よん。



 賢公悠了寺。創建千年をも超えるという、諏訪地方きっての古刹である。

 豪壮な本堂、美麗な鐘楼、精緻かつ重厚な山門、現在修復中の庫裏。代々この地域の民を見守り、また彼らからも愛され、歴史的な出来事にも幾度と無く関わってきた。


 この地を治めていた有力な戦国武将の知名度もあり、江戸時代の頃から有名な観光地として知られ、現代も翁市に観光客を呼び込む目玉として活躍し続けている。

 そんな悠了寺に寿が東高のアニメ研究部の面々を連れてやってきたのは、四月末からの大型連休前の、最後の土曜日のことだった。





「え~、では! 今日は次回の部誌のための取材として、日本で一番有名な小学生、虹色童子隊の天國聖しょうさんにお話を聞かせていただこうと思います! 拍手~!」


 やんややんやと夢が囃し立てると、アニメ研究部の部員たちがパチパチと拍手をする。どことなくむすっとした表情のしょうが、傍らで見守っていた寿に顔を向けた。


「ひーちゃん、どういうことなんですか? 何故あの人がいるんです」

「何故って、頼んだだろうが。アニメ研究部の取材に付き合ってくれって」

「それは聞いていますし、承知もしました。でも、そのアニメ研究部というところにあの人がいるなんて聞いていません! どうしてあの人のお願いを引き受けたんですか!」

「どうしてって……そりゃ、点数を稼げる時には稼いでおきたいし」

「いや~、萌えるわぁ。焼きもち幼女とか大御馳走。いと愛でたし、超抱き締めたし☆」


 むふむふと笑いながら、夢が寿としょうを写真に収めていく。いつものスマホではなく念の入ったことにデジタルカメラである。取材用だと聞いていたのだが。


「……百歩譲って、確認しなかったわたしも悪かったかもしれません。ですが、どうして智実アップルちゃんまで一緒なんですか? 何故ひーちゃんにぴったりしているんですか!」


 寿の袖を掴んで離そうとしない智実アップルに、しょうがキッと視線を向ける。どうしてこう面倒なことになるんだと頭を抱えた。


「しょうがねえだろ、親父とお袋に押しつけられたんだよ」

「大体、義妹になるってどういうことですか。そんな話は聞いていません」

「だから俺じゃなくて親父とお袋に言えっての」

「お義兄ちゃん、この子怖い……」

「ひーちゃんのこと勝手に“お義兄ちゃん”なんて呼ばないでください!」

「うひょ~、修羅場ktkr! シャッターチャンスだ!」

「先輩絶対おもしろがってるっスよね!?」

「そう言いなさんな寿ことぶきくん、滅多に無い萌え場面なんだから。まぁ、収集がつかなくなる前に話を進めておきましょう。しょうちゃん、不悪口ふあっく不両舌ふりょうぜつ不瞋恚ふしんに、十善戒~十善戒~♪」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 ぷるぷる震えながらもしょうが怒りを納める。そこからは普通に、夢想童子としての彼女に対するアニメ研究部の取材が始まった。

 初めて夢想童子になった時の感想。暴れる夢想童子を止めるために、全国を飛び回ったことへのコメント。虹色童子隊の仲間たちへの印象。今後の抱負……などなど。


 筆記とボイスレコーダーによる取材が静かに進んでいく中、寿は夢が見慣れない書類を手にしているのに気付いて近寄っていった。


「なんスか、それ」

「ああ、これ? せっかくだから部誌で一緒に紹介しようと思って」


 夢が書類を一枚手渡してくる。そこには、意味不明な数字の羅列が印刷されていた。


「もしかしてこれ、夢想玩具の……?」

「そう、取扱説明書に書いてある数字。日本で今、一番人気のクイズかな? 答えは誰も知らないけれど」


 ナンバリングされた、十文字十行二十個の数字の羅列。夢想玩具が現れるようになってから、この数字の意味を解き明かそうと様々な知識人、数学者、自称クイズの天才たちが挑戦してきたが、未だにこれといった答えは出ていない。


 意味などまったく無い、参拾萬工房のただ悪趣味なだけの悪戯だ……という者もいる。今のところもっとも有力な説がこれだったりするのが笑えないところである。

 仮にこれが何か意味のあるものであれば、それは恐らく参拾萬工房からのメッセージであり、夢想玩具の謎を解明するための大きな手掛かりにもなりうるのだが。


「これがなんだと思うか、部員一人一人から意見をもらって部誌に載せようかなってね」

「それで同じモン部員の数だけ刷って来たんスか」

「すみません、失礼します」


 知らずに肩を寄せ合うような格好になっていた寿と夢の間にしょうが両手を差し挟み、左右に割って開き、その間に正座する。寿に自然にしなだれかかり、夢をギッと睨んだ。


「取材は終わったのかよ、そういう話だったろうが」

「そんな約束よりも大事なことだってあるのです」

「ハァハァ美幼女の純真な恋心とか何それ超萌える」

「これが無きゃあ本当に文句無しなんだけどなぁ……」


 と。


「お義兄ちゃんお義兄ちゃん! アップル、ハゲてる人からお菓子もらった!」


 仏門の徒に対してものすごく失礼な呼称をしながら、嬉々とした様子で智実アップルがこちらへ駆けてくる。そのまま寿に飛びつこうとして――足がもつれて派手にスッ転んだ。


「あっ」


 目測が外れて、しょうと夢に突っ込む。慌てて庇おうとして無理に体勢で受け止めた寿もろとも、四人は畳の上に倒れ込んだ。


「あいたた……」

「ふふふふ、まさかこの私が幼女に押し倒されるとはね」

「何うっとりしながらバカなこと言ってんスか。おいしょう智実アップル、二人とも大丈夫か?」

「う、うん。アップルどこも痛くないよ」


 起き上がり、智実アップルを引き起こす。夢も自分で体を起こし、しかししょうだけが倒れたままで微動だにしない。どうかしたのかと声をかけようとした瞬間、やおら下敷きになった数字の羅列の印刷された書類数枚を手に取り跳び起きた。

 そのまま縁側に向かい、書類をズラして陽にかざす。


「……何やってんだ?」

「ひーちゃん、これ……夢想玩具の説明書に書いてある数字ですよね」


 不安そうに振り返る。まさかと首を捻り、眉を寄せ、自信無さげに――


「こうすると……この部分、ナベブタの形に見えませんか?」

「鍋の蓋……? あ、いや、漢字の部首の方か?」

しょうちゃん、ちょっと見せて」


 夢が歩み寄って書類を受け取る。何事かと部員たちも集まり始め、寿もそれに続いた。


「一つ目の数字列の一行目と、二つ目の数字列の一行目を並べるんです。それで3の数字だけを繋いでいくと……」

「確かにナベブタに見えるわね。そうすると三つ目の数字列の一行目は……誰か、ハサミとセロテープ!」

「あ、これナベブタじゃない。別の漢字だ」

「東……東って字ですよね、これ?」


 書類をジョキジョキと切り刻み、数字列の一行目だけを縦に並べていく。それを二十個分繰り返して3の数字だけを繋ぐと、二つの文字が浮かび上がった。


「東京……」

「本当に文字になりやがった……!?」

「続けるわよ! これだけだったら、ただの偶然かもしれない!」


 切る、切る。並べる。貼り付ける。


「スカ、イツ……東京スカイツリー!」


 繋ぐ、繋げる。文字を浮かび上がらせる。


「展望、回廊、十六、時梅……!」

「東京スカイツリーの展望回廊……! そこで十六時に何かあんのか、梅ってなんだ!?」


 ジョキ、ジョキ。ペタペタ。塗り塗り。


「「干食、べる……“梅干食べる”?」」


 最後に出てきた謎の言葉に、一同は激しく困惑したのだった。



   ○   ○   ○



 倉庫に侵入した影は、ガサガサと無遠慮にブツを漁っていた。


 それは夢想玩具のせいで売れ行きが不調になってしまった、なりきり玩具の山だった。販売が再開されたのはいいが、消費者が購入に及び腰になってしまったのだ。

 かくして哀れ、新品のなりきり玩具たちはここで倉庫の肥やしになっているのだった。時期を逃すとまったく売れない商品なので、このままなら処分されるか、屋台のクジ引きの景品にされるか、といったところだろう。


 そのなりきり玩具を、影は一心不乱に次々開封にしている。箱の外の写真と同じものが出たらハズレ、違うものなら当たりなのだ。

 どうやってここに入ったか? 破れている倉庫の二階部分の窓を見れば、一目瞭然だ。

 神さえ滅ぼしたモノに、怖いものなど何も無い。


「あった……!」


 影が喜悦を浮かべる。掲げたそれは、まるで神を殺す力のような形をしていた。


 硬くて、鋭くて、尖っていて、輝いていて――


 これさえあれば欲しいものはなんでも手に入る。安全、食い物、靴、そして……。


 影は、笑った。早速その力を試してみようと考えた。

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