そのよん。 さんじゅうまんこうぼう

いち。


「うおおおおおお」


 人が多い。車が多い。今街を歩いている者だけで翁市の何倍いるのだろう。


「あああああああああああああ」


 街のあちこちに巨大なテレビがある。CMが動きまくってる。五秒に一回静止画が切り替わる、地元企業のCMとは大違いだ。


 電車が多い。路線も多い。バスもたくさん走っている。

 人、人、人! とにかく、人!


「と、東京だぁーーーッ!」


 そうとしか言いようがなかった。正直目を回していた。

 ここが東京か! 日本の首都か! 長野は田舎だったのか!


寿ことぶきくん、気持ちは分かるけど落ち着いて。お上りさん丸出しで注目されてるわよ。あんまりキョロキョロして、迷子になっちゃったら困るでしょ」


 目の前で氾濫する情報の大洪水に目を白黒させている寿とは裏腹に、夢は事も無くそう言いながらガイドブックを眺めていた。実に手慣れた様子である。


「せ、先輩は平気なんスか? 俺東京に来たの初めてで……」

「私はもともと東京生まれだからね。まぁ、この辺りを歩くのは初めてだけど」


 ガイドブックをしまって、通りの先の天に向かって伸びる建築物を仰ぎ見る。同様に寿もそちらに視線を向け、その天空の塔の威容を目に収めた。


「あれを人の手で作ったのか……すげぇな、東京の大工」

「さすがに大工さんだけじゃ無理じゃないかなぁ」


 東京スカイツリー。全高634メートルを誇る、世界一高い電波塔である。

 東京周辺に立ち並ぶ200メートル級の超高層ビルにも影響を受けない高さを目指し、日本のハイレベルな建築、鉄鋼業、職人たちがその技術を結集。墨田区に位置しながら、晴れた日は展望回廊から皇居や東京湾、上野や池袋、荒川江戸川隅田川、天気がよければ富士山までもが見えるという、まさに現代のバベルの塔だ。


 さらに観光にも力を注いでおり、ツリーの下部はソラマチと名付けられた大規模な複合アミューズメント施設になっている。駐車場や地下鉄の駅に始まり、下町情緒を意識した小物や服飾関係のショップ、カフェやレストラン、果ては水族館までが併設されている。

 東京新名所の名に恥じぬ観光地。そこが、寿たちが訪れようとしている場所だった。


「じゃあ、行きましょうか。向こうでお昼にして、多分時間が余るから、適当にぷらぷらして四時になるのを待ちましょう」

「了解っス」


 人混みの中をスイスイと歩く夢に続いて、寿も東京の街を進む。これってどう考えてもデートだよな……と不意に気付き、頬が緩むのを感じて、いかんいかんと頭を振る。


 夢想玩具の説明書に記載されていた数字列の謎を解明した後、居合わせた一同が抱いた感想はほぼ二つに集約された。「嘘くせぇ」と「本当かよ?」である……こうして並べてみるとあまり変わらない気がする。


 東京スカイツリー、ここまではいい。実に分かりやすい。

 展望回廊、十六時、これも良かろう。さらに細かい場所と時間の指定である。

 だがしかし、梅干食べる、とは何事か? あまりにも悪ふざけが過ぎている。


 信じられないという空気が大勢を占め、中にはただの偶然ではないのかと言い出す者もいた。これがあの数字列の中に隠されていた真実なら夢想玩具規制委員会――夢想玩具の管理と運用を一手に任されている政府組織に連絡するべきだが、あの場のほぼ全員が悪戯いたずらではないかと感じていた。なお、例外は話がよく分かっていなかった智実アップルだけである。


 これがもし間違いだったら? 政府組織というお堅~い連中を、誤報で動かしたことになってしまう。多感な高校生たちにとっては耐えられない辱めであった。

 そんな次第で、「悪戯だと思うけど、念のため確かめて、本当だったなら委員会に連絡しよう」という結論に至ったのである。そのまま誰が行くかという話になり、まず寿が手を挙げ、一人で行かせるわけには、と東京に行った経験のある夢が付き添いを申し出た。


 そういうわけで翌日の日曜、二人は生まれ育った長野県から、遥か東京の墨田区にまでやってきたのだった。恐らく無いだろうとは思いつつ、もし本当に何かあったら……そう考えると、意識せずともどうしても緊張してしまう。


 そんな調子であったがために、二人は後をつける小さな尾行者の存在に、ついぞ気付かなかったのだった。

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