よん。



 展望デッキから、寿はしょうとナゴミがまさに激突せんとする様を見詰めていた。


「くそっ、どうしてこんなことに……」


 わりとストレートな心情である。何故こうも本命以外のチンチクリンにばかりモテるのか。なんだこれ呪いか。俺何か悪いことしたのか。


「モテモテね、寿ことぶきくん。気分は『やめて! 私のために争わないで!』的な感じ?」

「……これでも本気で止めたいと思ってるんでそういうのやめてもらえますか」


 夢が横から小突いてくる。あれくらいこの少女から想ってもらえれば、寿的には万々歳なのだが。


 と。


「事態は順調に推移しているようだね。結構なことだ」


 まるで存在を主張するかの如くに背後から声。肩越しに見る――サンジェルマンだ。


「また出たよ……テメエはテメエであれか、ストーカーかなんかか」

「君は愚鈍だが、今回の件に関してはかなりおもしろい立ち位置にいるからね。興味深い観察対象だと認識しているという点で、その評価も致し方無しといったところかな」

「順調に推移って、しょうちゃんと神崎一十三ひとみが戦うことを言っているの?」


 夢の問いを否定も肯定もせず、サンジェルマンが淡く微笑む。


「なかなかに大したものだよ、あの二人は。これほど早い段階で、あそこまで夢想玩具を使いこなす者が出てくるというのは予想していなかった。やはり日本人は器用だな」

「予想外だけど、だからといって困ってる風でもない……ってことは、二人の戦い自体はそれほど重要なことじゃないわけね」

「これはこれは。舌を巻く分析力だね、マドモワゼル」


 降参だとばかりに、サンジェルマンは肩を竦めた。


「そろそろ答え合わせの時間じゃないの? 夢想玩具を作った理由は退屈凌ぎで、目的は世界の変革。子供にしか使えない仕様にしたのは、子供は世界を変革する意志を持たないから。夢想玩具はドミノ倒しの最初の一枚のようなもので、後はあなたは傍観者に徹するつもり……寿ことぶきくんから聞いた話も合わせるとこんな感じ?」

「いかにも、その通り。付け加えるなら、君たちの文明では夢想玩具を解析することも、出現を封じることも不可能だ」


「質問。あなたが神様チックな超チート魔法使いだっていうことは事実として受け入れるとして、夢想玩具が人を傷つけられない仕様になっているのはどうして? 私たちの知らない未知の技術なんでしょうけれど、手間を考えるとそこまで必要な機能には思えない」

「夢想玩具を使うことへの心理的抵抗を薄れさせるためさ。この国の人間は殺人に対する忌避感が強いからね。ある日突然人を殺せるようになる、というのもおもしろそうだが」

「テメエ……ッ!」

「失敬、冗談にしても品が無かったな。そういったことをする気は毛頭無い、これは我が誇りに懸けてお約束しよう。他に何か質問はあるかね?」


「あるといえばまったく別件で聞きたいことが一つだけあるけど……これでヒントが全部なら、あなたが最低の悪趣味人間だってことはよく分かったわ。正直、幻滅した」

「妥当な評価だ。そしておめでとう、マドモワゼル。あなたは真実に辿り着いたらしい」


 夢の言葉には敵意と失望、サンジェルマンの口調には称賛と愉悦があった。伯爵の言う真実とはなんなのか、尋ねようとしたところで、下層フロアから喧騒が聞こえてきた。


「きっと智実アップルちゃんたちよ。行きましょう、寿ことぶきくん。あまりのんびりともしてられないし……その腐肉を吐瀉物で煮締めたようなゲス野郎とは、同じ空気を吸いたくない」


 夢がここまではっきり他人への嫌悪を口にするのも珍しい。彼女に腕を引っ張られつつもう一度だけ振り返ると、サンジェルマンは眼下の戦場を優しく見守り続けていた。





「お義兄ちゃん!」


 下層フロア移動すると、案の定智実アップルたちが救出に駆けつけていた。飛びついてくる智実アップルを軽くあやしながら辺りを見回すと、すでに人質の半分ほどは移送させたようだった。


「大丈夫です、みんな乗れます。避難訓練を思い出してください。押さない、駆けない、走らないです……あれ? 押さない駆けない走らない……」


 多分聖しょうと同い年くらいだろう、天使の姿をした夢想童子が指を折りながら首を傾げる。上の階層から下りてきた自分たちに気づき、てこてこ、と寄ってくる。


「お兄さん、お姉さん、上にはもう人はいませんか? これで全員ですか?」

「えっと……」

「全員よ」


 サンジェルマンのことを言おうかどうか、寿がほんの一瞬悩んでいる間に、夢がスパッと言い切る。真実とやらはそれほどに彼女の気分を害するものだったらしい。


「お待たせ~」


 ややあって、大きなコンテナを提げた男の子が空を飛んでやってくる。翼の生えた虎の着ぐるみにすっぽりと全身を包み、その口の部分からは本人の顔が見えていた。


「はい、じゃあ第二便です! ちょっと暗くて狭いけど、ほんのちょっとなので我慢してください。押さない、駆けない、走らない、です! ……あれ?」


 天使の女の子の指示に従い、残された人質たちがコンテナに入っていく。六十人くらいは入れそうだ。第一便で半数ほど運んでいるので、余裕をもって乗り込めるだろう。


「ぐへっ」


 ゴギンッ、と鈍い音と共に着ぐるみの男の子が倒れ伏したのはその時だった。


「なんだ……!?」


 気を失ったのか、倒れた男の子が普段着姿に戻っていく。軽い困惑と混乱が広まり人々の間に緊張が走る中、どこからか子供の声が聞こえてきた。


「ナゴミの言ってた通りだったな。トイレになんか行ってる場合じゃなかった」

「誰だ! ……夢想童子か!?」

「うん、そうだよ。誰かが人質を奪いに来るかもだから、見張っとけって言われたんだ」


 声はすれども姿は見えず――いわゆる透明人間のような状態らしい。


「半分くらい逃げられちゃったか……まぁ、元から多かったし、これくらい残っていればいいよね。さぁさぁ戻って! 夢想童子で姿が見えないオレに勝てるわけないでしょ?」


 足音を立てたり、死角から軽く触れてきたりと、自分の能力の活かし方を心得ている。気付けば一行は、コンテナから離れた位置で一塊にされてしまっていた。


「も、もう少しで逃げられたのに……」

「君も夢想童子だろう、なんとか戦うことはできないのか?」

「わ、わたし女の子です! 浮いたり飛んだりはできるけど、戦うなんてとても……!」


 と、なると……自然、一同の視線が智実アップルに集まる。


「んゅ?」

「ダメだ、こりゃ望み薄だ」

「かわいいだけじゃピンチは切り抜けない」

「……は、ははははは! おいおい、こんな小さい子にオレを倒せると思うのかよ?」

「はっ、そうか! アップルが悪い人をやっつければみんな帰れるんだね! 任せて!」


 ロッドに光刃を宿して、智実アップルがそれを振り回しながらフロアの中を右往左往する。このような場面でなければさぞほんわかできたであろう愛らしい姿だった。


「たあ~~~~っ! とりゃ~~~~っ! どこだ、悪い人~~~~っ!」

「うはぁ、リアル魔法美幼女とか何これ素敵写真撮っておかなきゃ」


 訂正――このような状況でも萌え萌えしているたくましい人も若干一名ほどいた。


「はぁはぁ……お義兄ちゃん、悪い人いなくなった? アップル勝った?」

「すまねえ、智実アップル……こんな時なんて言ってやったらいいのか、俺分かんねえ……」

「ぐふふ、眼福眼福。これは永久保存だってばよ……さて、と」


 不意に夢が集団から離れて、近くにあった消火器を手に取る。それを足下に噴射しつつコンテナに向かって走り、少し位置を変えて同じことをしながら戻ってきた。


「みんな、この間を通って! 智実アップルちゃん、この白い粉のところに足跡がついたら、それ悪い人だから! 見つけたら思いっ切りやっちゃいなさい!」

「うん、分かった!」

「なるほど、消火剤の道か!」

「あっ!? こら、待て! くそ、戻れよお前ら!」


 智実アップルが一心不乱に警戒する中、人質たちが大急ぎでコンテナへと移動する。戦闘能力が無いという本人の言葉は事実なようで、天使の女の子がそれを重たそうに持ち上げた。


「天使のお姉ちゃん、行って! アップルは虎のお兄ちゃん連れてく!」

「う、うん……あの、智実アップルちゃんのお兄さんとお姉さん! あなたたちは!?」

「こんなところに智実アップルだけ残していったら、兄貴分としての沽券に関わる」

「私もうこのパターンで父さんに殴られたくないのよ」

「えっと……分かりました! 智実アップルちゃん、お兄さん、お姉さん! 気をつけて!」

「おいコラ! 待てよ! 人質置いてけ!」


 従うはずも無く、天女の女の子がコンテナを提げて飛び去っていく。残されたのは寿と夢と智実アップルと、倒れている元虎の着ぐるみの男の子。そして透明な夢想童子だけだった。


「くっそ! くっそ! お前ら、よくも! ナゴミになんて言ったら……」

「隠れてないで出て来い! アップルがやっつけてやる!」

「はっ、何言ってやがる。お前みたいなガキにオレが倒せるかっての」

「う~……悪い人どこにいるの! アップルが怖いの!?」

「怖いわけねえだろバーカバーカ」


「ところでだね。さっきから気になっていたのだけれど、君って口ではともかく私にも、智実アップルちゃんにも、天使の女の子にも、一回も触ってないし危害も加えていないのよね」

「えっ」

「人質を逃がしたくないのなら、夢想童子を潰すのがベストの手なのに。実際、虎の男の子に対してはそうしていたわよね? それはもう容赦無く奇襲して、一撃でさ」

「…………」

「……ひょっとして君、主義として女の子は殴らないタイプ?」


 大きく息を吸う気配。どうやらかなり動揺しているらしい。


「そ、それっは……いや……違う、その……だから……あ、あああああああ……」


 ふと、半袖半ズボンの空手着を着た男の子がフロアの中に現れる。ガクリと膝をつき、肘をつき、そのまま項垂れて号泣し始めた。


「だ、だって! 空手は女の子を殴るためのものなんかじゃない! こんな、オレよりも小さな女の子に戦えなんて言われても、オレどうすればいいか分かんねえよ……!」

「意外と殊勝なヤツだな」

「主義を貫く姿勢は確かに立派だわ」

「ナゴミ、ごめん……! オレ頼まれたこと守れなかった! ごめんよぅ!」


 同じ男として共感が持てる。そう感じた寿は泣きじゃくる男の子に近寄り、自らも膝をつき彼の肩に手を置いた。涙と鼻水でぐしゅぐしゅになった顔が見上げてくる。


「胸を張れよ。お前なかなか大した男だぜ、ガキにしとくのはもったいねえや」

「ご飯係……」

「テメエの主義をそこまで貫くってな、誰にでもできることじゃねえ。義理とか責任が、どうしてもついて回るもんさ。だが、お前はそこで折れなかった。女の子は殴らないってテメエとの約束を守り抜いたんだ。そんな男と知り合いなんて、俺は俺が誇らしいよ」


「う、ううっ……ちくしょう、ご飯係のくせにカッコいいこと言いやがって……!」

「たまにゃあそういうこともあるさ。流した涙は男の汗だぜ、たっぷり泣きな」

「う、うああああああ! ご飯係! オレ、オレはあああああ!」

「アップルクラッシュ!」

「ぎゃふん」

「あ」


 碁盤くらいはあるバカでかいリンゴで殴り倒されて、空手少年は気を失った。


「やったよ、お義兄ちゃん! アップル悪い人やっつけた! 初勝利~♪ いぇい☆」

「喜んでるわよ。兄として何か言ってあげたら?」

「……無粋だ」


 魔法少女アップルこと夢想童子佐々山智実アップル――その初勝利の瞬間であった。

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