さん。
「ささやまあっぷるっていうの。五歳だよ」
翁警察署の資料室で、元コスプレ少女……佐々山“
「……この字を並べてどこをどう読めばアップルになるんだ」
「最近話題だか問題だかになってるキラキラネームってヤツか」
「若い連中の考えることは分からん……」
それぞれ寿、若い刑事、年配の刑事の発言である。三人が頭を抱える前で、
「あのね、食べると頭が良くなるフルーツがあるの。でも神様が食べちゃダメって……」
「ああ、智慧の実か! 聖書の」
「なるほど! それで智実と書いてアップルか、凝った名前だな」
「いや凝ってりゃいいって話じゃねえだろ。名前だぞ? クイズじゃねえんだからよ」
「あのぅ……」
この場に黙って参加していた
「キリスト教のことは詳しくないのですが、智慧の実はリンゴではなくイチジクやザクロだっていう人もいて、結局本当はなんなのか分かっていないと聞いたことが……」
「……じゃあ、この名前だと単純に大間違いかもしれねえのか」
男三人が
「……聴取を続けよう。この子の名前で盛り上がるために集まったわけじゃないんだ」
「そうですね、そうしましょう。
必要以上にテキパキと仕事モードに気分を切り替え、刑事二人が聴取を再開する。傍らの
それが可能なのは恐らく
ちなみに、あれほどの破壊が行われたにも関わらず一人の死傷者もでなかったとのことである。特急列所の乗客たちも全員無事……喜ばしいが、不自然に過ぎる。
破壊の規模と、
追記すれば悠了寺の住職である空心も、
詳しい事情は分からないが、何か尋常ならざる事態が起きていることだけは多くの者が感じていた。幼馴染の妹分が関わっているのだ、寿も他人事だと構えてはいられない。
「……じゃあ、君はその玩具の力で変身していたわけか」
「うん! アップルはね、特別なんだよ! ママの子だから神様が力をくれたの!」
「その玩具って、これのことかな」
リンゴの意匠のついたロッド――よくよく見れば
刑事二人がほっとした様子で息を吐く。となるとお役御免か、などと考える寿の前で、しかし淡々と聴取は続いていった。
「あの玩具はどこで見つけたの?」
「玩具屋さんで違うのが入ってたから、玩具屋さんに持ってって新しいのをもらったら、また同じのが入ってたの! ママは怒ってたけど、変身できたから褒めてくれたんだよ」
「えっと……?」
「刑事さん、ちょっと話していいスか?」
「そういや聞いてなかったが、
「はい、そうです。変身! ってやってみたら、本当に変身してしまったのです」
腕にはめたままの数珠――夢想玩具を見せながら
「夢想玩具ねぇ……こんなとんでもないものが玩具屋で普通に売ってるってのか?」
「違う店でも手に入れたってことは、怪しいのは製造元の方じゃないですかね」
「いずれにしても、まだ同じものが残ってるかもしれん。早い内に回収しないとまずい。手の空いてるヤツを適当に見繕って働かせてこい」
「この忙しい時に手の空いてるヤツがいますかねぇ……?」
若い刑事が資料室を出ていく。不安そうにきょろきょろと辺りを見回していた
「ねぇ、ママはどこ? どうしてママいないの? ママに会いたい」
「お母さんか。お母さんは、ちょっと会わせられないなぁ……」
「なんで? ママのためにがんばったから、たくさん褒めてくれるもん」
あんな母親でも、
先ほど出て行ったばかりの若い刑事が資料室に戻ってきたのはその時だった。
「先輩、急いで応援に来てください! あの女が暴れて……」
「……! ママの声だ!」
「あ……っ! 馬鹿野郎、何やってる!?」
部屋の外から聞こえてきたクレーマー女の声を耳にして、
二人の刑事がそれを追い、寿と
「あはははは! ざまぁ見ろ! 私を犯罪者扱いするからそうなるんだよ! 証拠を捏造して冤罪にするつもりだろう! 私を誰だと思ってるんだ! 弁護士連れてこい!」
叫び、喚き、手足を振るって暴れるクレーマー女を、刑事たちが数人がかりで抑えようとしている。その近くには額から血を流している婦人警官がうずくまっていた。
「ママ!」
弾んだ声で母を呼びながら、
「あ! テメエ! テメエのせいで捕まったじゃねえか! ふざけんなクソガキィイ!」
そんな暴言と共に、クレーマー女は
「何が正義の魔法少女だ! 勝手に負けてんじゃねえよクソガキが! お陰で台無しじゃねえか! 私に恥をかかせやがって! やっぱりお前なんか産むんじゃなかった!」
「マ、ママ……」
「堕ろせない時期だったから仕方なく産んでやったのに、私の足を引っ張りやがって! 役立たずが! 生きてる意味の無いクズ! 死ね! 死んで私に楽をさせろ!」
聞くに堪えない罵声の嵐。本当にこの女は母親なのかと耳を疑う。
いろいろと信じがたいものを見させられたこの一日で、もっとも信じられない……いや信じたくなかったのは、この女が人の親だという事実だったかもしれない。
母親を見上げる
「…………っ!」
頭の中がカッと熱くなり、クレーマー女に近づき、握り締めた拳を振り上げて――後はよく覚えていない。気づいた時には寿は刑事たちに取り押さえられ、頬を腫らして狂気と憤怒に満ちた眼差しをこちらに向けるクレーマー女を、真っ向から睨み返していた。
「そのガキを捕まえろ! 婦女暴行の現行犯だ! 慰謝料包んで持ってこい!」
「黙れクソババア! 母親が子供に向かって死ねだと!? ふざけんな、言っちゃいけない言葉があるだろうが! テメエに親の資格は無い! あの子に謝れ、今すぐにだ!」
「親になるのに資格? バカじゃないの!? ガキなんてやることやりゃできるわよ!」
「違ぇよ! 違うだろ! あの子があれだけのことをやらかしたのは、お前のせいだ! お前に褒めてもらいたかったからだ! それをなんとも思わねえのか!?」
「失敗しやがった! マジ使えないガキ! もういらない! 二度と顔を見せるな!」
「こ、こ、このババア……ッ!」
「ひーちゃん! ひーちゃんやめて、お願いです!」
血が沸騰したかのように脳が熱い。握る拳が震え、ギリギリと歯を食い縛る。
「気持ちは分かる、言いたいことも同感だ。オレが君の立場なら同じことをしていたかもしれない。だが、それでも暴力はダメだ! 見なかったことにするから帰りなさい!」
年配の刑事に一方的に告げられ、その場に置き去りにされる。抑えられない激情をそれでもなんとか抑えつつ、手近な長椅子に腰を下ろす。
「ひーちゃん……」
隣に腰掛けた
「あの子の聴取の付き添い、終わったの?」
不意に目の前に人影が立ち止まる。見ればそこに、制服を着たままの姿の夢がいた。
「先輩……まだ居たんスか」
「私も聴取されて、そのまま……だけどね。で、どうなの?」
「あ、はい。ちょっと途中で終わっちゃったというか……帰っていいか聞いてきます」
「ひょっとして待っててくれてたんスか? 嬉しいけど、あんま迷惑かけるのも……」
「いや、うん、君と
言って夢が指差したのは、ロビーの一角に備え付けてある大型テレビだった。
『繰り返します。もう何度目になるか分かりませんが、繰り返します。これはCGや特撮映像ではありません。信じがたいことに現実の光景なのです』
アナウンサーが強張った表情でそう語り、画面が切り替わる。そこに映し出された光景を見て、寿は“目が離せなかった”という夢の気持ちを心の底から理解した。
「……なんなんだ、これ」
札幌時計台の前で、巨大な熊を引き連れた少年が事故車を壊して人命救助していた。
東京のビル街を闊歩する巨大怪獣を、幼女騎士とお子様変身ヒーローが攻撃していた。
京都駅の前で、将棋の駒を引き連れた着物姿の女の子が観光客に対局をせがんでいた。
富士山を背に、天女風の装束に身を包んだ少女が光を放ちながら空を舞っていた。
安芸の宮島の鳥居の前で、巨大ロボットがカッコいいポーズの研究をしていた。
熊本城を鎧武者の人形たちが占拠し、天守では武者姿の男の子が得意そうにしていた。
「日本全国津々浦々でこうなってるみたい。で、分かってる限りではみんな十歳未満の子で、やっぱり持ってるんだってさ」
「持ってるって……まさか」
「『参拾萬工房』印の夢想玩具。
テレビの中では、アナウンサーが目を白黒させながら沖縄でも同様の事件が起きていたという新情報を解説していた。
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