に。



 東京スカイツリーへのアクセス方法はいくつかあるが、寿たちが選んだのはJR上野駅から浅草通りを進んで隅田川を渡る、というものだった。本当はもっと楽なルートがあるのだが、「接敵前に戦場の地形を確認するのは基本よ!」と夢に力説されたのだ。

 時々妙なことを言い出す先輩である。美人なのに。胸が大きいからいいけど。


 途中、適当な漬物屋で梅干しを購入する。ドカンと1kgのお徳用パックである。


「それだと量が多くないっスか?」

「まぁね。でも、一個でいいかどうかは分からないし」

「個数については特に書いてなかったんじゃ……」

「一個だけでいいなら、今までに意識せずに条件を満たした人がいたかもしれない。3という数字を繋いだでしょ? あれだけ分からなかったんだけど、もしかして梅干しを三つ食べろってことなんじゃないかしら? これなら、意識しないとまず達成できないもの」

「なるほど……俺、参拾萬工房の最初の文字だと思ってたっス」

「その可能性もあるけどね。まぁ、それならそれで残りは我が家で美味しくいただくわ」


 お徳用梅干しのパックをカバンに入れて、夢が再び歩き出す。彼女の隣に並んで――


「お嬢ちゃんたち、どうしたの? お母さんかお父さんは一緒じゃないの?」

「違います、誤解です! わたしたちは迷子なんかじゃ……」

「うわ~ん! お義兄ちゃんたち行っちゃうよぅ」


 足を止める。ちょっとだけ鼓動が止まった気がした。


「あの声……ああ、やっぱりしょうちゃんと智実アップルちゃんか。どうしたの、こんなところで」


 夢も歩みを止めて、振り返り、声のした方へと戻っていく。寿はといえば、頭を抱えてうずくまっていた。

 せっかくのデートが! いや、デートではないが……デートっぽい雰囲気だったのに!


「お、お義兄ちゃんが遠くに行っちゃうって思ったから……」

「わたしは、その、ひーちゃんも智実アップルちゃんも心配だったので」

「で、二人一緒に着いて来ちゃったわけか。ここからあなたたちだけで帰れって言っても無理よねぇ……仕方無いか。寿ことぶきくん、この子たちも一緒に連れていきましょう」

「お、俺に拒否権は無いんスか……」

「ありません。なぜなら、これは君と私とのデートではないからです」


 智実アップルと手を繋いで、夢が寿のところにまでやってくる。それを駆け足で追い越したしょうが寿の手をギュッと掴んだ。


「ひーちゃん! 不邪淫戒です、お嫁さんになる人以外と仲良くしてはいけません」

「嫁とか以前に付き合ってもいねえよ……」


 デートではないとはっきり言われて、地味に傷ついているのだった。





 疲れたとぐずり出した智実アップルを肩車し、しょうに無理をさせないよう途中で一回休憩を取り、果たして自分たちは今どういう四人組に見られているのだろうかと哲学的な問いに思いを馳せつつ、寿とその一行は東京スカイツリーを囲む東京ソラマチに到着した。


「腹減ったし、とりあえずなんか食おうぜ。しょう智実アップルの分は俺が奢ってやるよ」

「よ~し、お姉さんせっかくだからウナ重が食べたいぞっと♪」

「ちょっとは遠慮してくださいよ!?」


 年上の意地と懐具合がせめぎ合った結果、老舗洋食屋の支店に案内する。蕎麦屋も見つけたので、帰りにでも少し食べてみようかと場所を覚えておいた。


「ハンバーグ! すごい、目玉焼きが乗ってる!」

「切り分けてあげますね。はい、どうぞ」

「ふへへへへ仲良し美幼女姉妹とか何これ私の楽園?」

「先輩、涎拭いてください……」


 食事を終えて、だいぶ時間が余ったので、智実アップルにせがまれたので水族館へ。こういう時聖しょうは興味があっても我慢してしまう質だが、それを察して誘ってやるのが寿の常だった。


しょうちゃん、変なカメがいるよ! ウミガメだって!」

「待って、智実アップルちゃん。走ったら危ない……もう、子供なんだから。先に行きますね」


 などと言いながら、しょうも嬉しそうに駆けていく。お前だって十分子供じゃないかと苦笑しつつ、ゆっくりとそれを追いかけ……夢がついてこないことに気付いてそちらを見る。


「……どーしたんスか?」

「いやぁ、寿ことぶきくんって結構女の子を泣かせるタイプだなって思って」


 腕組みをしたまま、夢は寿の顔をまじまじと見詰めていた。


「顔が怖いし、気も短いからなかなか気付きにくいけど、君すごく優しい人なんだよね。悲しむ人がいれば助けてあげたくなる、誰かが傷つきそうなら庇いたくなる、そんな人」

「なんスか、いきなり」

「うん、まぁ今言うことでもないけれどさ。子供って自分に向けられてる感情に敏感で、しょうちゃんも智実アップルちゃんも君の本心を理解しているからこそあんなに懐いてるのよ」

「別にンな特別なことしてるつもりはないんスけど」


「でね、ここからが本題。君みたいな人には酷な言い方かもしれないけど、あまり優しさを安売りするのはやめた方がいいわよ。それは誰もが欲しがっていて、でも実はなかなか転がっていない宝物で、一度手にしたら絶対に他人に奪われたくないものなの」

「…………」

しょうちゃんが私に一生懸命張り合おうとしている理由、もっと真面目に考えた方がいい。前に君に言った十年後にあの二人が修羅場になるって話、わりと本気の予測だしね」


「……それをおもしろがってる先輩には言われたくないっスよ」

「いや、まぁ、ほら、私はこれでもイイ性格してるから? 優しさに溺れていたくはないわけですよ、水族館だけにね☆」

「すご~い! 水槽おっきい! この壁の中全部!」

「ひーちゃん、巻島さん、智実アップルちゃんが見えなくなっちゃいますよぅ」

「は~い。じゃ、行きましょっか」


 先行する智実アップルと動かない寿たちの間で右往左往していたしょうが情けない声を出す。返事をして夢が先に歩き出し、寿もそれに続いた。

 前を行く夢の背中が、思っているより遠くに見えた。

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