さん。
東京ソラマチにある水族館は、子供の国の建国後もいろいろあって通常営業していた。
スカイツリー一帯が封鎖された後、水族館の一部従業員が「魚が死んでしまう!」、と強行突破。また子供の国に参加した夢想童子の中にも生き物好きな者が何名かおり、彼らも「お魚が死んじゃう!」と大騒ぎした。
かくして双方の目的が一致。夢想童子数名が封鎖している警官たちのところに赴いて、「魚が死んじゃうとかわいそうなので、水族館の人は通してあげてください」と交渉し、下手に逆らうよりは……と彼らも了承。ここに水族館の業務続行が決定したのである。
魚が全滅すると大打撃なので、水族館側としてもこれをとりあえずは受け入れた。とはいえそれで客がやってくるわけもないので、経営面ではとっても困っているのだが。
現在水族館を訪れるのは、暇を持て余した子供の国の夢想童子たちくらいである。
余談だが、ナゴミが派手に壁を壊したせいで、現在展望デッキは非常に風が強い。壁が残っているスペースは大人気で、狭いところに人が集まって過密状態になっている。
いくらなんでも不便なので、暇そうな夢想童子を捕まえてあれこれと指示を出してバリケードを作らせた。おかげでなんとか移動には苦労しなくなった。
ともあれ、そんなわけで子供たちにとってこの水族館はいい暇潰しの場所になっているのだった。中には魚の餌やりなどを手伝っている者もいるらしい。
その水族館へ寿がナゴミに呼び出され……というか連れていかれたのは、夕飯の片付けが終わった頃のことだった。
「みんなよく来てるけど、ここってなんなんだ? 魚が食える場所なのか?」
順路に沿って進みながら、ナゴミが不思議そうに尋ねてくる。
前々から思っていたが、この少女は一般的な知識が時々スコーン、と抜けている。この子はこの子でいったいどういう環境で育ったのだろう?
「ここは泳いでる魚を見て楽しむ場所なんだよ」
「そんなモン見て何が楽しいんだよ? そこで泳いでるのは、自由に捕まえて食っていいのかと思ってた」
「お前は本当に色気より食い気だな……で、こんなところに連れてきてなんか用か」
尋ねる。ナゴミがピタッと動きを止めた。
そわそわと落ち着かない様子でこちらへと振り向き、寿の顔を真っ直ぐ見上げる。
「あのな、あたし王様になるんだ。子供の国は子供の王国になる。大臣は姫佳璃で、他にもいろいろと誰が何をやるかって話をして、決めたんだ」
「中身が無いわりに本格的になってきたな。で?」
「王様だから、王族ってのを作らなきゃいけないんだと。お前、あたしのお妃になれ」
「なんでそうなる!? それと男が妃になれるかッ!」
「そうなのか? じゃあ、あたしがお妃で、お前が王様。これならいいだろ?」
「一歩改善したがそれ以前の問題だ! 何が悲しくて俺がお前みたいなガキんちょの相手をしなきゃなんねえんだよ!?」
「お前の飯は美味い。居ると便利だ。だからずっと一緒にいろよ、な?」
「断る! ガキに興奮するほど腐ってねえ。せめてCカップになってから出直して来い」
「んだよ、ケチ。相手ってなアレだろ、裸でギュウギュウ抱き合って、ハァハァ言うヤツだろ? ナゴミはやってたぞ」
一瞬。その言葉の意味を理解することを、脳が拒む。
「……? おい、どーしたんだよ。お~い」
「誰にやられた」
「誰って、えぇと……ああ! そうか、お前が言ってた親っていうの、アレのことか!」
合点がいったとばかりに破顔する。力強ささえ感じさせる、野太い笑みだった。
「ヤなヤツだったぞ~、何かっちゃタバコの火を押しつけてきてな。ちょっとでも動くともっかいやらされるんだ。すぐに殴るし蹴るし、体でかいからって生意気なんだよ。女も笑うだけで……親って二人いるんだっけ? じゃあアレも親だったのかな?」
「もういい。分かった。もうやめろ」
近寄って腕を掴む。これ以上は聞いていられなかった。
「おい、なんだよ。お前さっきからなんか変だぞ?」
「いいから、やめろ。大体分かったから」
何を言えばいいのか分からなかった。特殊な環境にあった子だろうとは思っていたが、ここまでとは予想していなかった。気遣ったつもりで、何も分かっていなかった。いや、分かろうとしていなかった。多分、そこまで踏み込むのは面倒だと思っていた。
虐待されて、逃げて、そんな子に何をしてやれる? どんな言葉をかければいい?
「……ナゴミ。お前、いつまでこんなことを続けるつもりだ」
結局思いつくことができたのは、今の状況はまずいと認識させようという論点のズレた行動だった。それでも多分、やらないよりはましなはずだ。
「こんなことって、子供の国か? ずっとに決まってるだろ。入りたいってヤツが来たらどんどん入れてやればいい。ああ、でもそうすると夢想玩具を集めといた方がいいか? ケーサツっていう連中がたくさん持ってるんだっけか」
「いつまでも続けられるわけないだろうが。たとえば人質だって多過ぎるぞ、あの人数をずっと置いとくのは無理だ」
「そうか? じゃあ帰せばいいだろ、なんでいるのか分かんねえし」
間。
「捕まえたのお前だろうが!?」
「知らねえよ、勝手に残ってただけだろ? お前がどっか行こうとしたからじゃねえか」
「……まさか俺を逃がさないようにしただけで、他の人質は巻き込まれただけ?」
「ああ、そういうこったな」
「というか、そもそもお前、なんだって長野から東京に……」
「お前を追っかけたらここに着いた」
「…………」
どうやらいろいろ問題がややこしくなった原因の何割かは、寿自身にあったらしい。
夢の忠告通り、優しさの安売りはやめようと反省した。
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