そのろく。 へんかくするせかい
いち。
神崎
彼女の最初の記憶は、父に殴られる母の姿だった。
プライドだけは高く、亭主関白を気取り、それでいて肝の小さい……そんな男だった。家庭内暴力は父親の正当なストレス発散法であり、家族は喜んで協力しなければならない――それが男の考える、彼にとって理想的な家族の在り方だった。
問題の根本を解決するのではなく、それを愛という言葉で誤魔化して、母親であることよりも妻であることを……父にとって都合のよい女で在り続けることを選んだ。
幼児と成人男性、である。とても逆らえるものではなく、二人はそれから毎日理不尽な暴力に晒されるようになった。
まるで抵抗できずに泣き叫ぶ娘たちは、父の嗜虐心を大いに刺激したらしい。ストレト発散のための儀式はやがて趣味となり、さらに日常となった。
父に完全に依存していた母は、その行いを止めるどころか肯定し、やがて自らも積極的に虐待に加わるようになった。
殴られ、蹴られ、タバコの火を押しつけられ、風呂場で溺れさせられた。十分な食事も与えられず、夏は車内に、冬はベランダに、おもしろいというだけの理由で放置された。
妹はいつも悲しそうにしているか、でなければ泣いていた。それを見て、彼女の心にはある決意が芽生えていった。
自分は姉なのだから、妹を守らなければ。
彼女は抗い始めた。敵うはずなど無い大人の力に、それでも歯向かった。自分の食べ物を分け与え、衣服も布団も、妹が欲しがればなんでもあげることにした。
最初は戸惑っていた妹も、やがて姉にだけは微かに笑顔を見せてくれるようになった。
それが、父の癇に障った。
彼女のしたことは、父に“お前は悪いことをしているのだ”と突きつけるに等しい行為だった。父はそれを許さず、認めず、怒りを募らせた。この神崎家という国の中では自分が王であり神であり、誰であっても逆らってはならないと、彼は本気で信じていた。
だから彼女に罰を与えた。彼女が一番大切にしていたものを、彼女の目の前で蹂躙し、嬲り尽くした。壊されていく妹を泣きながら見詰めていた彼女は、ケタケタと愉快そうに笑う母によって取り押さえられていた。
加減を間違えて、ついうっかり、妹は殺された。父と母はそれを事故として処理した。外面の良い二人の言葉を、周囲の大人たちはろくに調べもせずに信じ込んだ。
ここに至って、彼女は悟った。
“ コイツラ ハ 、 ダメ ダナ ”
二人が寝静まるのを待って、少女は実の親を包丁で刺し殺した。拍子抜けするほど簡単で、こんなヤツらに妹は殺されたのかと思うと悔しくてならなかった。
しばらくはそのままそこで暮らした。隣人が異臭に気付いて通報し、全てが発覚した。駆けつけた青い服の男たちに、彼女は両親が妹を殺し、その両親を自分が殺したことを、聞かれるままにスラスラと答えた。
何故か捕まえられそうになった。慌てて、着の身着のまま、逃げた。
小学校にも通わせてもらえず、事実上監禁に近い状態で育てられた彼女には、一般常識が欠落していた。それでいて瞬間的に危機を回避する術と、ここぞという時に攻撃する勘にだけは生来長けていた。
もう帰る場所でもなんでもなくなっていた実家を捨てて、彼女はフラフラ、フラフラ、フラフラと、どこまでも歩き続けた。空腹はゴミ箱を漁ったり、誰かが食べているものを奪ったり、時々拾う金というものを使えば、なんとでもなった。
獣じみた生活を送りながら、それでも彼女は姉だった。どうすれば妹を救えたか、もう救うことはできないのか、それだけを考えて歩き続けた。
ある時、鏡を見てふっと気がついた。同じ顔をした人間がここにいるじゃないか。自分が妹に、神崎
神崎
じゃあ、幸せってなんだろう。彼女の知識にあるものは、妹を死に追いやった、両親と暮らした家の記憶だけだった。
あれはダメだ。あれはダメなのだ。あの時もっと早くあの二人を殺していれば……大人がいなければ自分と妹は幸せになれたのか?
子供だけでいいのだ。食べ物は今しているように奪えばいい。そういうことなのだ!
国を作ろう。子供しかいない子供だけの、子供が幸せになれる国――子供の国!
そこで“神崎
彼女が、まるで自身が妹にしていたように自分に優しくしてくれる目付きの悪い少年に出会うのは、それからしばらくした後のことである。
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