そのさん。 ゆれるはこにわ
いち。
「夢想玩具?」
「そういう名前らしい」
「いったいどういう技術なんだ。既存のものとはまるで違う……いや、隔絶している!」
「とにかくすさまじいスペックだ。なんとか兵器に転用できないだろうか」
「まったく解析できないので、そのまま使うしかありません。十歳未満の子供を軍事作戦に参加させる口実を思いつけますか? マスコミにバレでもしたら袋叩きですよ」
「変身した子供が暴れたらどうする? 誰が止められるというんだ?」
「止めた後も問題だぞ。被害の規模が桁違いだ、現行の法では対応できない」
「早急な法整備が必要だな」
「だが今の国会で通す法案のスケジュールはいっぱいだぞ」
「緊急事態だ。なんとかうまく調整するしかあるまい」
「所持禁止と、使用時の罰則……十歳未満の児童にどんな罰則を与えればいいんだ?」
「なんて面倒なことをしてくれたんだ、この参拾萬工房とやらの連中は」
「まさか、そうやって我が国を揺さぶるのが真の目的なのではなかろうな?」
○ ○ ○
寿家は和食党である。生まれて十六年、家でパンを食べた記憶など、寿には数えるほどしかない。嫌いな食べ物も食物アレルギーも特に無いので、別に困りもしないが。
ともあれ、その日も卵焼きをおかずに寿は朝食を突っついていた。母の作った胡瓜の浅漬けも、パリパリと寿の好みの浸かり具合で悪くない……のだが。
「ヤだヤだヤだ! ご飯嫌い! アップル、ハンバーガーがいい~!」
泣いて叫んで寝転んで、手足をジタバタ大暴れ。寿家の朝の風景を掻き乱す闖入者に、よろしくないとは思いつつ、寿は怒りと呆れをもう抑えたくないと感じ始めていた。
「あらあら、
「すぐだよ! アップル、おなか空いてるんだから!」
「あっはっは。アップルさんが来てから、家が賑やかになりましたね。良いことです」
「お、お化けが来た! あっち行け! アップルに近づくな!」
「あれまぁ、嫌われてしまいましたか」
「もう、ダメよ幸ったら。アップルちゃんを脅かしちゃあ」
幸と恵が楽しげに笑う。込み上げる苛立ちは、元々低い寿の沸点を容易に突破した。
「いいかげんにしろ! 親父も、お袋も! なんだってコイツをそう甘やかすんだ!?」
「だってかわいいんだもの」
「かわいい子を甘やかすのは、石器時代からの人類の趣味なのですよ」
「我がままなガキになっちまうだろうが! ってか、もうなってるし! 毎日毎食コイツだけ特別メニューとか、コイツの分の食材がもったいないだろ!」
「金払ってるのボクです」
「作ってるのは私。とゆーわけで息子、お前にあーだこーだ言う資格は無いの」
「そうじゃねえよ! だから、俺はコイツの将来を心配してだな」
「うるさいうるさ~い! わ~わ~! アップル、おなか空いて死んじゃうよ! だから今すぐハンバーガー持ってきて! オレンジジュースも!」
「い・い・か・げ・んにしろ、このガキ! 一粒の米の中には七人の神様がいるんだぞ、この罰当たり! ゴチャゴチャ言ってねえで食え、とっとと偏食直せ! お前が来てからイナゴの佃煮だって封印されっ放しじゃねえか、俺の好物なのに!」
「虫を食べるなんて変だよ、気持ち悪い! 貧乏人!」
「うるせえ! イナゴは伝統食材だぞ、武田信玄に謝れ!」
「いいもん、だったらもうなんにも食べないもん! アップルはいらない子なんだ!」
「ふざけんな! ンなことを言ってるんじゃねえだろうが!」
カッとなって拳骨を降らす。ガツンと鈍い手応え。
「うわ~ん! うわ~ん! もうヤだぁ! みんな嫌い! ママ! ママ~!」
「あららら……待って、
怖がられないよう廊下からそれを見ていた幸が、悲しそうに首を振る。
「まったく、ヒサシさんは良くないところもお義父さんにそっくりです。カ~ッとなるとすぐに手が出る。どんな理由があったって、暴力は絶対にいけません」
「殴りたくて殴ってるわけじゃねえよ。なぁ親父、
「ええ、ガチで本気でマジですとも。細かい手続きはいろいろあるけど、その方向で話を進めたいと……おや、ショウさんのCMじゃないですか」
点けっ放しになっていたテレビに、“日本政府から国民に向けて”のCMが流される。知り合いがテレビの画面に映っているのは、なんとも言えない不思議な気分だった。
法衣姿の
『『虹色童子隊から、テレビの前のお友達にお願いです! 夢想玩具は、とっても危ない道具です! 見つけたら、すぐに交番に届けましょう!』』
変身を解除した子供たちが交番へ向かって掛けていき、警官に夢想玩具を渡す。最後に大人向けのメッセージが表示されて、三十秒構成のCMは終了した。
「……なんだかいろいろとややこしいことになったなぁ」
夢想玩具。十歳未満の子供に限り、超常の力を持つ姿への変身能力を与える謎の道具。そんな冗談のような代物が、日本全国の小売店で販売されているいわゆるなりきり玩具の中に、一定の割合で混ざり始めたのである。
手にする子供次第でその形状は自在に変化し、変身後の姿も千差万別。分かっているのは、変身する子供がイメージする超人の姿に影響されるということくらいだ。
戦闘機よりも速く飛び、大型船舶を軽々と持ち上げ、不可思議な現象を発生させ、物理的な干渉をほぼ受け付けない。さすがに誰かが試したわけではないが、銃弾も爆弾も冷気も熱線も電撃も、下手をすれば核爆発さえも通じないのではないかと言われている。
既存のあらゆる兵器をも凌駕する戦闘力を持ちながら、しかし不自然なほどに殺傷力が無い。どれだけ大規模な破壊を巻き起こそうとも、そこに夢想玩具で変身した子供が関与する限り、気を失うことはあっても動物植物の区別無く命が失われることは無い。
――
当然、大きな混乱になった。それでもなんとかナァナァで良い塩梅にアレして国家制度が崩壊するまでいかなかったのは、ひとえに日本という国の社会強度の賜物だろう。
最初の数日こそ大騒ぎだったが、日本人は実にあっさりとこのワケの分からない道具が存在する日常に慣れた。政府が動くよりよっぽど早く、民間が対処を始めていた。
まず、なりきり玩具の販売業者が泣く泣く流通を停止した。こうしてこれ以上夢想玩具が溢れることは避けられた……かに見えたがそんなことはなく、果たしてどういう仕組みなのか、日本中の子供たちの玩具箱へと直接届けられるようになった。
不気味だ、オカルトだと騒ぐ者は多かったが、「どうやらとにかくこの夢想玩具は存在するものとしてやっていかなければならないらしい」と割り切った日本人は強かった。
どこかで夢想童子が暴れたら、いわゆるお利口さんな――大人の言葉に素直に従う夢想童子を招いて対処させる。そんな態勢が五日も経った頃にはすっかりと整っていて、それから数日の間は日本中で夢想童子同士による超常的な戦いが繰り広げられた。
中でも特に活躍した七人の子供たちは虹色童子隊と呼ばれ、マスコミに取材を受けたり政府の広報に駆り出されたりするようにまでなっていた。
夢想童子の出現から十日が経った頃、政府が大急ぎでまとめた『夢想玩具規制法案』が可決。民間で作ったシステムを踏襲し、公認し、財団化して、天下り先として活用するという実にお手軽かつ利権に塗れたものだったが、大多数の日本人は法案の中身も読まないままこれで肩の荷が下りたと喜んだ。良くも悪くもテキト~な民族である。
ともあれ、こうして夢想玩具は個人の所有が禁じられ、政府が一括して管理するものとなった。夢想童子にしか対処できないだろう事件の際には有志を募り、その者たちに夢想玩具を渡して……といった具合である。
この法案が成立し、夢想玩具の回収を呼び掛けるCMが流れ始めた頃には、夢想童子による事件もそうそう起こらなくなっていた。日本は夢想玩具という混沌をもあっさり内包し、同化し、己の一部と成したのだった――少なくとも、今のところで表面的には。
そしてそんな大きな流れとは別個に、寿家では「
呆れたことにクレーマー女こと
しかし、
それも一時的に預かるというのではなく、本格的に養女にするつもりでいるらしい。
「ヒサシさんが嫌だというならもちろん白紙にするつもりですよ、こういう話は家族全員が賛成しなければいけませんから。アップルさんを預かること自体は決定事項ですが」
「親父とお袋がいいなら別に構わねえが……なんだってまた、急にそんな話に?」
「知っているでしょうが、メグミさんは体が弱くて子供は君だけしか産めませんでした。もう一人くらい、できれば女の子が欲しいというのは、夫婦でよく話していたことです」
「だからってなんで今、それもよりによってアイツなんだよ」
「アップルさん、根は良い子です。お母さんが大好きで、お母さんに褒められたい一心であんなことをしたんです。なのに母親に捨てられて、かわいそう過ぎます。メグミさん、君から話を聞いてから、ずっとアップルさんのために何かできないか考えていたのです」
「……気持ちは分かるけどよ」
「ヒサシさんも妙に突っかかってきますが、アップルさんが義妹になるのは嫌ですか?」
「さっき言ったろ。親父とお袋がそう決めたんなら、俺はどうでもいい」
「では、もう少しあの子に優しくしてあげてください。これから家族になるんですから。ああ、それとちょっといいですか?」
手招きされて何かと近づくと、顔面に衝撃が走り目の前に星が散る。その場で引っ繰り返って背中で畳を受け止めて、大の字に寝転がりながら天井を見上げた。
「……おい、親父。なんかさっきと言ってることが違わねえか」
「娘を泣かした男を殴るのは父の義務です。この場合は殴らない方が間違っています」
どこか誇らしそうに幸が言う。視線を横に向けると、寿家のごくささやかな庭の中に、泣きじゃくる
「ところで最近、店の残り物を持ってどこかに毎晩出掛けているようですが、犬か猫でも育てているのですか? ウチは蕎麦屋なので申し訳ありませんが動物は……」
「そんなんじゃねえよ。月が綺麗なもんで、ちょっと散歩してるだけだ」
そう答えて、寿は体を起こした。
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