よん。
夢想童子、東京スカイツリーを占拠――
そのニュースは、まったくすさまじい速度で列島を駆け巡った。
犯人の夢想童子の目的は?
人質になった者たちの安否は?
子供がこんな犯罪を思いつくとは思えない……黒幕が存在するのか?
できたばかりの東京スカイツリー、損害額はどれくらいで誰が払うんだ?
即座に地上が封鎖され、東京スカイツリー周辺は厳戒態勢に入った。しかし勇敢と無謀を足して二で割ったようなマスコミは危険を承知でツリーに接近、生中継を行った。
全ては視聴率のためである。そして彼らの目論見は、ある意味で見事に達成された。
「それ、テレビに映る機械だろ? ちょっと貸せよ、逃げたら殺すぞ」
生中継をしていたとある局のテレビカメラの前に、スカイツリーを襲撃した夢想童子が不意に姿を現したのだった。恐れおののき、しかし最後の一線でプロ根性を発揮した彼らは、言われるままマイクを渡しその夢想童子をカメラに映した。
「おい、夢想童子! もっとたくさんいるんだろ? お前らもここに来いよ、一緒に国を作ろうぜ! 何やったって構わない、子供のための子供の国だ! 好きなだけ食っていいし、ぶたれたり蹴られたり追いかけられたりすることもない!」
恍惚とした表情を浮かべて、楽しくて仕方が無いとばかりに頬を紅潮させて、その夢想童子は語った。それはまるで、子供が自分の大切な宝物を自慢するかのようだった。
「邪魔するヤツらは殺せば……ああ、殺すのはできないんだっけ? まぁ、ブッ飛ばせばいいさ! 夢想童子になりゃ怖いモノなんかねえんだ! こんだけの力があって、大人の言うこと聞いてるなんてバカみたいだろ! 子供の国はどんな子供だって入れるんだ!」
幼稚で、稚拙で、単純で、しかし彼女が昔から思い描いていた、世界一素敵な楽園――
「ん~……まぁ、だからさ、集まれ! たくさんいた方が楽しいからな! あのでっかい塔が目印だ! あたしたちは無敵だ! 邪魔する大人なんか、蹴散らしてやろうぜ!」
思いつく限りの言葉で、夢想童子は熱弁を振るった。それは放送に気付いた警察がこの場に駆けつけるまで続き、彼女が易々と警官隊を打ち倒す様で、終わった。
ある少年は、テレビでそれを見た。
見終わった後、いつの間にか玩具箱の中に入っていた夢想玩具を取り出した。
よく分からないけど、なんだか偉い人から頼まれて、暴れている夢想童子と戦ったことはあった。向こうもすごく強くて、でも最後には自分が勝った。
すごくドキドキした。またやりたい。もう一度、このすごい力を振り回してみたい。
きっと、子供の国に行けば、それは叶う。
ある少女は、インターネットの動画サイトでそれを見た。
机の引き出しの奥を見る。こっそりそこに隠しておいた夢想玩具があった。
母が嫌いだった。いつもいつも勉強しろとしか言わない。どんなにがんばっても好きなことをさせてくれない。嫌いな母を困らせてやりたいと、いつも思っていた。
好きなことが好きなだけできる。それは、どれだけ素敵なことなんだろう!
きっと、子供の国に行けば、それは叶う。
ある兄弟は、テレビでそれを見た。
その女の子が何を言っているのかよく分からなかったけど、「子供の国」という言葉はすごく気に入った。子供なら誰でも入れる、子供の楽園! 楽しそうだ!
夢想玩具というのは、昨日買ってもらった玩具の中に入っていたアレだろう。明日警察に持っていこうと両親が言っていた。一度でいいから使ってみたい気持ちもあった。
北海道から東京にはどう行けばいいか分からなかったが、南に進めば到着するだろう。
出発して一時間後。兄弟はシドニーのフレデリック・ストリートで迷子になって泣いているところを発見され、後日無事に両親の下へ帰された。
夢想玩具規制委員会は紛糾した。
いつものように夢想童子を何人か招集して派遣する、という手は使えなかった。向こうには人質がいるのだ。夢想玩具の力で害することはできなくても、たとえばスカイツリーの外に放り出されたら、人質は死ぬ。下手に刺激するわけにはいかない。
通常この手の事件はSATの出番となるのだが、SATには夢想童子は倒せない。とはいえ思考力も判断力も未熟な夢想童子に人質の救出を任せられるわけもない。
まったくもって、あちらを立てればこちらが立たぬ。そもそも委員会の顔触れは畑違いの元お偉いさんばかりで、こういう時にパッと良い知恵を出せるほど器用ではないのだ。
結局委員会は一時解散となり、議案はそれぞれが持ち帰ることとなった。部下に丸投げすることでようやく専門家が口を出せる状況が整い、しかしその時にはもう事件発生から丸一日以上の時間が経過してしまっていた。
その間に襲撃犯の意見に同調した夢想童子たちが、日本全国からスカイツリーに集結。いよいよもって迂闊に手出しできなくなってしまった。
今や東京新名所は歴史上他に隔絶して圧倒的な破壊力と、それでいて明け透けな防備を持つ、極めてちぐはぐでアンバランスな城塞と化していた。
こうして、“子供の国”は完成した。
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