さん。
「ども。かなりおもしろかったっス。超越種から人類を守り続けてきた主人公が、自分も実は超越種だったってシーンはズガンと来ました」
「ほほう、仮面カイザーハイズはそんなに気に入ったかね? 私はちょっと神経質過ぎて苦手かな、王授くらいがちょうどいいや。王の力を巡って争う怪人たちの話でね……」
あの日以来、放課後になるとアニメ研究部に入り浸るのが寿の日課になっていた。
入部したわけではないし、する気も無い。アニメは嫌いではないが熱心に見るほど好きでもないし、他人に語れるほど知識も無い。目当ては部長の夢ただ一人なのである。
文化部特有の緩い空気で、他の部員も寿のことをなんとなく容認してくれている。夢を口説く環境としては申し分ないのだった。
寿からすれば、これだけ美人で頭が良くて気立ても良くてナイスバディで胸が大きくてグラマラスな少女が誰にもモーションをかけられなかったのか不思議だったが、実際に話をしてみてなんとなく分かった。趣味はサブカル、何かに依存するほど心が弱いわけでもなく、ほぼ一人で完結してしまっている人格の持ち主だ。恋愛に興味が無いのだろう。
「で、その時怪人が主人公に叫ぶわけだよ。俺が求めた力は、お前が授けてくれていた。お前が俺の神だったのだ、ありがとう、と。ここに王権神授説の……ねぇ、聞いてる?」
「あ……すいません、ボーッとしてたっス」
目の前で掌をヒラヒラされて我に返る。人の話の最中にこれはよくない。
慌てて詫びる寿をじ~っと見詰めていた夢が、不意にこう尋ねてきた。
「……もしかして
「分かるんスか?」
「いや全然。ちょっと言ってみただけ。でもそう答えるってことは、何か悩んでるんだ」
「……ええ、まぁ」
「ほほう。私で良ければ相談に乗ろうか? 誰かに話すだけでも気が楽になるものよ」
などと言って、“さぁ、話せ”とばかりに満面の笑顔を近づけてくる。物腰が柔らかいわりに押しが強い。とはいえ、相談に乗ってもらえるのならありがたいところだ。
「内輪の話なんで……ここだとちょっと」
「あら、そう? じゃあ場所を変えましょうか」
「なるほどね。あの時の子……
校舎の一階、階段の陰に移動して、寿は夢に
どう接すればいいのか分からないし、我がまま放題なのを見るとイライラしてしまう。優しくしたい、しなければならないのに何故かできない。
言葉にするとかなり情けないことを言っているのだが、夢には正直に打ち明けられた。それだけ自分が彼女を信頼している、というか惚れているということなのだろう。
「本当は先輩に相談するようなことじゃないんスが、他に話せるヤツもいなくて……」
「相談に乗るって言ったのは私なんだから、そう恐縮されるとかえって困るわ。しかし、義妹か……萌えの定番よね! 十年後くらいには
「あのですね、こっちはこれでも結構本気で悩んでるんスよ!?」
「冗談だってば♪ 本気だけど! ほぼ確実にそうなる未来が見えるけど!」
「真面目に相談に乗ってくれないんなら帰らせてもらうっス」
「あ、待って待って。ごめん、真面目にやるからさ」
口でそうは言うが、完全におもしろがっている顔である。今度ふざけたことを言ったら本当に帰ろうと心に決めた寿の前で、夢は指を二本立てて語り始めた。
「ぶっちゃけるとね?
「……それだけだとよく分からねえっス」
「じゃ、順番に。子供にとって親って神にも等しい絶対者よ。あの母親に問題があったのは明らかだけど、
「どう、って……」
「私だったら死にたくなる」
あっさりと告げる。バカなと思う一方で、思い当たる節が無いでは無い――自分はいらない子なのだと、
「
「じゃあ、親父とお袋みたいにひたすら甘やかすのが正しいんスか?」
「それはど~かな~……うまく愛情が届けばいいけど、届かなかったらスーパー我がまま娘になっちゃうし。君の御両親が甘やかす側に回ってるのは、今の
ピッと指を寿の眼前に突きつけ、続ける。
「重要なことを教えてあげるから覚えておきなさい。あのね、
「……つまり俺はどーしたらいいんスか」
「ヒントなら教えてあげましょう。ただし、その前に確認させて。ここから先は
「当たり前じゃないっスか。そのために相談したんだし」
「了解。じゃあ言うけど
「そう、なんスかね……?」
「君はそれを後悔している。心苦しく思っている。で、そんな君の前に“お母さんに捨てられて悲しい”と、我がままという形で全力で訴えてる
唸って、腕を組み、天井を見上げる。ピンとは来ないが、腑に落ちている自分がいた。
「言われるとそんな気もするけど、つっても何をすりゃいいのか……」
「それは
含みのある笑顔で夢が言う。半月前、
「にしても、先輩やたらと詳しいスね。心理学とか勉強してるんスか?」
「人生で大切なことはアニメと特撮が教えてくれたわ。ところで
「俺にできることなら。なんスか?」
「今度の部誌で夢想童子を特集したくてさ。
○ ○ ○
卓袱台を囲んで夕食を食べる。メニューは野菜炒めで、
嘆息しながらそれを眺め、いかんいかんと頭を振る。食事を終えて恵が食器を片付け、幸がトイレに席を外したその隙に、寿は意を決して
「よう……その、ちょっといいか?」
「ヤだ。すぐにぶつから嫌い」
「それは悪かったって、謝るよ。少しでいいから聞いてくれ」
頬を膨らませて、
「ごめん。お前のお母さんに、本当はもっとたくさん言ってやりたかったんだが、できなかった。お前は本当にがんばったんだって、お前は本当にお母さんが好きなんだぞって、だからいらないなんていびるのはひどいじゃないかって。お前に謝らせたかったんだが、俺そんなに頭良くないから、できなかった。だから、ごめん。本当にごめんな」
顔を上げる。きょとんとした表情をして、
「で、その……これ、やるよ」
「……! それ」
「本物は証拠品だからすぐには戻らねえが、代わりにはなるんじゃねえかなぁと思って」
ポケットから取り出したのは、竜の形状をした安物のストラップ。警察署まで出向いて頼みこみ、メーカーを確認してもらって同じものを探してきたのである。
おずおずと手を伸ばしてストラップを受け取り、掌の上にあるそれを繁々と眺める。
ややあって、
「うぉおい!? なんだ、そんなに嫌だったのか? 嫌なら捨てていいんだぞ!?」
「うっ、ふぇ……これ、パパの、パパの竜だ……」
「パパの……? お前の父親の、竜?」
「無くしちゃったから……ぐす……もうパパもママも帰ってこないって……でも、パパの竜、アップルのとこに……ひっく……帰ってきたぁ……う、うう~!」
「寿ぃい!
「ボクの娘を泣かすヤツは許しませんよ!」
「わーっ!? 違うううう!」
「うわあああああん! パパの竜、パパの竜が帰ってきたよぅ!」
両親が離婚した後、母は父の痕跡を綺麗に捨て去った。
良い子にしていれば母は側にいてくれる。あのストラップを持っていれば、父もいつか必ずまた会いに来てくれる。まったくなんの根拠も無く、しかし
遊ぶ時も、寝る時も、風呂に入る時でも。
「ママにも秘密の、アップルドラゴン。神様だってやっつけちゃう……か」
子供に取って親は神にも等しい絶対者――夢が口にした言葉を思い出す。
苦くて切ない、様々な想いが胸に浮かんでは消えていく。少しは兄らしいことができたのだろうか。そうであれば、少しでも
「……にしても」
ベッドの上で寝返りを打つ。幸に思い切り殴られた頬が痛い。明日どの面下げて学校に行けというのだ、夫婦そろって早とちりしやがって。
と。
キィ、と軽く音を立てて扉が開く。何かと視線を向ければ、
「あの、ね。頬っぺた、まだ痛い?」
「すっげぇ痛い。ジンジンする」
「ぶたれたの、アップルのせい?」
「いや全然。親父とお袋がオッチョコチョイなだけだから気にすんな」
「……えぇとね、アイスクリーム持ってきたの。冷たくて美味しいよ?」
部屋の中に入ってきて、高級カップアイス(例によって我がままをいって、恵に買ってこさせたものである)を腫れた頬に押し当ててくる。年上の沽券で悲鳴は堪えた。
「……気持ちは嬉しいんだが、今は口の中が切れててだな」
「美味しいよ?」
「……………………半分ずつ食うか」
せっかくの高級アイスだが、血の味がして美味しくなかった。兄とは切ない生き物だ。
アイスを食べると、さすがに眠くなったのか
起こすか、寝ているところを運ぶか、少し悩んで……考えるのも面倒になり、同じ布団に入る。目を閉じてまんじりとしていると、傍らの
「ねぇ……ママ、アップルのこと嫌いになっちゃったのかな。もう会えないのかな」
「……さてな。でも、会いたいならお前から探しに行けばいいだろ?」
「アップルがママを探すの?」
「そういうこった。大人になれば、そういうこともできる。早く大きくなりたきゃ、好き嫌いしないでなんでもきちんと食べろ。お袋の作る飯は美味いぞ?」
「……でも、虫はヤだ」
「美味いんだけどなぁ、イナゴの佃煮……」
その後も何か話をしていたような気もするが、よく覚えていない。
朝までぐっすり、二人は眠った。
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