅子から飛び降りました。
「ラザク将軍、あいつらを切れ。首をとれ」ベラ王は金切り声をだすかのように、ガブリエルを指さして将軍に命じました。
バールの像が倒れたその後ろの石壁に、アーチ状の入り口があらわれていました。奥には木箱が見え、木箱の下には車輪がついていてトロッコになっているのです。ベラ王はアーチをくぐり、その木箱に向かうと、よろめきながら重そうにはいずり上がりました。
「おい、はやくだせ、だすのだ」ベラ王がそう叫ぶと、きつねの召使いはあわあわとあわてふためいて、トロッコの先頭へと走ります。むおううと奥から牛の声がすると、ベラ王の乗った木箱のトロッコがごろごろところがり出し、洞窟の坂を下っていくのでした。
「あんなところにトロッコを隠してたんだ」仲谷君が合点がいったように言います。
「下の洞窟で見たレールは、トロッコのためのレールなんだね」となりにいた富田くんも「そうみたい」とあいづちをしました。
牛の鳴き声を洞窟に響きながら、ベラ王はトロッコで逃げだしてしまったのです。
ミカエルは飛ぶようにバール像に近づき、下敷きになったアスタロトの右手だけはつぶされずにいたので、その手に握られた灰色の革袋を取り上げました。そして、貴志の方を振り向くと。
「貴志君、これでヤコブ君は助けることができるよ。大丈夫だからね」そう声をかけました。
しりもちついていたラザク将軍はゆっくりと立ち上がると、やおら手にしていた大太刀を肩の上でかまえなおして、「ガブリエル、覚悟しろ」と言い放ちます。
ラザク将軍はぐおおおうと唸り声を上げて、猛然とガブリエルに襲いかかり、がきんっと剣と剣がぶつかってつんざく音がします。ガブリエルもたくましい腕で刀剣を振り上げ、ラザク将軍のくりだす太刀を受け止めます。何度もの力強い攻撃をしかけたあと、ラザク将軍は急に太刀を引きもどしたとたん、一気にガブリエルの顔をめがけて鋭い剣先で突いてきました。ガブリエルは突きつけられた剣先をかわすのに刀剣でよけようと体を弓なりにそらせたのですが、ざっざっと雨に濡れた塩の砂に足をとられてもんどり転び、腰を石畳にいやというほど打ち付けてしまいました。
黒くたれこめてきた雲を背にして、ラザク将軍はガブリエルの顔めがけた太刀が空を切って、よろけてしまった体勢を立てなおすと、今度は太刀を上段にかまえなおしました。
「があああ」と雄叫びを上げると、座りこんでいるガブリエルに最後の一撃をくわえようしたのです。
「ラザク、こっちだ」ミカエルがラザク将軍の名を呼ばわると、
「貴志君、ヤコブの服の中にある石投げがあるはずだ。それをラザクにぶつけるんだ」ミカエルは貴志そうに言いました。
「えっ」貴志はミカエルの言葉にうろたえました。えっ、なんで。ぼくになんかできないよ。貴志の心の中でとまどいの思いがぐるぐると駆けめぐります。考えあぐねながら、貴志はヤコブのかわいそうな顔を目にしたとたん、不思議な力が湧いてきました。
「そうだ、やらなきゃ。ヤコブ君のかたきだ」
貴志はヤコブのくるみ色の革布をふところから探しだすと、右手に持ちかえ、何度も振り回しました。そして思いっきりラザク将軍めがけ力一杯投げたのです。
ラザク将軍がミカエルの声にはっとして振り向きました。すると貴志の投げたつぶてがびゅうっと空を切り、ラザク将軍のみけんに何と命中したのです。
「ぐあああっ」ラザク将軍がみけんを手で押さえようとしたとたん、真っ白な塩の柱の固まりにかわってしまうと、ざっざっざあとくずれ落ちました。
ラザク将軍の倒れた姿を目の当たりにした狼兵士たちは、ぼうぜんと立ち尽くしておりました。すると若い雄志たちは、身動きしない狼兵士にむかって再び刀剣を振り上げると、光の帯で次々と塩の砂へと変えていきました。
ガブリエルは立ち上がると、ミカエルのそばに歩みよりました。
「さすが、わたしの上官。とっさの知略に感心したよ」ガブリエルは少し肩で息をしながら、笑顔をミカエルに見せました。雨のしずくと汗が一緒になって、水滴が前髪からしたたっています。
「あの時、素知らぬふりをしていたら、私の信頼はくなっていただろうね。でもラザク将軍は本心で戦ってなかった」
「そうですね。彼は私に自分も囚われの身だ、となげいていたからね」
「彼は自分に誠実であると同時に、将軍としての忠義も立てようとした。だからわたしがラザクの名を呼んだときに彼はためらい、わたしに振り向いた。君を本心から撃とうとしてはいなかったんだ。ガブリエルは貴志君にも救われたね」ミカエルの話を聞きながらガブリエルは辺りを見渡しました。若い雄志たちが聖殿にいたすべての狼兵士を倒し終わっていたので、塩の砂の山があちこちにできあがっていました。
「勇者たち、任務は完了だ。船に戻りたまえ」ガブリエルが彼らにそう命じますと「おおう」と若者の兵士たちは勝どきを上げ、ぞくぞくと渡し板から黒い帆船へと戻りました。
ミカエルは子供たちが助けたヤコブのそばに近づくと、ぐったりした体を抱き上げました。
「大変だったね。でも君たちのおかげでヨナタン王子もラハブ女王も無事に助けることができましたよ。お礼を言いますね」ミカエルはそう子供たちを一人一人をみつめて、ほほ笑みました。
「あの、ヤコブ君は前のように元気になりますか」貴志はミカエルの抱いているヤコブの顔をのぞきこみ、やきもきしながらたずねます。
「すぐにではなかったけど、助けることはできたよ」ミカエルの答えを聞いて、貴志にはその意味がわかりかねているようで、聞きたい言葉が出てきません。
「さあ、君たちにお願いした仕事も、今日ですべて終わりましたので帰りましょう。船に乗ってください」雨にぬれそぼった子供たちはミカエルにそううながされました。それでも気が晴れたように足取りも軽く、帆船の渡り板に足をのせました。子供たちは久しぶりに乗りこむ帆船になつかしさを感じました。デッキで茶色く光る手すりをさわったり、シャコガイの彫刻をなでるのが嬉しくなりました。
帆船からソドム城の聖殿を振り返ると、はげ山の岩壁からつづく山の峰々や、倒れて背中を見せているバールの巨像、あちこちにできた塩の山などを子供たちは見て、味気ないこの地から離れることに喜びをかみしめるようです。
「さっきの兵士たちがいないね」山田君は甲板を見まわしながら言います。
「ほんとね、下の部屋にでもいるのいるのかしら」聖殿を見ていた澤口さんも、デッキのほうに振り向き、不思議そうに言いました。
ガブリエルは後ろにタタファを従えるようにして、乗船してきました。アスタロトの部下だったタタファが船に乗ってきたので、子供たちは不安げな目で見つめました。ガブリエルは子供たちの不安そうな様子に気づいたのか、近よってきました。
「君たちはタタファがなにか危ない人物ではないかと心配しているんだね。でも大丈夫だよ。彼も本当はモアブのバラク王による犠牲者なんだからね」ガブリエルは子供たちにそう言葉をかけた後、船室へ降りる階段の方へとタタファを案内しました。
「さっ、それでは出発するよ」ミカエルがそう言うと、帆船がゆっくりと岩壁から離れると、なにかエレベーターみたいにすうっと降り始めました。ざばざばんと帆船は海の波を押しよけて着水すると、3本の太いマストに広がった帆に潮風を一杯に受け、前進し始めました。
両腕でヤコブを抱いているミカエルも、船室へ下りる階段へと向かいました。
貴志はすぐさまミカエルに近づくと、
「ミカエルさん、お願いです。ヤコブ君をもとの元気な姿にしてください。ヤコブ君は王子を助けようとして身代わりになったんです」そう哀願するよう言いました。
「そうだね。君の気持はよくわかってるよ。ラハブ女王にもお願いしてみるつもりなんだ。女王は不思議な力をもっているからね」ミカエルはそう言うと、船室の方へ階段を下りて行きました。
空一面におおっていた雲はいつの間にか消え、お日様が顔をだしてまぶしいくらいに晴れました。
「雨があがったね」富田君はそう言うと、船尾のほうへ歩き出しました。貴志もなぜかしら富田君の後を追い、船尾へ続くバルコニーへと向かいました。
「カモメが飛んでいるね」富田君が手すりにもたれながら、指さすほうに3羽のカモメが飛んでいました。カモメはソドム城の岸壁に打ちよせる波を背にしながら、帆船を追ってくるかのように飛んでおりました。
ほかの子供たちもいつの間にか、富田君と貴志のそばに来て、船尾の下からから広がってはすぐに消える2本の白波をながめていました。帆船はだんだんと島から遠ざかり、ソドムの陸地はかげろうのようにぼんやりとしてきました。そのうちしまいには、小さな点の固まりにしか見えなくなりました。
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